これからのこと
カルミナとアリシアが互いの気持ちを再確認できたその時、部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえてきた。二人は扉の方に視線を向ける。
「俺だ。入っていいか?」
扉越しに聞こえてきたのは、オルトスの声だった。カルミナが許可を出すと、扉がゆっくり開かれる。そして、オルトスとリンベルが部屋の中に入ってきた。
「アリシアちゃん、身体の方は何ともないかい?」
「あ、はい……ご心配をおかけしました」
「いいんだよ、大事がなくて何よりだ」
リンベルはニコリと爽やかな笑みを浮かべる。そして、アリシアに白湯の入ったカップを渡した。カルミナは動けないため、オルトスが皿に入った白湯をスプーンですくい、それをカルミナの口にそうっと近づけた。
「熱いから火傷しないように、ゆっくりと飲むといい」
二人はリンベルの指示に従い、白湯を少しずつ口に含み、徐々に体内に流し込んでいく。熱々の白湯が弱った身体の隅々にまで行き渡り、張り詰めていたモノが一気にほどかれた。二人の口からホゥ、と気持ちよさそうな声が漏れ出した。
「あったかい……」
「身体が不調なときは、熱い湯に限る。リラックス効果もあるから、心もすっきりするはずだ」
「はい、とても落ち着きます。ありがとうございます」
先ほどまで取り乱していた二人だったが、今はすっかり冷静さを取り戻したのか穏やかな表情を見せていた。それを確認したオルトスは、どこか安心したような笑みを浮かべる。
「この調子なら、近いうちに身体も万全な状態に戻るだろうし、明日からは普通の食事を持ってくるようにするよ。カルミナちゃんは、リハビリも兼ねて明日から軽く運動だ」
「本当ですか!? 良かったあ……」
「へっ、相変わらず頑丈なことだ」
「オルトスもありがとう。色々面倒見てくれたんでしょ?」
「ふん……まだお前との決着がついてないからな。ここでくたばってもらうわけにはいかねえよ」
オルトスは照れくさそうに顔を背ける。オルトスの言葉を聞いたカルミナは、困ったと言わんばかりに苦笑いした。
「ええ……それまだ言ってるの~? 面倒くさいんだけど~」
「なっ……! 面倒だと!? てめえ、勝ち逃げは許さないからな!!」
「そう言って、どうせ私が負けるまで戦い続けるんでしょ~? 疲れるから嫌なんだけど~」
「助けたことに感謝してるんだったら、俺の要求を受け入れるんだな」
「ゲッ!? ガチで面倒くさい人じゃん……リンベルさ~ん、助けて~」
カルミナはリンベルに懇願の目を向ける。それを見たリンベルはウンウン、とうなずくと悲しそうな表情をオルトスに向けた。そのまま、ズイズイと顔を近づけていく。
「オルトス、あんまり女性を困らせるものじゃないよ。武人が全員君みたいな戦闘狂ではないんだから」
「カシラ、俺は別に戦いが好きだという理由で言ってるんじゃねえ……負けっぱなしが嫌なだけだ」
「あんまり変わらないと思うけど……とにかく! 手合わせをする時はちゃんと相手の許しを得ること! 無理矢理は御法度だからね! 命令!」
「ちぇっ……わかったよ……」
オルトスは渋々ながら了承する。さすがのオルトスといえど、リンベルの指示となったら逆らえない。リンベルはムスッと唇を尖らせているオルトスに、ニコッと微笑むと……
「それに……オルトスがカルミナちゃんと手合わせばっかりしてたらさ……僕がさみしい!! せっかくしばらくこうして同じ空間で一緒にいれるんだから……僕と愛を確かめる時間に使おうグベラ!!??」
リンベルが最後まで言う前に、オルトスの無言のパンチがリンベルの顔面に炸裂する。そして、笑顔のまま床に倒れ、身体をピクピクと痙攣させた。
「うう……相変わらず、容赦ない……」
「気持ち悪いこと言うからだ。せめて人前ではやめろと何度言ったらわかる」
「は、はい……すみません……反省はしないけど、謝ります」
「それを『謝る』とは言わないんだよな~もう一発いっとくか、カシラ?」
「すみません、すみません! 反省してます、反省してますんで!」
「はい、よろしい。次もういっぺん人前でこんなことしたら……容赦しないからな?」
オルトスはリンベルをギロリと睨み付けながら、拳をポキポキと鳴らす。オルトスに気圧されたリンベルは何も言えずにゴクリと息を呑んだ。
「……返事は?」
「は、はい……肝に、命じます」
カルミナたちは呆然としながら、二人の一連のやりとりを眺めていた。そして――――
「……完全に、オルトスの尻に敷かれている……」
「もう、どっちが主人なのかわからない……」
真の上下関係を目の当たりにし、組織の裏の顔を垣間見たカルミナたちであった。
~~~~~~
「さて……それじゃ改めて、今後の動きを決めておこう」
リンベルが顔をキリッとさせ、威厳ある風格を見せつけようとするが、先ほどオルトスに殴られた跡がくっきり残っているので、どこか滑稽さを感じさせる。我慢できなくなったアリシアが――――
「……プッ」
「笑うなああああ!!!」
リンベルは泣き顔になって悲痛な叫びを上げる。アリシアにつられ、我慢していたカルミナもクスクスと肩を震わせながら笑い声を出してしまった。それを見たリンベルが頭を抱える。
「ああ……くそぅ……これも全部オルトスのせいだぁ……」
「いやどう考えても自業自得だろ。そもそも、最初の時点ですでにあんたの威厳とやらは地に落ちてたぞ」
「ぐああああああ!!!」
オルトスにトドメの一撃を食らわされたリンベルは、ガクリと魂が抜け落ちたかのようにうなだれた。オルトスはため息をついて、羞恥心で押し潰されているリンベルに変わって話を進める。
「まずはお前たちは身体の回復を最優先。その後、どこまで時間が取れるかはわからないが、しばらく鍛錬に勤しんでもらう。まぁ、言われなくてもお前たちならすると思うが」
「そうだね……今のままじゃ、この前と同じ結果になる。私は、もっと強くならないといけない」
「そこでだ、俺も含めたお前たちの面倒を、隣で死にかけているカシラが見てくださるとのことだ」
「リンベルさんが……?」
「こんなんだが、実際この人の強さは本物だ。何せ竜と死闘を演じたんだからな」
「うん……それはわかってたよ……」
おちゃらけてはいるが、リンベルから漂ってくる歴戦の戦士を匂わせる気配をカルミナはしっかり感じ取っていた。本気を出した時には、この気はさらに強く感じるはずだ。
この世界でもトップクラスの実力を持つであろうリンベルに直接教えを受けられるのは、カルミナにとっても願ったり叶ったりな話だった。
「ぜひとも、お願いいたします」
カルミナはそう言って、横になりながらも頭を下げる仕草を見せた。オルトスはフッと不敵な笑みを見せる。
「その意欲、さすがだな。修行となると、カシラも手加減はしない。今のうちに覚悟しておけ」
「……! うん、わかった」
「そういえば勝手にカウントしてたが、アリシアも参加する、ということでいいんだよな?」
「当然。これは自分の問題だし、それに――――」
「それに?」
「私も、皆の想いに応えたいから――――」
「……そうか。わかった」
オルトスは改めてアリシアをジッと見る。以前見た時とは比べ物にならないくらいに鍛えられた体躯と気配。思わずこちらが圧倒されてしまいそうな程だ。本気で戦っても、勝てるかどうか――――
(この短期間でここまで仕上がるとはな……覚醒を果たしてから変わったということか……)
オルトスはギリッと拳を握り締める。皆強くなっている。自分の信念を貫くために。そしてそれは、オルトスも同じのはずだ。なのに――――
(なぜ俺はこんなにも、遅れているんだ?)
オルトスは慌てて邪な感情を振り払う。そんなことを考えている暇は、自分にはないはずだ。考えるべきは、どうすれば強くなれるか――――
「よし、それで問題はその後。つまり、決戦の時だ」
「「――――!!!」」
決戦、という単語が出てきた瞬間、カルミナとアリシアにビリビリと緊張が走る。
「実はすでに、ヒノワとは協力関係が築けている」
「えっ? そうなの!?」
「カシラがヒノワの首長と話をしたそうだ。その時に、アリシアのことや、この世界の真実を告げたらしい。どんな反応したのかは、教えてくれなかったけどな。だが、首長はカシラの申し出を快諾してくれたらしい」
「じゃあ、あの一連の動きも……?」
「宣戦布告に関しては、あいつらの独断だ。あいつら自身、アリシアの存在には気付いていて、独自に追っていたらしい。密かにお前らのことを守ってたらしいぞ?」
「し、知らなかった……」
「まあ、ヒノワは総じて戦闘力の高い奴らの集まりだからな。首長も化け物並みに強いらしいし。病弱なのが欠点だが」
「……なんか、私たちの知らないところで歯車は回っていたんだね……」
「それだけ、お前らは重要なんだよ。この問題に決着をつけるためにな」
カルミナとアリシアは互いに顔を合わせる。二人とも、急展開についていけてないのか、困惑した表情を浮かべていた。
「まっ、一旦はここまでにしておこう。続きは、身体を回復させてからでも遅くはない」
いつの間にか気を取り戻したリンベルが、爽やかな笑みを浮かべて話に入ってきた。そして、そのまま立ち上がって部屋から出る用意を始める。それを見たオルトスも、同じように部屋から出る準備を始めた。
「カルミナちゃん、アリシアちゃん」
リンベルはおふざけなしの真剣な表情で二人を見つめた。あまりの気迫に、二人は全身が震え上がる感覚を覚えた。
「君たちのゴールは近い。ここからが正念場だからね」
その一言を告げて、リンベルとオルトスは部屋を出た。
後に残されたカルミナとアリシアは、しばらく無言の状態を貫く。
「アリシア……絶対、生きて帰ろう」
先に沈黙を破ったのは、カルミナだった。それを聞いたアリシアが、嬉しそうに微笑むと――――
「うん……一緒に」
アリシアの言葉を聞いて、カルミナのまた、嬉しそうに微笑むのだった。
~~~~~~
「オルトス」
カルミナたちの部屋を出てしばらく歩いた後、自室に戻ろうとするオルトスを、リンベルが呼び止めた。
「なんだ、カシラ?」
「ちょっと、このまま僕の部屋まで来なさい。君に……大事な話がある」
「何だよ、大事な話って……?」
「彼女たちの前では、少々ごまかしてしまったんだがね……」
いつになく思い詰めた表情のリンベルに、オルトスは何やら胸騒ぎを覚える。リンベルは、ゆっくりと重い口を開き、こう言った。
「君の村が襲われた理由について、今のうちに話しておきたい」




