海原あると、朽木ココアSS 『海と魔女の絆星』(前編)
Vtuber事務所『Fmすたーらいぶ』の1番人気のあるカップリング『あるココ』が誕生するまでのある1日を描いたショートストーリーです。
今回はココアちゃんこと相馬愛梨ちゃん視点の物語になっていますので、ぜひ、あるココ推し!クソガキコンビ推し!の人はお楽しみくださいませ
春の柔らかな日差しが、Fmすたーらいぶの事務所の廊下に差し込んでいた。今日の謎解きゲームの案件収録はなかなか手応えがあって、最後の仕掛けを解いた時には思わず「やったー!」と叫んでしまったほどだ。
ふぅ、と息をつき、今日の疲れをゆっくりと解きほぐしながら、私は控え室へと続く廊下を歩いていた。角を曲がると、向こうから見慣れた姿が見えた。
「あれ?衣音ちゃん、こんな時間に収録?」
「うんボイスのね。愛梨ちゃんはもう終わったの?」
「うん、さっき終わったところ。あ。ねぇ衣音ちゃん、この後、一緒にご飯食べに行かない?」
「え?私、今から収録なんだけど。たぶん……18時くらいになっちゃうよ?」
「そっか。じゃあ終わるまで、提出物やって待ってるよ!」
衣音ちゃんは、少しだけ困ったような表情を浮かべたけれど、すぐに諦めたように小さく頷いた。
「まぁ……いいけど。じゃあどこに行くか決めておいて?」
そしてそのまま私は自分の控え室へと急いだ。控え室の椅子に腰を下ろし、スマホを取り出す。どこか、二人でゆっくり話せるようなお店はないかな?久しぶりだもんね衣音ちゃんとご飯。ファミレスとかラーメンとかは飽きたよね……
そんなことを考えながら指先で画面をスクロールすると懐かしいお店が目にはいる。
「あ。この焼肉屋さん懐かしい!そう言えば……初めて衣音ちゃんとご飯食べたのこのお店だったなぁ……」
ふと窓の外を見る。春の午後の陽光が、事務所の窓からぼんやりと差し込んでいる。
「あの時は……本当に困ってたっけw」
♢♢♢
デビューして半年。画面の向こうの使い魔さんたちの笑顔が、私の毎日の頑張る理由だ。今日も元気いっぱいの魔法(配信)で、みんなを虜にしちゃうぞ!……なんて、心の中では少しだけ、小さなため息を吐いたりもする。
私の名前は相馬愛梨。20歳。普段はFmすたーらいぶという事務所でVtuberとして活動している。私の演じているキャラクターは、魔界からやってきた可愛い魔女っ子の朽木ココア。
振り返れば私の学生時代は、どこにでもいるような、ちょっとアニメやゲーム好きの普通の女の子だった。特に目立つわけでもなく、かといって地味すぎるわけでもない。友達とくだらない話で笑い合ったり、テスト前には慌てて勉強したり。そんな日常の中で、ふと見つけたのがVtuberという存在だった。
画面の向こうで個性豊かなキャラクターたちが、まるでそこに生きているかのように楽しそうに配信している。その自由で、どこか夢のような世界に私は強く惹かれた。自分じゃない誰かになって色々な表現ができる。それは私にとって、すごく魅力的なことだった。
最初はただの視聴者として、色々な配信を見ていたけれど、実はその時、他社の有名なVtuberさんの名前はいくつか知っていたものの、まさか自分が応募することになるFmすたーらいぶのことは全くと言っていいほど知らなかった。
今思えば、本当に偶然だった。ただ「Vtuberになりたい」という漠然とした憧れがあって、ネットサーフィンをしていた時に、たまたまFmすたーらいぶの3期生オーディションの広告を見つけた。
「個性豊かなあなたを待っています」という言葉が、私の目に飛び込んできた。迷いはあったけれど「ここで変わらなければ、きっと後悔する」という強い思いが私を突き動かした。後で後悔することだけは嫌だから。
私は昔から思い立ったらすぐに行動しないと気が済まない。それで多くのドジをしてきたけど……それでも後悔はしたことはなかった
……ただ一つ今だから告白すると、その履歴書に肝心の自分の名前を書き忘れて提出してしまったのだ。後日、事務所の方から電話がかかってきた時は、本当に心臓が止まるかと思った。自分のドジっぷりに顔が真っ赤になったのを覚えている。
Fmすたーらいぶのことはよく知らなかった。履歴書には名前を書き忘れるという大失態も犯した。それでも、私がVtuberになりたいという気持ちは誰にも負けないくらい強かった。いつかきっとたくさんの人たちを笑顔にして、みんなが夢中になるくらい有名なVtuberになるんだ――その明確な目標だけは、オーディションに応募した時から、ずっと私の胸の中に燃え続けている。
それでも、私の熱意は伝わったのだろうか、何度かの選考を経て、まさかの合格通知が届いた時、私は自分の目を疑った。
そんなこんなでデビューして半年がたったある日の事。春の陽気が窓から差し込む。時間は14時。いつもならこの光の中でカタカタとキーボードを叩いているはずなのに、今は目の前の真っ暗な画面を持て余している。まるで私の心模様を映し出しているみたいだ。
「はい……あの、言われた通りにケーブルを繋ぎ直してみたんですけど……やっぱり、うん画面は真っ暗なままで……」
受話器の向こうの運営さんの、事務的な声が耳に響く。
《そうですか……再起動も試されましたか?》
「はい、何度も……電源ボタン長押しとか、色々試したんですけど……全然反応がなくて」
ため息がこぼれる。まるで深い霧の中に閉じ込められたみたいにどうすればいいのか全く見当がつかない。しかも、こんな状態なのに対応してもらえるのはなんと2日後になるという。
マネージャーさんは今日は珍しくお休みだ。普段ならこういう時に頼りになるのに。どうしたものか……本当に困った。
こういう時こそ誰かに相談するのが一番いいと頭の片隅では分かっている。一人で悩んでいても良い方向には進まない。でも……先輩たちに、こんな些細なことで手を煩わせるのは気が引けるし相談したところで迷惑だと思う。それに忙しいだろうし。
そうだ、同じように右も左も分からないままデビューした、大切な同期の顔が、次々と頭に浮かんだ。
最初に思い浮かんだのは『双葉かのん』こと鈴町さん。私より一つ年上で、実はまだほとんど話したことがない。ディスコードでのやり取りも業務連絡程度。いきなりこんなことで連絡しても、驚かれるだけかもしれない。それに鈴町さんはコミュ障のような気がするし……
次に考えたのは『葉桐ソフィア』こと佐伯さん。彼女は現役の女子高生。今は平日の午後2時。きっと学校に行っている時間だし、そんな時間に電話をかけるなんて迷惑すぎる。それに高校生の彼女に相談するのも気が引ける。
なら一番頼りになるお姉さん『九重キサラ』こと白石さんだろうか。デビューの時から色々とお世話になっているし、同期のまとめ役でいつも的確なアドバイスをくれる。でも……今回の件は運営さんに相談済みだ。きっと「運営さんがそう言っているなら、待つしかないんじゃない?」と、至極まっとうなことを言われると思う。
確かにその通りだし……でも、今すぐ何とかしたい私の気持ちはどうすればいいんだろう。
最後に頭をよぎったのは『海原あると』こと水瀬さん。彼女はスカウト組で、私とは少し違うルートでデビューしている。
そして密かに水瀬さんにライバル心を燃やしている。同期で同い年。しかも得意な配信ジャンルは内容は違えどゲーム配信となれば意識しない方がおかしい。どうしても自分と比べてしまうし、負けたくないという気持ちが大きい。
それに水瀬さんに話したところで、彼女はどう思うだろう? きっと、あっけらかんと「へー、大変だね」くらいで終わってしまう気がする。水瀬さんは私とは違う。スカウト組で最初から注目を浴びていた。きっと私のようにもがいたり、小さなことで悩んだりする経験は少ないんじゃないだろうか。相談したところで、共感してくれるとは思えないし……
同期の中でもこんなにも近い存在なのに、なんだかまだ少し壁を感じてしまう。スカウトとオーディション。だからって別に優劣はないはず。私も3期生だし。
部屋の静けさが、私の焦燥感を絡め取っていく。窓の外では、春の風が優しく吹き抜け、アパートの裏にある木々の若い葉が、かすかに揺れている。こんなにも穏やかで希望に満ちた陽気なのに、私の心の中は鉛のように重く沈んで身動き一つ取れない。
どうしよう……本当に、どうすればいいんだろう……
私はスマホの連絡先リストを、指でゆっくりとスクロールした。誰かに、このどうしようもない焦りを、少しでも分かってほしい。そんな頼りない願いを抱きながら。
「でも……やっぱり……水瀬さんしかいないよね……」
私は半ば諦めて意を決して、ディスコードの通話ボタンをタップする。無機質な電子音が部屋の静けさに響く。心臓がトクトクと早鐘のように打ち始めた。どうか出て。そしてどうか私の頼みをどうか笑わないで。
数回の呼び出し音の後、プツッという音と共に、少し間があって水瀬さんの声が聞こえてきた。
《はい》
「あ……こんにちは。私、分かる?」
《え?ココアでしょ?》
あ。しまった、ここはディスコードだ。普段のやり取りでは、お互いライバー名で呼び合うのが基本ルール。身バレ防止のため、事務所からもそう指導されている。直接会う時や個人的な連絡を取り合う時は、スマホの通話やLINEを使うのに焦って忘れてしまっていた。本当に私ってドジだよね……
「あっあのさ、パソコンが画面出なくなっちゃってさ!」
私はいきなり本題を早口で話し始めてしまった。そんなことをいきなり言われても困ると頭では分かっていたけど、誰かに聞いてほしくてそのまま喋り続けた。
「……それでどうしたらいいかなって」
《えっと……ココアさ。今、ココアのLINEに住所送ったんだけど……ココアの家ってあるとの家から近い?》
「え?」
LINEを開いてみると水瀬さんの住所が送られている。もちろん番地とか正確なものは送られていないけど、それでも私の家から2駅くらいの距離だった
「ここなら2駅先くらい」
《……じゃあ家行こうか?》
「え?」
《あると、こう見えても結構パソコンいじるの好きなんだ。もしかしたら原因分かるかもしれないし》
その水瀬さんの言葉を聞いて、まさかの提案に私は言葉を失ってスマホを握る手に力がこもった。まさか、水瀬さんが私のために家に来てくれるの?
「え。でも、今から?」
水瀬さんだってきっと自分の時間があると思うし。それに私の家にいきなり来るなんて迷惑だよね……
《うん。だって困ってるんでしょ?》
水瀬さんの声は電話越しでもわかるくらい優しかった。その一言が私の張りつめていた心をふっと緩ませた。
「……うん、すごく困ってる」
《分かった。準備して行くから、たぶん1時間くらいで着くと思う》
「えっ……本当にいいの?」
何度も確認してしまう。申し訳ない気持ちと信じられないような嬉しさが心の中で入り混じっていた。
《しつこいよw大丈夫だから。LINEに住所送っておいて?》
プツッという音と共に通話は終わった。スマホの画面を見つめたまましばらくの間、私は呆然としていた。本当に水瀬さんが私の家に来てくれるんだ……
慌てて立ち上がり、部屋の中を見渡す。散らかっているわけではないけれど、誰かを招くとなると、もう少し片付けておきたい。床に落ちている小さなゴミを拾い上げ、テーブルの上を簡単に拭いた。冷蔵庫には、確か昨日買ったばかりのジュースがあったはずだ。
窓の外は、相変わらず穏やかな春の陽気に包まれている。こんなにのどかな午後なのに私の心だけが、さっきまでの重苦しさから解放されてドキドキと高鳴っている。まるでこれから何かが始まる予感を感じさせていた。
『面白い!』
『続きが気になるな』
そう思ったら広告の下の⭐に評価をお願いします。面白くなければ⭐1つ、普通なら⭐3つ、面白ければ⭐5つ、正直な気持ちでいいのでご協力お願いします。
あとブックマークもよろしければお願いします(。・_・。)ノ




