これからは自由に
アレイシアはアリシアに、自分のこれまでを逐一話した。話したところで何かが変わるわけでもない。自分は今でも間違っているとは思っていないし、目の前の「もう一人の自分」が考えを改めるとも思えない。それでも、彼女は全てを話した。独り言を呟くかのように。
「……あなたは、証を作りたかったの?」
全てを聞いたアリシアは、ボソリとアレイシアに告げる。アレイシアは虚ろな表情をアリシアに向け、軽く微笑む。
「……そうですね、そうかもしれません」
アレイシアは再び天井を向いた。ひとしきり話して疲れたのか、ホウと軽く一息つく。そうしている間にも、アレイシアの身体は徐々に白い光に変化していき、霧散していく。すでに彼女の両足はその過程を経てなくなっていた。
「私は……あなた方がうらやましかった。皆それぞれ生きる意味を持ち、死ぬ意味も持っている。そのために命を使い、時間を使う。私のように無為に浪費するのと違って、ね」
「竜さん……」
「結局、私が二度も負けた原因はそこにあったのでしょう。私は何もしなければ無限の時間を与えられていましたが、あなた方は何もしなくても時間が有限です。だからこそ、今を精一杯に過ごすことができる……どうすべきか真剣に考えることができる……そして、答えを見つけることができる」
乾いた笑いが響き渡る。気付けば、アレイシアの瞳からツーッと涙が流れていた。
「私は、ただ悩むだけで答えを見つけることができなかった。その悩みも、実に浅かった。浅いからこそ、世界再生などという単純思考に走ったんでしょうね」
「……そんな大層に考えなくていいんじゃない?」
「えっ……」
アリシアはアレイシアの側に三角座りし、涙で濡れている彼女の顔をのぞき込む。アレイシアは驚いたようにアリシアの顔を見上げた。すでに、アレイシアの下半身は光に変わっていた。
「あなたの言ったように、皆今を必死で生きている。だけど、あなたは今ではなく未来のことしか考えていない。あなたは、『今』よりも『未来』を信じすぎたのよ。あなたが致命傷を負わない限り命が脅かされる危険がなかったのもあると思うけど」
「今を、信じる……」
「だからアズバさんたちを信じることができず、予知などという不確かなものを信じてしまった。目の前に見えた確かなものを切り捨ててしまったのよ」
「……私は……知らなかった。誰かを信じる方法なんて」
「方法なんてないよ。信じてみたいという強い想いと、身を委ねる勇気さえあれば誰だってできる。まあ私も、つい最近までできてなかったけどね」
あはは、と今度はアリシアが自嘲気味に笑い声を上げた。それに対してアレイシアもフッと微笑む。
「そうですね……あなたも人を信じるのに時間がかかってましたね。あの娘のおかげで、克服できたようですけど」
「……うん、カルミナには、感謝してもしきれないくらい」
「私は……自ら切り捨ててしまいましたがね……はは」
再び上を見上げるアレイシア。時間が、刻々と迫っていた。すでに両腕は光に包まれている。
「私も……あなたみたいに……信じる勇気があれば、違った結果になっていたのでしょうか?」
「そうかも、しれないね。逆に言えば、私も一歩間違えたら第二のあなたになっていたかもしれない」
「でも、あなたは信じることができました。あの時から、あなたは私の呪縛から解き放たれていたのですね」
アレイシアの腕は消え、ついに上半身も光に覆われていく。
「……そろそろですね」
「竜さん……」
「何ですその顔は? あなたは自分の力で勝利をもぎ取ったのですよ? 今更情けは無用です。それに……これでようやく楽になれます」
「死にたかったの?」
「どうでしょう……でも、無意味な死だけはしたくなかった。何かを遺したかった想いは本物です」
上半身の光は消え、ついに彼女の顔だけになった。アレイシアは覚悟を決めたような顔つきになり、静かに目を閉じた。
「私の名は悪名として永久に語られるのでしょうが……それでも構わない。それが叶うだけで、私は幸せ者です」
「大丈夫、それは叶うよ」
「……あなたは、これで自由の身です。別に不死身の身体ではありませんし、私が消えたら覚醒の力はなくなるでしょう。あなたは普通の、一人の女の子として生きることができます」
「竜さん」
「私は……わりと楽しかったんですよ? あなたの生き様を眺めるのも、あなたと話すのも……あなたには辛い思い出しかないでしょうが」
「ううん、私も……あなたとの会話は悪くなかったよ」
アリシアは目に涙を浮かべながら、最後に輝かしい笑みをアレイシアに向ける。それを見たアレイシアは安心しきったように表情を楽にした。
「それを聞いて……実に喜ばしい……」
ついに、アレイシアの顔も白い光に包まれてしまう。そして――――
「――――幸せにね、私の娘」
その言葉を最後に、アレイシアは跡形もなく消え去った。アリシアはその光がなくなるまで、アレイシアがいた場所を見つめるのだった。
「さようなら、お母さん」




