守人
「アートマンーー!」
アートマンは腰に携えていた剣を抜き取り、身体を回転させながらマーリルの腕に斬撃を放った。
瞬間ーー、マーリルの肘から先が、ずるりと地面に落ちた。斬られた場所から、真っ赤な血が滝のように流れ出す。カルミナは目の前の衝撃的な有り様を見せつけられ、ポカンと口を開けた。
「す、すごい……」
ーーあれだけ硬かった皮膚を、こうも容易くスパッと斬るなんてーー
カルミナが斬られたマーリルの腕をボーッと眺めているとーー、
「カルミナ! 無事か!?」
アートマンが必死の形相でカルミナのもとに向かう。カルミナのあまりに痛々しい姿を見て、アートマンは思わず目をそらした。カルミナは微かに震えた声をアートマンに向ける。
「あ、はは……ごめん、しくじっちゃった……」
「カルミナ……! くっ……! 遅れてすまん!」
アートマンは本当に悔しそうに歯ぎしりしながら、カルミナに謝罪の言葉を述べた。カルミナは首をゆっくり横に振って否定する。
「ううん……アートマンのせいじゃないよ……ひとえに、私が弱いだけだから」
「何を言ってる。お前はたった一人であの化物を食い止めた。おかげで、街の住民は全員避難できた。皆、お前のおかげだ」
「アートマン……」
「後は任せろ。俺とシルビアで、あいつを元に戻してみせる」
アートマンがカルミナに笑いかけたその時。
「アートマン!! 後ろ!!」
「!?」
シルビアのただならぬ叫びで、アートマンは即座に後ろを振り向く。見れば、マーリルが斬られた方の腕に何やら力を込めていた。さっきまでドバドバ流れていた血もいつの間にかピタリと止まり、腕の肉の断面部が露になる。そして、異変が起こった。
グムグム……グムグム……
マーリルは斬られた前腕を拾い上げ、切断部に無理やり押し込んでいる。すると、前腕部から赤い血管のような糸が伸び、前腕の断面部にくっついた。そして、腕をカチッとはめた瞬間、マーリルの切断部は何事もなかったかのように消え、マーリルはそのまま前腕を問題なく動かし始めた。
「くそったれ……! まさか斬られた腕をこの場でくっつけるなんて……どこまで人間やめてんだよあの化物……!」
アートマンは悪態をつきながら、咄嗟に剣を構えてマーリルに向き直る。マーリルは再び大地が震えるほどの雄叫びを上げ、アートマンを睨み付けた。完全にアートマンに狙いを定めたようだ。
「おいマーリル!! お前なんだよその無様な姿は!? あれだけ偉そうな口叩いておいて、ちょっと女にあしらわれた程度で理性を失うとはな!! 情けねえぜ!!」
挑発か、それとも本意なのか。アートマンは今にも飛びかかってきそうなマーリルに向けて、剣を突きつけながら高らかに言い放った。
「今のお前なんざ全然怖くねえし、頭の中が空っぽのやつに勝ってもちっとも嬉しくねえ! お前に負けを認めさせないかぎりは、何度でもお前に挑んでやるからな!!」
そう言ってアートマンは目をつむり、全身に力を込める。するとーー、
「こ、これは……」
カルミナは思わず息を漏らす。
アートマンから圧倒的で、どこか神秘的なオーラのような光が発せられていたのだ。髪はより新緑に輝き、銀色の瞳はさらに磨きがかかる。思わず手を合わせてしまいたくなりそうだ。
ーーすごいーー
月並みな表現だが、今のアートマンの壮大たるや、まるで樹齢幾千年を生きる大木のようであった。
「この姿を、エルフ以外に見せたのは初めてだ」
「い、一体何を……」
「なーに、本気になっただけさ。さっきはシルビア共々見た目に騙されて油断をするなどという愚行を犯しちまったが……、今度はそうはいかねえぜ」
「アートマン……気を付けて! あいつ、厄介な動きをしてくる!」
「心配すんな、俺にはシルビアがいる。俺とシルビアが本気を出せば、あんな奴敵じゃねえさ!!!」
アートマンは自信満々にそう告げると、正面から一直線にマーリルに立ち向かう。マーリルは待ってましたと言わんばかりに、仁王立ちになってアートマンを迎え討った。
「いくぜ……! マーリルーー!!!」
アートマンがそう叫んだのと同時に、天高く跳躍する。そして、急降下する勢いを乗せてマーリルに向かって剣を振りかざした。マーリルはそれを避けることなく、ただ受け止めようと両腕に力を集約させた。
「ほーお、力比べってか! おもしれえ!!」
アートマンの剣が次第にマーリルの両腕へと近づきーー、
ガキィィンン!!!
金属が激しくぶつかる音が鳴り響いた。そして、アートマンの剣とマーリルの両腕からバチバチ……と火花が飛び散る。
「守人としての力を解放した今、俺たちに敵はねえ!! カルミナも、この街も、街に住む住民も、そしてお前も! 全員俺たちが守る!!!!」
アートマンが吼えたのと同時に、グググ……とアートマンの剣がマーリルを押していく。マーリルも腰に力を入れて必死に押し返そうとしているが、形勢は変わらない。徐々に、徐々に押していく。
信じられないパワーだ。あの細く小さい身体のどこに、それほどまでの力があるというのか。否、この力はアートマン一人だけの力ではない。
彼の背中に、翼のような小さな竜巻二つが不自然に出現していた。それらが、アートマンを後押しするかのように激しく渦を巻いている。
「アートマンはーー、私が守る!!」
アートマンの剣を受け止めながら、マーリルは向かいの建物の屋根に人影を見る。それは銀色の髪を逆立て、周囲に乱気流のような風を纏いながらアートマンに向けて手をかざす少女、シルビアであった。彼女もアートマン同様に、神々しく神秘的なオーラを放っていた。
「シルビア、助かる!!」
アートマンは力を貸してくれたシルビアに感謝し、その力を無駄にしないよう、全ての力を使って剣を押し込んだ。そしてついにーー、
ブシュッ!!
剣が、マーリルの腕の肉に食い込んだ。そのまま奥へ奥へと入り込み、そしてーー、
ズバン!! と両腕を斬り捨てて抜けていく。勢いをなくさず、その剣はマーリルの胴体へ向かう。
「食らえーー!! 森の息吹!!!」
風を纏ったアートマンが、硬い皮膚で覆われた胴体を、いとも簡単に斬り裂いたのだ。マーリルは悲鳴に近い雄叫びをあげながら、その巨体を崩し、動かなくなってしまった。
「マーリルーー!!」
一部始終を見ていたカルミナが、マーリルに向けて悲痛な声を発した。するとーー、
「大丈夫だ、あんなんで死ぬんじゃ苦労しねえよ」
先ほどマーリルを圧倒したアートマンが息を荒げて戻ってきた。いつの間にか、カルミナの隣に風を纏ったシルビアも屋根から降り立っている。カルミナはもう驚くことに疲れてしまったのか、ろくに声も出なくなった。
「あ、あなたたち、何者……?」
「その前に。シルビア、頼む」
「任せて」
シルビアがアートマンの言葉を受けると、彼女はカルミナの元に寄り添い、そっと手をかざした。目をつむり、静かに口を開く。
『我らが父であり母よ、この者の傷を癒したまえ』
シルビアがなにやら呪文のようなものを唱えると、シルビアの手から緑がかった光が現れる。その光はカルミナを包み込むと、たちまちカルミナの傷が埃のように舞ってしまった。傷とともに、カルミナの荒ぶっていた心も静まっていく。
カルミナは、ほぅ、と一息ついた。
「落ち着いたか?」
カルミナの穏やかな様子を見たアートマンが尋ねる。
「落ち着いたけど、驚いた。あなたもアリシアみたいなことが出来たのね」
カルミナは崇敬の眼差しをシルビアに向けた。シルビアは恥ずかしそうに赤面して、思わずそっぽを向いてしまった。そんなシルビアの姿をみてアートマンは苦笑する。
「本来は、俺たちエルフの専売特許なんだがな、こーゆーの」
「そうなんだ?」
「エルフでも、限られた奴しかできない。俺たち守人のようにな」
「その、守人って何なの?」
知らない単語が出てきて、カルミナは不思議そうに尋ねる。
「守人っていうのは、エルフの中でも特に優れた戦士のことで、全部で10人しかいないんだ。守人になった奴らは、偉大なる神樹と直接つながることができて、超常的な力を分け与えられる……まあ、要はエルフで一番すごい奴らって思ってもらえばいい」
「へぇ~、もしかしなくてもアートマンたちってかなりすごい人?」
「強さには自信あったんだがなぁ……さすがに世界の敵には及ばなかったよ。神樹からも離れててリンクも薄いしな」
「……歯がゆい」
アートマンとシルビアは何とも言えない複雑な表情をしながら答えた。カルミナは全てを理解はできなかったが、人智を超えた力を披露してくれた二人でも、今のマーリルは厳しいということはわかった。
「さてと、休憩は終わりだ。カルミナ、動けるか?」
「ええ、バッチリよ。足手まといにはならないわ」
「……大丈夫、あなたも充分強いから、私たちはそんな風には思わない」
三人は互いに笑い合いながらーー、
「さてと、それじゃあ第二回戦といきますか!」
身体の傷が跡形もなく消え去り、むくりと起き上がったマーリルを見据えながら、戦闘態勢に入るのだった。




