「好き」に理屈はいらない
【カルミナVSガデス】
「うおおおおおお!!!!」
「おらあああああ!!!!」
目にも止まらぬ速さの拳打の応酬が繰り広げられる。カルミナとガデスの両者とも、相手の一撃を食らいながらも怯むことなく殴り続ける。拳がぶつかり合うたび、互いの血が辺り一面に色鮮やかに飛び散った。
カルミナはアリシアの盾になるよう、彼女を背にしてそこから動かない。
ガデスは、何とかアリシアに止めを刺すためにカルミナを抜こうと、左右から回り込むが、カルミナは先回りしてガデスの前に立ちふさがる。両者の力関係は、全くの互角だった。
「こいつ……! いい加減に、倒れろやああああ!!!」
イライラの頂点に達したガデスが、渾身の右ストレートをカルミナの鳩尾に向けて放った。カルミナは避ける間もなく、その一撃をもらってしまう。しかしーー、
「ま、け、るかああああ!!!!」
カルミナはそれに怯まず、それどころか同じようにガデスの鳩尾にカウンターを食らわした。カルミナの拳がめり込み、ガデスはたまらずうめき声をあげた。
「ぐあ……!!」
ガデスは体勢を立て直すために、一旦引き下がった。殴られた箇所を押さえながら、苦しそうに息をする。それは、カルミナも同様だった。しかし、彼女の眼力は衰えることなく、いまだにギラギラと熱を帯びている。
「まさか……ここまで、やるとはな……さすが今日まで生き残ってきただけはある……!」
ガデスは、素直にカルミナへ称賛の言葉を送る。ガデス自身も、若いながら数多の修羅場をくぐり抜けてきた戦士である。その強さは、神軍においてアズバ、ローガスに次ぐとさえ言われるほどだ。
そんなガデスに、目の前の金髪少女は必死に食らいついている。全ては、後ろの世界の敵を守るために。たとえ腕や足が千切れたとしても、彼女はその命燃え尽きるまで闘い抜くだろう。彼女の鬼気迫った表情から、容易に想像できる。
「しかしわからんなぁ!」
ガデスは、気持ちの良い笑みを浮かべながらカルミナに声をかけた。カルミナはその声に応えることなく、アリシアを庇うように立ち尽くしている。顔には痛ましいまでの紫色の痣ができ、全身から赤々とした血がポタッ、ポタッ……と滴り落ちている。それでも彼女の闘気は衰えるどこらか、ますます増えていく一方だ。
「世界の敵なんかのために、そこまで命を張る理由がどこにある? 世界の敵はその呼び名の通り、この世界に災いをもたらす俺たちの敵なんだぞ? てめぇをどんな風にたらしこんだのかは知らねぇが、目を覚ませ。そいつを守ったって良いことなんざ、一つもねぇぞ? いずれ必ず、お前に牙をむくはずだ。だからこっちに来い。ここでお前ほどの手練れを失うのはもったいない」
ガデスは構えを解き、カルミナにスッと手を伸ばす。そして、ニッと年相応の男らしい笑みを浮かべた。その表情に、敵意は感じられない。
「仲直りの握手だ。そして、共に世界の平和のために戦おうぜ。俺たちが争う理由はないんだ。別にお前だって、俺たちの親父が憎いってわけでもないんだろう? なら、手を取り合おう。どうだ?」
拳をぶつけ合って分かったこと。それは、目の前の女が少なくとも悪人の類いではないということだ。小細工を使わず、正々堂々と己の力を全てぶつける真っ直ぐな拳。悪人や並みの武人に限って、意地汚い小細工を使うが、こいつにはそれが一切ない。だからこそ、好感が持てるのだ。
ここで殺すには惜しい人材だ。これからの神軍を引っ張っていける存在になり得るかもしれない。これだけの美しい武を持っているのだ。神軍に敵意を向けるのは、きっと世界の敵に操られているからだ。ならば、早く正気に戻してやらねばならない。
ガデスは、自分なりの誠意を込めてカルミナに言葉を送った。しかしーー、
「……ふざけないでよ」
「何?」
カルミナの反応は、ガデスの予想とは相反するものだった。カルミナはさらに顔をしかめ、赤く燃える瞳をカッと見開いた。
「あなたに……アリシアの何がわかるって言うのよ!! 私だってあの子のこと、少ししか知らないのに、知ったような口をきいて!! アリシアに操られてる? 騙されてる? 馬鹿にしないで!!!」
言葉が止まらない。胸の奥からふつふつとわき上がる激烈な想いを、カルミナはガデスに向かってこれでもかと言わんばかりに吐き出した。ガデスも、その勢いに気圧されたのか、何も言えずただ唖然としていた。
「私は自分の意思であの子を守っているの!! あの子を助けたいと思うから、こうしてあなたたちと戦っているの!! あの子を失う辛さに比べたら、こんな苦痛なんてね、どうってことないのよ!!」
そう叫んだのと同時に、カルミナがガデスに飛びかかる。そして、感情のまま力任せに拳を振るった。ガデスはそれを両腕を盾にして何とか防ぐ。勢いを殺し切れず、ズザザと身体を後方に押されてしまった。
二人は、そのまま間近で睨み合う形となった。なおもカルミナは叫ぶ。
「アリシアは、お月様やお花を見るのが好きな、普通の女の子なの。今まで、決して誰かを傷つけようとはしなかったし、むしろ自分の命を賭けて人を救ったりもしたわ。そんな優しい子が世界を滅ぼすですって?」
グググ、とさらにカルミナは力を込める。ガデスは歯をくいしばりながら全力で押し返そうとするが、ジワジワと押され始める。
「あなたの言うとおり、私は神様や神軍を悪いとは思わない。だけどね、私にはあの子が世界の敵だとは決して思わない! 私はこれからもアリシアを信じる!! あなたたちは、間違っている!!!」
カルミナがきっぱりとそう言い放つ。次の瞬間ーー、
「……何だと?」
ガデスから、一際低い声が響いた。直後、カルミナの脇腹にズン、とガデスの足がめり込んだ。カルミナはうめき声をあげながら、吹き飛ばされる。
「間違っている? 親父が? いつ間違えたというんだ?」
まるで独り言のようにぶつぶつ呟くガデス。額に青筋を立てながら、ゆっくりとカルミナに近づく。
「もういい、よーくわかった。お前は、悪だ。神を侮辱したお前は、万死に値する」
ガデスの闘気が、どんどん膨れ上がる。やがてそれは、カルミナの荒々しい闘気すらも飲み込むほど、巨大なものになっていった。ガデスは修羅の顔になりながら、何とか起き上がろうとするカルミナを睨み付ける。
「おめぇこそ、親父の何を知ってるんだよ……? 会ったことも、話したこともないくせに……何知ったような口を聞いてるんだ?」
ゴキッゴキッと、カルミナを威嚇するかのようにガデスは首を鳴らす。カルミナも負けじと睨み返しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「親父はな、死にかけていた俺を助け、育ててくれたんだ。俺だけじゃない、親父に救われた奴は星の数ほどいる。あの人ほど、俺たちのことを想ってくれている方はいない。てめぇは、そんな素晴らしい方を否定したんだ。そして、あろうことか親父の命を狙う世界の敵に加担した!!」
ガデスは一歩、また一歩踏み出す。そのたびに、大地に裂け目ができた。彼の怒りが、形となって現れているのだ。そして、再び両腕を身体の前に突き出し、軽やかにステップを踏む。
「来いよ背徳者。証明してやる……お前がどれだけの大罪を犯しているのかをな!!!」
そして、ガデスは力いっぱい、地面を蹴るのだった。




