目指すは神島
「結界が、破られた……? そんな――――!」
偵察隊からの報告を聞き、カグヤは信じられないといった表情で唖然とする。カルミナは事態の把握が出来てはいなかったが、カグヤたちの鬼気迫った表情から、かなり深刻なものであることは理解できた。
「これまで結界が破られたことなんてなかったのに――――あのアズバでも、そんな芸当は不可能なはず!! 一体どうやって!!?」
直後、カグヤは声を荒げたせいか、その場で激しく咳き込む。それを見た付き人たちが血相を変えてカグヤの元に駆け寄った。
「姫様!! 大丈夫ですか!?」
「ゲホッゲホッ!! だ、大丈夫です……それよりも、早く神島に行かなければ――――!」
「落ち着いて、カグヤちゃん。今は冷静に状況を把握し、計画を練るべきだ」
リンベルがカグヤの元に寄り、優しく語りかける。それを受けたカグヤは、心を落ち着かせるために一旦深呼吸をする。
「そうですね……リンベル様のおっしゃるとおりです。話を折りましたね、詳しく教えてください」
カグヤは偵察隊に状況の説明を求めた。彼は頭を下げたまま、話を続ける。
「はっ! アズバは気を失っているアリシア様の手を結界に触れさせた途端、あれほど強固だった結界が簡単に崩れ去ってしまったのです。しかも、五人の神子たちも集結したのを確認しました!」
「神子までも……!? ハルカは……他の皆は!?」
「被害は少なくありませんが、皆様、今お戻りになられました! 間もなく、こちらにいらっしゃいます!」
「そ、そうですか……良かった……」
無事の知らせを聞き、カグヤはホッと一安心した。彼らはヒノワ村の最高戦力。ここで失っては、逆転の芽すらもなくなってしまう。
そして、その報告を受けた直後のことだった。
「姫様!!!! ご無事ですか!!!!」
怒号に近い女性の凜とした呼び声が響き渡る。その言葉を聞いたカグヤは、瞳をパアッと輝かせる。
「この声……ハルカ!!」
そして、部屋の入り口に、その声の主が姿を現した。部屋に入ってきたのは、赤い鎧を身に纏った一人の麗人。黒髪を後ろで一つに纏め、瞳は烈火のような真紅の瞳。物々しい雰囲気を纏うその姿は、まさに歴戦の戦士を思わせる。
カルミナはその女性を見た瞬間――――
(似てる……お母さんに……)
どことなく、ヨーコの面影を感じ取り、思わず息を呑む。女性は、横たわっているカルミナを一瞥した後、カグヤの前にひざまずいた。
「姫様……ただいま戻りました……! 作戦を遂行できず、誠に申し訳ございませんでした……!」
「いいえ、ハルカ……あなたが無事で何よりです……よくぞ生きて戻ってきてくれました」
「姫様……」
カグヤのねぎらいの言葉を受け、ハルカはありがたそうにさらに頭を下げる。そして、カグヤはカルミナの方を向き――――
「紹介いたします、カルミナ様。こちら、ヒノワ村の軍事統括兼親衛隊長の、ハルカ・カミモリです」
「カミモリ……? その名字は――――」
「ええ、あなたのお母様、ヨーコ様の年の離れた妹になります。現在は彼女が、カミモリ家の当主です」
「貴様が……姉さんの――――」
ハルカはカルミナを品定めするように、ジロッとカルミナを隅々まで見回した。カルミナは緊張感を覚えながら、静かにハルカの視線を受ける。やがて、ハルカがフゥ、と一息つくと――――
「ハルカ・カミモリだ。貴様からしたら、私は叔母にあたる者だ。こんな形で会うことになるとは思わなかったが……」
そう言うと、ハルカはカルミナの元にまで歩み寄り――――
「よろしく、カルミナ」
無愛想な表情のまま、カルミナにそっと手を差し伸べた。カルミナがその手を握ると、向こうも優しく握り返してくれた。
「貴様の活躍は聞いている。まだ姉さんには及ばないが、アリシア様を守り抜こうとした意志の強さは賞賛する。さすがは姉さんの子だ」
そう言うと、ハルカは優しく微笑む。彼女の美しさが、その笑みによってさらに際立った。カルミナはドキッと胸を高鳴らせる。
「母のこと、聞きました……カミモリから抜け出すために強くなって、村を出て行ったこと……ハルカさんは、思うところは無いんですか……?」
カルミナはおそるおそるハルカに質問する。ハルカからしたら、ヨーコのわがままによってカミモリ家当主を押し付けられたようなもの。憎むとまではいかなくても、不満くらいはあるのではないかと思っていたのだ。ハルカは少し考え込んだ後――――
「確かに、何も思わなかった訳では無い。幼かったあの頃の私にとって、姉さんは憧れで、私の目標だった。あの人はよく私の面倒を見てくれて――――そんな優しい姉を、私は愛おしく思っていたよ」
ハルカは懐かしそうに笑みを浮かべながら、ヨーコとの思い出を語る。カルミナは、それを黙って聞いていた。
「だからあの人が私に何も言わずにヒノワ村を出て行った時、私は見捨てられたと思ってしまった。一時期、ひどく辛かったし、憎む一歩手前までいった……どうして私に教えてくれなかったのか。どうして、自分も連れて行ってくれなかったのか」
「ハルカさん……」
「でも、あの人が私に向けてくれた愛に、嘘偽りはなかった。あの人は誰にでも優しくて、誰かを傷つけることを人一倍嫌ってた。今回の出奔のことも、あの人なりに何か理由があると思ったのだ。たとえそれが、個人的な理由だったとしても」
「ハルカさん、強いですね……」
「そうでもないさ。やっぱり姉さんのいない日々を過ごすのは、寂しかったよ。私もヒノワ村を出ようと何回思ったことか。だけど、私はこの村が好きだったし、カミモリにも誇りを持っていたから、姉さんが出来なかったことを私が叶えようと、自分に鞭打ったんだよ。守りたいものが定まれば、迷う必要はなくなった」
ハルカはそう言うと、再びカルミナに視線を向けた。
「姉さんが守りたかったものは、今こうして私の目の前にある。ならば私は、あの人の守りたかったものも、あの人の代わりに守るだけだ。カルミナ、貴様はどうだ? 守りたいものが……あるんだろう?」
ハルカがそう言うと、カルミナは目をキッと鋭くさせて、ハルカに自分の思いをぶつけるように見つめた。
「はい……! まだ、希望があるのなら……私は最後まで、あの子を守りたい!」
「よく言った! ならばいつまでも横たわっている訳にはいくまい」
ハルカは懐から、とある青い液体の入った容器を取り出し、蓋を取った。そしてそれを、カルミナに飲ませようとする。
「飲みたまえ、カミモリ家に伝わる秘薬だ。これを飲めば、傷もたちまち治るだろう。身体も動けるように鳴るはずだ」
「いいんですか……? 貴重そうですけど……」
「それが最後の一本だが、問題ない。それに、そんなことを気にしている余裕は貴様にはないはずだ、カルミナ。アリシア様を助けたいのならば、手段を選ぶな」
「ハルカさん……ありがとう!」
カルミナはその液体を一気に飲み干す。瞬間、カルミナの身体が一気に軽くなった。試しに起き上がってみると、先ほどまでとは嘘みたいに痛みが消えていて、なおかつ身体が自由に動かせる。一瞬にして、カルミナの身体は万全の状態に戻ったのだ。
「す、すごい……」
「よし、動けるな? カルミナ」
「はい!」
「姫様、リンベル様。我らはこの者を連れ、神島に向かいまする」
「わかりました。私も、後から参ります。私のみ、何もしないわけにはいきませんので」
「僕はカグヤちゃんの護衛をしよう。腕が一本になったとはいえ、それくらいはできる」
「承知! それでは、後ほど合流いたしましょう! カルミナ、行くぞ! 道は我らが切り開いてやる! お前はアリシア様を何としてもお助けしろ!!」
「はい、お願いします! ハルカさん!!」
二人はそう言うと、部屋から飛び出した。その姿をカグヤとリンベルが見送った後――――
「では、僕たちも準備をしよう、カグヤちゃん」
「ええ、皆さん! これが最後の戦いとなるでしょう! 私たちの聖域を、奴らから取り戻します!」
「「「「はっ!!!!」」」」
カグヤの号令に従い、付き人たちは一斉に立ち上がり、出陣の準備に取りかかる。そして、カグヤとリンベルもまた、決戦に向かうために部屋を後にする。
こうして、最後の決戦が今、幕を開けたのだった――――
第三章、完結しました!
次回より、最終章開幕となります!! 最後は駆け足になるかと思いますが、何卒最後まで応援してくださると嬉しいです!!




