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【完結済】愛し愛される世界へ ~一目惚れした彼女が、この世界の敵でした~  作者: 冬木アルマ
第二章

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暴乱のサマルカン

「なんだ、あの化物は……!?」


 サマルカン内で最も巨大な建造物、サマルカン商庁。

 ここでは、サマルカンの今後の方針を決める議会やサマルカンを取り仕切る法律などを定めている。

 その建物の最上階に位置する首長室。サマルカンの代表が日々、政務を執り行う場所だ。この部屋からは、サマルカンの美しい街並みが一望できる。

 その首長室から見えるサマルカンは今ーー、


 土煙をばらまきながら、崩壊を始めていた。

 そんなサマルカンの異常事態を首長室から眺めていた、美しい白髪と白髭を携えた初老の男性が、驚愕と焦燥に満ちた顔を浮かべた。愛する街が、突如現れた正体不明の化物によって壊されていく。この部屋に初めて入って三十数年だが、こんな恐ろしい情景は初めてのことだった。


「ーー状況は!?」


 男は焦りを隠そうともせず、声を荒げながら先ほど慌てて入ってきた若い男に尋ねた。その男も、焦りを隠せず時折声が裏返りながら報告を始めた。


「げ、現在……あの化物によって北区の被害が甚大! そのまま隣の西区に向かい、手当たり次第に暴れています! 幸い、警備隊や一部の住民の手助けもあり、死傷者はいない模様!」


「死傷者はいない……か。まずはひと安心だな」


 男は住民に直接的な被害が及んでいないことに、胸を撫で下ろす。しかし、このまま放っておいたらいずれ取り返しのつかない事態に陥るのも明白だった。


()()……! 我々は、どうすれば……!?」


「…………」


 首長、と呼ばれた初老の男は、心を落ち着かせるかのように髭を撫でながら黙考する。

 初老の男の名は、アーノルド。若くしてこのサマルカンの首長に就任し、その後優れた治政と人徳によって、サマルカンを大陸最大の街にまで育て上げた稀代の名主である。齢五十後半であるにも関わらず、一切老いを感じさせることのない、太く鍛えられた肉体。腰には何の装飾もない素朴な剣が備わっている。

 アーノルドは厳しい目をしながら、部下に指令を下した。


「……引き続き、住民を街の外まで避難させろ。非常用の門も開放し、何としても犠牲者を出さないように力を尽くすんだ。混乱が出ないよう慌てず、しかし速やかに行え、いいな?」


「は、はい!! 首長も早くお逃げを! ここにいては危険です! 私がお供いたします故、さあ!!」


 部下がアーノルドの身を案じ、彼を部屋から連れ出そうとする。しかし、アーノルドは首を横に振って、その申し出を拒否した。


「私は、皆の安全が確認できるまで残る。私のことは構わず、お前は行きなさい」


「しかし! あなたはサマルカンの希望です! あなたにもしものことがあったら……」


「私の身を案じることより先に、お前にはすべきことがあるだろう? 私の代わりはいくらでもいるが、このサマルカンの代わりはないのだ」


「首長……」


「行きなさい、スウェン。私が教えたことを守り、街とそこに住む民たちを救ってやってくれぬか?」


 アーノルドは優しげな瞳で見つめながら、部下にそう諭した。部下は涙ぐみながらも、決意を固めたようなまっすぐな瞳で見つめ返しながら、背筋をピンと伸ばしてお辞儀する。


「わかりました……! 首長、ご武運を!!」


 そう言い残し、若く勇ましい男は勢いよく部屋を飛び出していった。一人残されたアーノルドは、再び険しい目をしながら()()()のことを思い出す。


()よ、私は言われた通り、街道を封鎖しました……! なのになぜ我らの前に現れないのですか……! あの化物が、あなた様のおっしゃっていた世界の敵(ナーディル)ではないのですか……!!」


 誰もいない首長室でそうひとりごちたアーノルドは、おもむろに壁にかけてある神軍(ジーニス)の旗を見る。そしてその旗に向かって祈りを捧げながら、ボソリと自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「神よ……どうか、どうか我らにご加護を……。私も、街と民のために参ります!」


 ~~~~~~~


「急げ!! こっちだこっち!!」


「押すんじゃないよ! そんな自分勝手は私が許さないからね!!」


 サマルカンの入り口である神通門には、数多の人々がドッと押し寄せていた。警備隊の面々が、人々が安全に進めるように懸命に誘導していく。その役を、ハロルドやミランダのような一部の住民も担っていた。


「マイルズ!! 首尾はどうだ?」


 ハロルドはマイルズの元に駆け寄り、状況の確認を行う。お互い、全身から汗をびっしょり流していた。マイルズは腕でその汗を拭いながら状況をハロルドに伝えた。


「あらかた完了です。皆さんきちんと言いつけを守って進んでくれたおかげで、予定より早く済みましたね」


「ハッハッハ! サマルカンの奴らは総じて人柄の良いのが取り柄だからね!」


 誘導を終えたミランダも、ハロルドたちの元に笑いながら近づいてきた。その言葉を聞いて、ハロルドは目線を反らして苦笑いを浮かべる。そしてボソリとつぶやいた。


「まあ……女将には逆らえないってのも要因の一つだと思うぜ……」


「何か言ったかハロルド?」


「何でもありません。お気になさらず」


 ミランダからひどく冷たい声が響いたため、ハロルドは背筋を震わせながら必死に否定する。そんな光景を見てマイルズも頬を掻きながら苦笑した。


「あはは……それよりも、あちらは大丈夫でしょうか? そういえばハロルドさん、お連れのあの二人は!?」


「多分、()()()の方にいるだろうな」


 ハロルドが顎でカルミナたちのいるであろう方角を差した。その方向はーー


「あっちはーーあの化物がいる所じゃないですか!? こうしちゃいられない! 助けにいかなきゃ!!」


「やめろ! お前さんが危険な目に遭うだけだ! あいつらなら大丈夫、ああ見えて強いんだよ」


「いくら強いからって……ハロルドさんは心配じゃないんですか!?」


「全然」


「はあっ!?」


 ハロルドはきっぱりと否定した。信じられない言葉に、マイルズは間の抜けた声を発した。ハロルドは真剣な目をしながらマイルズに想いを伝える。


「俺はなマイルズ……あいつらなら大丈夫だって信じてる。あいつらは、俺よりもしっかりと自分の道を決めて、懸命に歩もうとしてたからな。あいつらの強さは、この場にいる誰よりも知ってるつもりだ」


「ハロルドさん……」


「そうだね、私もあの子たちに会って間もないけど、あの子たちの瞳には強い光が宿ってた。どんな困難に陥っても、きっと乗り越えられるさ」


 ミランダもハロルドの考えに首肯する。二人の様子を見ながら、マイルズは思わず首を傾げた。


「……まるで、あのお嬢さん方があの化物と戦っているような口振りですね」


「いや? それはないだろう。うまいこと逃げてるだろうなって話だぜ」


「……そりゃ、そうですよね……」


 マイルズはどこか安心したようにほっと息を吐いた。ハロルドは化物のいる方向を眺めながら、カルミナたちに思いを馳せた。


(カルミナ嬢、アリシア嬢……うまいこと逃げてくれてるんだろうが、無事でいてくれることを願うぜ)


 ~~~~~~


「はっ、はっ、はっーー!」


 サマルカン西区の大通り。誰もいなくなったその場所に、一人の少女が逃げ惑っていた。少女は時折後ろを振り返りながら、顔を恐怖に染め上げて必死に走る。


(お父さん、お母さん……どこ!?)


 はぐれてしまった両親を探しながら逃げる少女。その後ろにはーー、


「グオオオオオオ!!!!」


 いきなり現れた化物が、少女に狙いを定めて追いかけている。初めはかなり距離があったのに、徐々に距離を詰められていった。追いつかれるのは、時間の問題だった。


「あっ!!?」


 少女が疲れによるものか、足をもつれさせて盛大に転んでしまう。それを見た化物は、ヨダレを垂らしながらゆっくり少女に近づいていく。真っ赤に充血した瞳に睨まれ、少女は恐怖でヒッ、と声を漏らした。涙を流しながら四つん這いになっても化物から遠ざかる。


「い、いや……誰か、助けて……!」


 少女はいるはずのない誰かに助けを請う。ついに化物の巨大な腕が少女を切り裂こうと大きく振りかぶった。少女は諦めたのか、絶望的な表情になりながら全身の力を抜いた。


(私、もうすぐ死ぬんだ……い、痛いのかな? 苦しいのかな? だとしたら、嫌だなあ……)


 そうして、化物の凶刃がついに少女の身に迫る。自分の短い人生を走馬灯のように振り返りながら、少女はギュッと目を瞑った。



 ズガン!!!!


 ーーーーあれ? 何とも、ない??ーー


 数秒程経っても痛くも痒くもない状況に、少女は疑問に思いながらおそるおそる目を開ける。するとーー、


「大丈夫? 怪我はない?」


 自分を心配してくれる女性の声が聞こえてきた。慌ててその声の方向を向く。

 そこには、自分を心配そうに見つめる金髪で真っ赤な瞳を持った女の子の顔があった。


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