決裂
「ふざけるんじゃないわよ」
「――――何だと?」
カルミナは鋭い視線をアズバに向け、今にも爆発しそうな内なるモノを必死に抑えようとグッと力を入れる。歯をギリッと鳴らし、不愉快そうに眉をギュッとひそめるその顔は、普段の明るく優しい彼女とは思えない真逆のモノだった。
そして、アズバもまたカルミナ同様に冷徹な視線を向ける。両者の視線がぶつかり合い、冷たい火花を散らしていた。
「確かに、あなたにはしかるべき大義とやらがあってアリシアを殺そうとしているのでしょう」
「そのとおり。その者を滅ぼすことに、私の個人的な思いはありません」
「だからこそ、私はあなたのやり方を否定する」
「……どういう意味です?」
「あなたがアリシアから竜の呪縛を解き放つ方法を考えよう、といった提案でもあれば、私はあなたのことを信じた。リンベルさんが言うように、アリシアは何の関係もない、ただ巻き込まれただけなのだから!」
カルミナは顔をうつむかせ、声を震わせながら言葉を続ける。
「私は世界のことなんかよくわかんない馬鹿だけだけどさ、罪のない誰かを犠牲にして守られる世界が間違ってることくらいはわかる……! 神様を名乗ってるなら、どうして救いの手を差し伸べようとしないの!? 本当に滅ぼす以外に道はないの!?」
「ない。その者は今、ここで滅ぼさねばならない」
カルミナの嘆きに近い訴えを無視するかのように、アズバは冷たく突き放した。カルミナは愕然としてアズバをさらに問い詰める。
「どうして!? どうしてそう決めつけられるの!?」
「さっきも言ったが、竜は何を仕掛けてくるかわからない。そのアリシアという人格も、お前たちのようなお人好しをだますために作られたものかもしれない。簡単に言えば、竜は何でも出来るのだ。たとえ、アリシアという人格が美しい性格であったとしても、簡単な拍子で竜を顕現させてしまうかもしれない」
「そんな……」
竜に関して、カルミナたちは何も知らない。そもそも、竜を知っている者はこの世界においてたった二人しかいない。そのうちの一人が自信ありげに答えている。アリシアを救う方法などない、と。
「わかったなら、そこをどきなさい。私も忙しいのだ、こんなところで時間を食ってる暇はない」
「アズバ……もう少し彼女たちの話を――――」
「リンベルこそどうしたというのだ。今更、竜が恋しくなったか?」
「そうじゃない! 彼女たちは君の愛する子供たちでもあるんだ。彼女たちの意見も最後まで聞くのが、我々老人の役目だろう!?」
「くどいぞリンベル。どうあがいたところで運命は変わらない。愛する子供たちとはいえ、これ以上の論議は不要だ」
「しかし……!」
アズバの言うことも間違ってはいない。確かに竜の力は、自分たちでもまだまだ知らぬことがたくさんある。それに、こんな事態になることだって初めてのことだ。よくわからないのならば、芽が出る前に摘んでしまうというのも、一つの手段だ。
だが、リンベルは先ほどから妙に引っかかっていた。アズバがここまで焦りを見せたのは初めてのことなのだ。しかも、自分の知るアズバならば、時間がなくても、有意義でなくても人の話は最後まで聞く男だった。なのに、今のアズバは何かに追われているかのように切羽詰まった表情をしている。
(何だ……アズバは、何かを知っているのか?)
――――わからない。彼の焦りも、竜の力の全容も。
「――――やっぱりダメ」
顔をいまだうつむかせたまま、カルミナはぼそりとつぶやく。その言葉が聞こえたのか、アズバは再び眉をひそめてカルミナを睨み付けた。
「あなたに、アリシアは渡せない」
「ならばあなたは、その娘が竜になるのを見届けるというのか?」
「竜にもさせない。あなたがダメなら、私が何としてもアリシアの竜の呪いを解く方法を見つける」
「フッ、何を馬鹿なことを。そんなこと出来るわけがない。想いだけでどうにかなるのなら、とっくに私が実践している」
アズバはカルミナの根性論じみた言葉を受け、馬鹿にしているかのように鼻で笑った。しかし、カルミナは真剣な瞳でアズバを見据えたままだ。それを見たアズバは不愉快そうに舌打ちをする。
「そこまでする理由は何だ? 別にその者はあなたの身内でも何でもない、赤の他人なのだろう?」
アズバの疑問に、カルミナは一瞬アリシアを見た後、再びアズバに向き直った。
「決まってるでしょ――――愛してるからよ」
「カルミナ……」
「愛……そんな個人的な理由で、あなたは世界を危険にさらすというのか?」
アズバはさらに目を細め、剣呑な空気を出しながらカルミナに問い詰める。カルミナも、負けじとアズバをにらみ返した。
「私たちは今まで、色んな苦難を乗り越えてここまで来た。今更ここで諦めるわけないでしょう? それに――――」
カルミナはスーッと息を吸い、そして――――
「どんな存在だろうと、私はアリシアを信じる。彼女の笑顔、涙、優しさ、強さ……全てを信じる。たとえ、神様が敵になったとしてもね」
そして、カルミナはアリシアの方を向くと、とびっきりの明るい笑顔を見せた。アリシアは、うれしさのあまり涙を溜めながら、カルミナに笑い返す。
「だから、あなたがアリシアを滅ぼそうとするなら、私も全力で抵抗させてもらう。あなたにアリシアは渡さない! アリシアは、私が守る!!」
その宣言を聞いた瞬間、アズバの表情がみるみる憤怒の形相に変わる。それに伴い、彼の放つプレッシャーが一段と大きくなった。カルミナたちは、改めて身構える。
「――――あなたの想い、よくわかりました。世界に仇なす背徳者は……《災厄》とともに滅してくれる!!!」
その言葉を放った瞬間、アズバはカルミナたちの眼前まで距離を詰め、拳を振り上げるのだった。




