何で怒るの!?
「無事みたいね……。良かった……。ごめんなさい、アリシア……! 私はまた……!」
「そういうのは無しにしよう、カルミナ。それに、まだ終わってない」
「そうだね……って! 思わず蹴っちゃったけど、よく見なくても子どもじゃない……!」
「見た目に騙されちゃダメ。あの子は私と同じ世界の敵で、最も危険と言われている、らしい」
「嘘……あの子が!?」
カルミナは信じられないような目で、倒れている赤髪の少年を見据えた。少年ーーマーリルーーは、無言でゆっくりと起き上がった。
「今度は何だよ……! ただでさえ苛立ってるのにさあ……」
マーリルは辺り一帯にどす黒いオーラを放つ。カルミナはそれを受け、ぶるっと身体を震わせた。
(な、何あの子……。どんな生き方したら、こんなおぞましい殺気が出せるの……?)
カルミナは一瞬で、目の前の少年が悪い意味でただ者ではないことを理解する。すぐにマーリルに対して、構えを作った。
「アリシア、あそこの人たちは?」
カルミナはマーリルから目を離さずに、アートマンとシルビアのことをアリシアに尋ねた。
「あの人たちは、さっき私をさらった神軍だけど、私はあの人たちを助けたい。あの人、多分悪い人たちじゃないから……死なせたくなかったの……。お願いカルミナ、あの人たちを……」
「分かった。アリシアがそう言うなら、私もあの人たちを守るよ」
「ありがとう、カルミナ……」
「それじゃあ、あの子どもをやっつけたら、一件落着だね!」
カルミナがそう言うと、アリシアは暗い表情になった。そしてーー、
「カルミナ……。できれば、あの子も助けてあげてほしいの」
「え? どういうこと?」
「私も世界の敵として一人で生きてきたから、わかる。あの子は何も知らないだけ。教えてくれる人がいなかったから、暴走してしまってる……。あの子は無自覚だと思うけど、きっと苦しんでると思う。だから……」
「大丈夫、アリシア。話は分かったよ。要は全員助ければいいんだね?」
「カルミナ……ごめんなさい」
「何を謝ることあるの、私とあなたの仲じゃない。私も、子どもが間違った方向に進むのは忍びないしね。男の子みたいだし、一発しつけしてやりましょ!」
「ありがとう! カルミナ」
カルミナはいつもどおり、爽やかな笑みをアリシアに向けたあと、真剣な目つきでぶつぶつ呟きながら俯いているマーリルを見た。
「……どいつもこいつもオレの邪魔しやがって……オレが弱い? 弱いだと? そんなはずはない、ないんだ……。俺は強い、強いから今日まで生きてこれたんだ……。強くなくちゃ、生きることができないんだ……」
マーリルはユラユラと身体を揺らしながら、ゆっくりと一歩ずつカルミナに近づく。カルミナはごくりと喉を鳴らした。
「気をつけてカルミナ。あの子の身体は特別製で、生半可な力じゃ傷一つつかない。あと目に追えないくらい素早い攻撃が得意だよ」
「……わかった。ありがとう」
カルミナは目の前のマーリルを改めて観察した。小柄だが、よく鍛えられている。何より、彼から発せられる息をすることもできない威圧感が、カルミナの肌にチリチリと当たる。
(……ほんと、どんな鍛え方したらあそこまでになるのかしら……。うらやましい限りだわ)
トホホ、と己のふがいなさに情けなくなるカルミナ。刹那ーー、
マーリルの凶刃が、カルミナの喉元に襲いかかった。マーリルは、ニヤリと勝利を確信したような笑みを一瞬浮かべたが……、
「ーーーー!!?」
そのナイフが、カルミナの腹に刺さることはなく、マーリルはそのまま勢いよくナイフを突き出した格好のまま、身体を宙に浮かせてしまった。その隙を逃さず、カルミナはマーリルの腹に渾身の一撃を食らわした。
「ガッ……!?」
腹にカルミナの拳がめり込み、マーリルの口から思い切り吐瀉物が吐き出された。そして、後方に吹き飛ばされてしまった。
「ぐぅぅ……ゲホッゲホッ……」
かなりのダメージなのか、マーリルは腹を押さえながら苦しみもがく。
(な、なぜだ……。今確実に決まっただろうが……。そもそも、そんなに力はなかったはずなのに、なんでこんなに腹に響くんだ……!?)
マーリルは殴られた腹を見るが、外傷はほとんど無く、口から血が出ることもない。身体の中身もそこまで傷ついてはいない証拠だ。
しかし、それなのになぜここまで全身に広がるような鋭い痛みを感じたのかが、マーリルにはわからなかった。
「もうやめよう? こんな争いに意味はないよ」
「ああ!?」
カルミナは、普段とは似ても似つかないような静かな声で話し出した。マーリルは怒気を含んだ視線をカルミナにぶつけた。
「私たちが争った所で、得することなんて何もないよ。私も、もうキミとは戦いたくない」
「なんだと……?」
カルミナは構えを解き、いつもの明るい笑みを浮かべて片手を差し出した。
「だからさ、仲直りの握手しよう! ねっ?」
特に他意はない、カルミナの嘘偽りない想いだった。だが、マーリルにその想いが真っ直ぐに届くことはなかった。
「…………何を企んでいる?」
「……え?」
「そうやってオレをたぶらかそうとしたってそうはいかない。そんな単純な罠にオレは引っかかったりしない!」
決して認めようとしない、頑な心を表すかのようにマーリルは、必死に首を横に振りながらカルミナに殺意を向けた。どういう意味かわからず、カルミナは困惑の表情を浮かべた。
「え? 私があなたを騙す? どういうこと?」
「そうやって優しくすれば、オレがホイホイ従うと思ったんだろう!? 馬鹿にするな! オレはそんな甘い男じゃねえ!」
「ちょ、ちょっと待って! どんなひねくれた考えしたらそんな捉え方になるんですかあ!?」
「黙れ!! 今この場で決着をつける方法は一つ! どちらかが死ぬまで殺し合うことだ!!」
マーリルはそう叫びながら、地面を思い切り蹴る。あっという間に姿が見えなくなった。構えを解いていたカルミナは、反応が少し遅れてしまう。つまりーー、
「ぐっ……!」
カルミナに重い衝撃が加わる。何とか腹への一撃を両手でガードすることができたが、ズザザザ、と勢いを殺しきれず後方に下がった。
マーリルは、どういうわけか殴った右手を振りながら不快感を顕にしていた。
「お前……一体何をした? ヌメッとしたものを殴った感じがしたぞ。実際、オレはお前の腹を砕くつもりで殴ったのに、腕すら折れてない。どういうことだ?」
「ああ……、まあこの服に加護がついてるからね。この服を作った地域で使われる呪いの一種。まあ、加護があったとしても痛いのは痛いけどね……」
「チッ……厄介な」
その話を聞いたマーリルは舌打ちをして、ふてくされたような態度をとる。うまくいかない時に他人に八つ当たりしているのと同じだ。
「……それより、どうしても戦うの?」
カルミナは再び真剣な顔でマーリルに尋ねた。マーリルはさらに怒りを募らせたのか、語気に怒りが爆発したような荒々しさを感じる。
「だからそうだって言ってるだろうが!! 何回も同じこと言わせるんじゃねえ!!」
「わ、私何か悪いことしましたかね? なぜそんなにお怒りでいらっしゃる……?」
「お前の何もかもが気に入らない」
「ぐはあっ!? 子どもに言われると傷つく……」
「子ども扱いするな、オレはもう13だ」
「えっ!? そうだったの!?」
「……殺す」
「ああ!? また怒らせてしまった!? ああ……」
「何してんの……」
マーリルを怒らせてしまい、本気で落ち込むカルミナ。そして二人のやり取りをアリシアは白い目で眺めていた。
マーリルは、ナイフを構えながらカルミナと対峙する。その目には、強い憎しみがこもっていた。
「災厄が言っていたが、オレより強い奴ってのはお前のことだろう? オレは自分が一番強くなくちゃ気が済まない。そして、オレより強いやつがいることは認めない。認めたら、オレは生きていけないからな」
「生きていけない……? どういう意味?」
「…………」
これ以上の会話はしたくないのか、マーリルは沈黙を貫いた。今までで一番強い殺気をこめてカルミナを睨み付けた。
「分かった。あなたの想いを踏みにじりたくはない。いいよ、やろう。ただし、あなたは好きにすればいいけど、私はあなたを殺さないで無力化する」
「ふん、好きにしなよ。やれるものならな……」
カルミナは改めて、戦闘モードに移行した。舞道の基本の構えを整える。
「アリシア! 今から私が舞道の様々なお手本を見せるから、アリシアもちゃんと見ててね」
「えっ!? う、うん……分かった」
カルミナからいきなりそんなことを言われ、アリシアは驚いて間の抜けた返事をした。カルミナのその行為が、さらにマーリルをイラつかせる。
「ずいぶん余裕だな? どこまでもオレを馬鹿にしやがって……」
「断言するわ。今のあなたに、私が負けることはない」
「面白い……! いいよ、オレも本気を見せてやる!!」
そうして、マーリルの額が鈍く光った。世界の敵が持つ文字の形をしたアザが、反応した。マーリルは、これから始まる戦いに歓喜を覚えたのか、ニヤリと口角をつり上げた。
そして……
「うらあああああああ!!!!」
マーリルは今日一番のスピードで、カルミナに向かうのだった。




