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【完結済】愛し愛される世界へ ~一目惚れした彼女が、この世界の敵でした~  作者: 冬木アルマ
第三章

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急襲

「ふーむ……なるほど、アリシアちゃんがそんなことに……」


 翌日の個別訓練時。カルミナはリンベルに昨夜のアリシアの悪夢について話してみた。リンベルならば、何か解決へのヒントを知っているかもしれないと思ったからだ。リンベルも深刻そうな表情になって考え込む。やはり、今のアリシアに起きている事態はそれほどまずいのか?


「その悪夢に関しては、竜の仕業とみて間違いないだろう。アリシアちゃんから話を聞くかぎり、彼女の意志がアリシアちゃんの中に潜んでいるらしいからね。問題は、なぜ悪夢を見せているのかということだが……」


「話によれば、竜はアリシアを使って私たちを滅ぼそうとしているらしいのですが……」


()()()の続きだね。そこまでして僕たちが憎い、か……」


 リンベルは物悲しい気持ちになりながら、ありし日の出来事を思い出す。憎まれても仕方ないとはいえ、長い年月が経ってもなお、その憎しみが変わることなく自分たちに向けられているとは。


「わかってはいたけど、やっぱり中々に辛いものがあるねぇ……」


「リンベルさん……」


「まっ、僕たちが憎まれるのは仕方がない。だがアリシアちゃんには関係のない話だ。だからこそ、何としてもアリシアちゃんを竜の呪縛から解放しなくてはね」


「――――はい!!」


「よし、そうと決まれば訓練再開だ。息は整っただろう?」


「とっくに! よろしくお願いいたします!!」


 そして二人は、再び向かい合って互いの拳をぶつけ合うのだった。


 ~~~~~~


 一方その頃――――


「ちっ……意外に粘る……」


 神軍(ジーニス)本部、白の宮殿近く。そこに陣を構えている集団がいた。皆、赤いハチマキを頭に巻き、グソクと呼ばれる独特の鎧を身につけている。ほとんどが黒を基調とした、防御力の低そうな薄くみすぼらしい鎧をつけているなか、一人全身を猛々しさを感じさせる赤色で塗られた、いかにも頑丈そうな鎧を身につけている女性が、折りたたみ式の簡易的な椅子にドカッと偉そうに腰掛けていた。風格から察するに、どうやら彼女がこの陣の主らしい。

 彼女は苛立ちを隠そうともせず、親指の爪を噛みながら眼前の光景を睨んでいた。彼女の前に広がるのは、あちこちで黒い煙を上げ、時折ガラガラとがれきが崩れる音が鳴り響く白の宮殿だ。あれほど威厳に満ちていた神軍(ジーニス)本部が、今はその見る影もないくらいにボロボロだ。


「報告!! ようやく敵の最終防衛ラインを突破しました!! そのまま先鋒隊が中に突入!!」


 陣内に急ぎ走り戻ってきた兵士が、息を切らしながらも大声で叫ぶ。その報告を聞いた瞬間、陣内が歓喜でどよめいた。しかし――――


「喜ぶのはまだ早い!! 相手はこの世界を長年牛耳ってきた邪神だ。道出来た今、我らも出陣して敵を討つ!!!」


「おおおおお!!!!」


 赤い鎧を身にまとった総大将――――ハルカ・カミモリは勇ましく、威厳漂う声をあげた。その声は透き通るような高い声で、カブト(頭部に身につけている一本角の生えた赤い鎧)から覗かせるその顔は、シワどころかシミ一つ見当たらない美しさだ。

 ハルカ・カミモリはカルミナの母であるヨーコの年の離れた妹であり、ヨーコが出て行った後に繰り上がりで当主の座についた。二十一歳という若さながら、立派に荒くれ者の多いヒノワ軍を率いる勇将だ。ハルカは鎧と同じ真紅の瞳を燃え上がらせながら、急いで陣を飛び出すのだった。


「ここか……」


 ハルカは大勢の部下を引き連れ、人間神アズバの部屋の扉の前に立った。緊張からか、思わず大きく息を吸い込んでしまう。空気を一度に大量に吸ったからか、ハルカはその場で大きく咳き込んでしまった。


「ゲホッ、ゲホッ!!」


「隊長、大丈夫ですか!?」


 隣に侍っていた副隊長のクロウがハルカの身を案じる。近寄ろうとしたクロウを、ハルカは片手で制止させた。


「大事ない。今は目の前のことに集中せよ、私に構っている暇はない」


「は……」


 クロウは大人しく引き下がる。クロウは長年カミモリ家に仕える老将であり、老いた今でも近衛隊副隊長として、獅子奮迅の活躍を見せている。


「しかし、こうもうまく事が運ぶとは思いませんでしたな」


 クロウはガッハッハと笑いながら、そんなことを言う。それとは対照的に、ハルカはどこか思い詰めた表情で目の前の扉を見つめていた。


「……()()のことが、気になりまするか?」


「ああ……アズバに対抗できるのが私しかいないとはいえ、近衛隊長が姫様のお側を離れるのはな……」


「致し方ありませぬ。それよりも、気を引き締めなされ。これより相まみえる敵は、一筋縄ではいきませぬぞ」


「わかっている……皆、ここを死地と定め、天命を全うせよ!」


『おう!!!』


「突撃!!!!」


 ハルカは扉を勢いよく蹴破る。そして、最大限の注意を払って部屋の中を見渡した。部屋の中も、他と同じで全てが白で統一されていた。世界を統べる存在の部屋にしては、いささか質素に思えるくらい、これといった装飾はないし、部屋自体も広くない。ハルカの自室と同じくらいか。

 しかし、問題はそこではない。ハルカたちに、身が締め付けられるほどの緊張が走る。


「なぜだ……? なぜ()()()!!??」


 そう、そこにいるはずのアズバがどこにも見当たらないのだ。まるで初めから無人だったような――――それくらい、誰かが住んでいたという痕跡も見つからない。これが意味することは――――


()()()()()!」


 いつ? どこでだ? まさか《魔王》が? いやしかし、あの時自分もそこにいたが、彼が我らを騙そうとする気配は感じなかった。それも演技だとしたらどうしようもないが――――いや、それよりも!


「急ぎヒノワへ戻る!! これは罠だ!!!」


 ハルカが踵を返したその時――――


「報告!! 我らの結界が破られました!! 神子どもがこちらに向かっておきます!!!」


「くっ……!!」


 見計らったかのようなタイミング。やはり、これを仕掛けたのはアズバが濃厚か。いや、そもそも――――


(このような結果になるかもしれないと、容易に想像できたはずだ。なぜ我らは今の今まで()()()()()()()?)


 自分を、リンベルを、姫様すら手玉に取ったというのか。だとしたらどうやって? いつの間に? いや、そんなことを考えても始まらない。


「アズバは一体、どこに消えたというのだ……?」


 ~~~~~~


 リンベルのアジト、『嘆きの洞窟』――――


「はあああああ!!!」


「はっはっは、威勢だけはいいね、威勢だけは」


 カルミナは無駄のない、流れるような動作でパンチ、蹴りをリンベルに向かって繰り出す。しかし、それをリンベルは笑いながら全て受け止め、あるいは捌いた。

 その場から、動くことなく――――


「百拳!!!」


 カルミナは常人の目には追えぬ速度で、リンベルに対して何発も拳を繰り出す。一度に百発のパンチが放たれるように見えることから名付けられた舞道の技の一つ――――百拳。カルミナの得意技の一つだ。

 しかし、リンベルはそれも笑いながら全てを受け切る。やはり、その場から動くことはなく、だ。


「どうした~? まだまだトロいぞ~」


「まだまだぁ!!」


 カルミナはリンベルの周りをあちこち飛び回りながら、リンベルに再び蹴りとパンチを繰り出す。鳥のように舞いながら獲物を突き刺す様は、まさに舞の芸を見ている気分になる。だが、これでもリンベルには通じない。そして――――


「はっ!!」


「ぐっ――――うわっ!?」


 リンベルが掌を広げて、飛びかかってきたタイミングをうまく見計らい、カルミナの頬をひっぱたいた。叩かれた衝撃はカルミナの脳を揺らし、ほんの一瞬彼女を放心状態にさせる。それが命取り―――


「はい、僕の勝ち」


 リンベルは起きあがろうとしたカルミナの喉元に手をナイフの形にして突きつけながら、得意気にそう宣言した。カルミナは悔しげに唇を噛んで――――


「だあああ!! 負けたああああ」


「カルミナちゃんは、同じパターンの動きなのと、動作がまだ磨き切れてない。呼吸をリズムにして、動きも呼吸に合わせていくんだよ。それができるようになったら、もっと無駄をなくせるはずだ」


「はい……」


「あとは、無意識なのか知らないけど、僕に攻撃を当てる寸前に動きが鈍くなる。変な所で甘いね。その甘さは、君も知ってると思うけど命取りだ。無意識ならば、まずは意識的に。アリシアちゃんを狙う敵は、君より遥かに上位存在であることを忘れるな」


「はい!!」


 カルミナは勢いよく返事する。そして、再び組手を始めようとしたその時のことだった。


ドガアアアアアアンンンンン!!!!


カルミナたちがいる訓練場から遠く離れた場所で、()()()()()()()()()()()――――


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