別れと再会
マーリルとの死闘から二日後。街は平和な日常を取り戻し、住民たちも何事もなかったかのように、各々の仕事を再開していた。何ともたくましい商魂である。
あれから、神軍が襲ってくるということもなく、カルミナたちは次の戦いに備えて、アーノルド直々に鍛練をつけてもらっていた。
やはりかつて隊長を任されていただけのことはあり、何度か手合わせをしてもらったのだがまるで歯が立たない。アリシアも、力を解放させてないとはいえ、この短期間でかなりの技を扱えるようになったはずだったのだが、結局一発もダメージを与えることは叶わなかった。
二人はアーノルドから、センスはあるがもう少し鍛練を重ねるように、とだけ教えられ、もう少し自主トレーニングの時間を増やすことにした。
そんなことをしていたらあっという間に時間は流れ、いよいよ旅立ちの時がやってきた。
カルミナたちは神通門をくぐり、サマルカンの外にいた。二人を見送ろうと、ハロルドやミランダ、アーノルドをはじめ多くの人々が押し寄せてきている。
「さて、しばしの別れだな。カルミナ嬢、アリシア嬢」
「ハロルドおじさん、ここまで本当にありがとう! こうして無事に着けたのは、おじさんのおかげだよ」
「よせよせ、俺はそんな大層なことはしてねえよ。職務を全うしただけさ。これにて、依頼は完了だ」
「おじさん……グスッ」
短い間とはいえ、これまでの旅の思い出がブワッとよみがえり、カルミナは思わず涙目になる。ハロルドはそんなカルミナの姿を見て慌てふためく。
「お、おいやめろやめろ! 永遠の別れになるって訳じゃないんだしよ……そんな姿見せられたら、俺……グスッ」
「もらい泣きとは、歳をとったねぇ、ハロルド」
「う、うるせぇやい……ちくしょう」
ミランダがニヤニヤ笑いながら、ハロルドを茶化す。ハロルドはそれにふてくされながらも、涙を止めることはできなかった。
「ありがとう、ハロルドさん……私、あなたに生きる勇気を貰えた……初めて話した時のこと、私は一生忘れない」
アリシアも、少し涙ぐみながらハロルドに礼を言う。その姿を見たハロルドはついに……、限界を迎えた。
「…………くっ……うぅ……こんな、知らぬ間に立派になって……」
「何様だ、運び屋の分際で」
「うるせぇ! 良いだろ別に!!」
「誰も悪いなんて言ってないよ、ハロルドくん。さて、二人とも」
ハロルドが感極まった所で、今度はミランダとアーノルドが二人に別れの挨拶を告げようと近くに寄る。二人は、礼を示すために背をビシッと伸ばして向かい合った。
「私たち夫婦からも挨拶があるのだが……その前に、マイルズ。言いたいことがあるのなら、自分の口で言いなさい」
「え?」
カルミナとアリシアが首を傾げる。マイルズは顔を俯かせながら、おずおずと前に出た。申し訳なさそうに唇を噛み締めながら、何度か口をパクパクさせる。何やら伝えたいことがあるようだ。
「しゃきっとしな! 男だろう!?」
ミランダが我慢できずに、マイルズの背中をバシッと叩く。雷に打たれたような衝撃が全身をつたい、マイルズは思わず飛び上がる。その勢いで、カルミナたちのすぐ目の前まで身体を動かしてしまった。
ここまで来たら、もう引き返せない。マイルズはぐっと顔に力を入れて、
「カルミナさん、アリシアさん……申し訳ありません!!」
軍人らしく、綺麗に頭を下げて謝罪した。突然のことに、カルミナたちも戸惑ってしまう。
「え……えっと、マイルズさん? 何故私たちに謝るんです……?」
「じ、実は……皆さんの居場所を神軍に教えたのは、私なんです……!」
「「えっ!?」」
カルミナとアリシアは同時に驚きの声をあげた。
マイルズ曰く、彼の家は元々神軍と繋がっており、マイルズもまた、このサマルカンの情勢を逐一報告する、いわばスパイのような活動をしていたのだ。
この事実はアーノルドも知らなかったらしく、マイルズはアーノルドにも何度も頭を下げている。
「別に君のせいではない、と私も言ったのだが、どうしても謝らないと気が済まないと言ってね……この場を借りたというわけだ」
アーノルドは苦笑いを浮かべながら、カルミナたちに告げる。
改めて、二人は頭を下げて小鹿のように震えているマイルズを見据えた。そしてーー、
「そんなことなら、気にしなくていいですよ! マイルズさんは職務を全うしただけなんですし。ねっ、アリシア?」
「うん……私も、気にしてない……」
二人は、マイルズにそう告げる。マイルズは目を見開いて二人を見上げる。
「そ、そんな! 私は、二人を売り渡したのですよ!? それなのに……」
「そんなのは予想していたことだよ。なにせ、神軍のために働くのが、この世界の常識なんだから。マイルズさんは何も間違っていないですよ。だから、そんな自分を責めないで下さい、ねっ?」
カルミナはマイルズの肩に手を置いて、普段通りの明るさでそのように告げる。マイルズは涙目になりながら、
「ありがとう、ございます……!」
と、二人に感謝の言葉を述べたのだった。
~~~~~~
「ありがとう、カルミナくん、アリシアくん。彼は見ての通り真面目な子でね。これまで自分のしてきたことの罪悪感に、蝕まれていたのだろう」
アーノルドは去っていくマイルズの背中を追いながら、二人に告げる。
これからマイルズは、アーノルドの元で秘書官としてしばらく働くことになるという。彼の今後を期待しての配慮だ。
「それでは、改めて」
マイルズの一件が終わり、改めてアーノルドとミランダが二人に向き合った。
「わずかな時間だったが、君たちと出会えて良かった。カルミナくん、アリシアくん。君たちが今のようにお互いを信じ合い、助け合えばどんな困難だろうと乗り越えられるだろう」
アーノルドが爽やかな笑みを浮かべながら、二人を激励する。うら若き少女二人の旅立ちを祝福するかのように。
「先生に教えられたこと、決して忘れません! またサマルカンに来るまでに、一段と強くなってみせますよ!」
カルミナは一際元気な声で、アーノルドに感謝と決意を伝える。アーノルドはその言葉を受けて、カルミナの瞳をまっすぐに見つめた。
「カルミナくんの舞道は素晴らしいものだ。こちらもいくつか学ばせてもらったよ。後は君が、その素晴らしい技術をどう応用していくか、だね」
「応用……か……たしかに私は、まだ基本の型しかできないから……」
カルミナは己の未熟さに不甲斐なさを覚えた。応用、つまり自分なりの舞。それを身に付けなければ、この先アリシアを守ることなんてできないだろう。そんな姿を見たアーノルドは、カルミナに鋭い視線をぶつけた。
「カルミナくん、一度君の原点を振り返りなさい。もっと自分を見つめ直すんだ。自分というものを深く、深く研究した先に、君独自の答えがあるはずだ」
「私なりの、答え……」
アーノルドの言葉を受け、カルミナはうーん、とその場でうなってしまった。アーノルドは再びニコリと笑いーー、
「焦ることはない、ゆっくり考えなさい。焦った所で、答えなどすぐに浮かぶことはないのだから。日々、精進だよカルミナくん」
「……! はいっ!」
カルミナは気持ちの良い返事をアーノルドに放つ。それを受け取ったアーノルドは、満足そうにうなずいた。
「さて、アリシアくん」
「は、はい」
アーノルドは今度はアリシアの方を向く。アリシアは緊張したような面持ちで、伸ばした背をさらに伸ばそうとつま先立ちになる。
「私はこれまで、神の言葉を疑ったことはないし、これからも疑うつもりもない。君の目に映るあの方は、悪神の類いに見えるだろうが、私から見たあの方はいつだって清廉潔白で正しい」
「はい……それは、わかっています」
アリシアは明らかに表情を暗くした。常に正しく人を導いてきた正義の神が、ここまで執拗に自分を狙うのは、やはり記憶を失っていた時に何かとんでもないことをやらかしたからなのではないか。アリシアの頭には、常にそんな思考が置いてあるのだ。
「しかし」
アーノルドはそう、一拍置いてーー、
「君のことも、私は信じるよ。君は間違いなく、世界の敵じゃない。君には邪気のようなものが全く感じられない。むしろ、あの方と近いものを感じるんだ」
「…………っ!? アーノルドさん……私を、信じてくれるの?」
「そうでなければ、こうして出迎えなんてしないし、君の鍛練に付き合ったりしないよ」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアの中の黒い部分が晴れた気がした。解放感と、それなら来る気持ちよさ。張り詰めていたものが、優しくほどけていく。アリシアは大粒の涙を流しながら、改めてアーノルドに礼を述べた。
「アーノルド先生、本当にありがとう……ウッ……グスッ」
「ほらほら、アリシアちゃん! 最初に言ったろう? むやみやたらに涙を見せるもんじゃないよ」
「ミランダさん……」
感動の涙を浮かべたアリシアが振り向いた先には、ニカッと気持ちの良い笑みを浮かべたミランダがいた。
「女の子だから涙を見せるのは結構だが、あくまでも切り札だ。泣いてばかりいると、本当に泣きたいときに泣けないからね。あんたはもう弱くはない、そうだろう?」
ミランダは、アリシアに発破をかけるように、あえて厳しい言葉をぶつける。アリシアの心に、熱い火が灯った。
「はい……! もう私は、あの時の私ではありません」
「よし、よく言った! 私からは一つ。アリシアちゃん、これはあくまでもあんたの旅だ」
「はい」
「隣のカルミナちゃんは、最後まであんたに力を貸してくれるだろう。だが、カルミナちゃんが旅の答えをあんたのために取ってくることはできない」
なぜならーー
「どれだけ守られようとも、結局最後答えを取ってくるのは、あんた自身なんだ。決して、それを忘れるな」
「ーーっ!! はい、女将さんのお言葉、決して忘れません」
「よく言った!! それでこそだよ!!」
ミランダは最後にアリシアの背中を激しく叩く。バシィ、と気持ち良い音が聞こえたが、アリシアは背中をさすりながら、ジンジンとくる痛みに悶える。同時に、優しい暖かさも感じたのだった。
「さてと、カルミナちゃん」
「うん! 女将さん、なーに?」
カルミナは待ってました、と言わんばかりに気持ちの良い笑みを浮かべながらミランダを見る。ミランダは一瞬目を細めたあとーー、
「あんたに言うこともひとつ。いい加減、アリシアにも仮面をつけたままでいるのやめな?」
「…………え? それ、どういうこと?」
ドキン、と胸が一瞬飛び上がった気がした。なぜかはわからないが。
「ふむ、自覚はないようだね。あんたは無意識のうちに人と上手く合わせるための仮面を作ってる。これは、知らない人とかには別にいいんだが、あんたはどうもアリシアちゃんにも仮面をつけて接しているように見える」
「そ、そんなこと、ないですよ」
カルミナはアリシアの方をチラッと見た。アリシアはこちらに気付くことなく、他の住民と別れの挨拶を済ませているようだ。アリシアが聞いていないことに、ひとまずホッとする。
「もう、女将さんったら! 私はアリシアの前では常に素直だよ? こんなにもアリシアを愛してるんだから!!」
「…………なら、いいんだけどね。いや、私の気のせいだな。惑わしてごめんね?」
「ううん、大丈夫!」
そうして、カルミナとミランダは互いに握手を交わした。ミランダはいまだカルミナに対する違和感が拭いきれないが……、まあ、大丈夫だろう。
ミランダは、どこか影を帯びているカルミナの背中を最後まで見つめるのだった。
「それじゃあ、そろそろ行きます!! 本当に、お世話になりました!!」
「またいつでも来なさい! サマルカンはいつでも君たちを歓迎するよ」
「ありがとうございます! 皆さん、お元気で~!!!」
こうして、カルミナとアリシアはサマルカンを後にする。短い間ではあったが、中々に楽しい思いができた。二人は名残惜しそうにサマルカンを振り返りながら、ヒノワ方面の道を曲がった。
目的地のヒノワ、そこには厳しい世界が待っているかもしれない。それでも、進むしかない。アリシアが、表立って歩けるようにするためには、向かうしかないのだ。
だからこそ、名残惜しくても今は離れよう。そして、全てが終わった時に再び来よう。今度は、心の底から笑い合えるだろうから……
~~~~~~
「確か、この辺りに私たちを乗っけてくれる人がいるってきいたけど」
「誰も、いないね……」
神通門が見えなくなり、カルミナたちは待ち合わせの場所にやって来た。
実は、アーノルドがカルミナたちをヒノワまで連れていってくれる運び屋を極秘で手配していたのだ。抜かりがない。そして、その運び屋との待ち合わせが今カルミナたちのいる街道の分岐点の所なのだが……それらしい姿は誰もいない。
「まだ来てないのかな?」
「じゃあ、もう少しここで待つ?」
「そうだねぇ……しょうがないし」
カルミナたちがそう言って、近くの木に腰を下ろそうとしたその時。
『へっ、何だお前ら。強くなったって聞いたが、俺の気配に気付いてないんじゃまだまだだぜ』
突如、低く野太い野獣のような音を放つ声が、辺りに響き渡る。カルミナたちはすぐさま臨戦態勢をとるがーー、
「あれ? この声、どこかで……まさか!」
そうだ、この野獣のようなうなり声を放つ人物は!
そう思った瞬間、カルミナたちがもたれかかっていた木から、黒い人影がカルミナたちの前に降り立った。
全身を黒毛で覆い、好戦的な意思を持った黄色い眼光を鋭く放つ獣人。アリシアのと同じ存在であるその男の名はーー、
「「オルトス!!!」」
オルトス、と呼ばれた男はカルミナたちにニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、カルミナ、アリシア」
第二章 終演
というわけで、第二章、駆け足でしたが終わります。
この後は閑話を入れた後、一、二週間ほど申し訳ありませんが、手直しの時間とさせていただきます。
また、第三章のプロットもまとめたく思います。
今後とも、よろしくお願いいたします!




