アリシアVSアレイシア①
「なにっ!?」
アレイシアは驚愕で目を見開いた。なぜならば、自分の背後から、存在しないはずの人物がいたからだ。
「私の精神世界に……現れるとは……まだ生きていたのですね」
「あなたのじゃない、ここは私の場所よ」
アレイシアの目の前に立つ人物、アリシアは覚悟を決めた瞳でアレイシアを睨む。
双方とも、同じ顔に同じ背丈。瓜二つを通り越して、ドッペルゲンガーである。アリシアの姿をしたアレイシアは、煩わしそうにアリシアを睨み返した。
「何の用です? もうあなたの役目は終わりました。さっさと元の場所にお戻りなさい」
「聞こえなかった? ここは私の場所。この身体も、心も私のものよ。返して」
「あなたは私が作り出したもう一つの人格に過ぎません。反逆者どもの虚を突き、いざとなれば私の囮となってくれる、影武者なのです。さあ、さっさと消えなさい。さもなくば、地獄の苦しみを味わうことになりますよ」
アレイシアは指をコキコキと鳴らしながら、明確な脅迫をアリシアに告げる。しかし、アリシアは怯むどころか、さらに睨む力を強めた。そして、スッとおもむろに構えを作る。
それは、自分の想い人から教わった武術――――舞道の基本の構えであった。
「ふん、そんな遊戯でこの私を倒せると? もう、この世界にあなたの居場所などどこにもないというのに……」
「たとえそうだとしても、私は戻らなくちゃいけないの! 私を愛してると言ってくれた、あの人のもとに!!」
「無駄なことを!!!」
刹那、アレイシアの姿は消え、直後にアリシアの背後に現れた。アリシアは反射的にアレイシアの奇襲を腕で受ける。多少軽くなったが、それでもアレイシアの一撃はアリシアの精神体の核にまで響き渡った。アリシアは吹き飛ばれそうになったが、何とか両足に力を入れて踏みとどまった。
「くっ……!」
「ほらほらあ、次ですよお!!」
アレイシアはすかさずアリシアに拳打のラッシュを繰り出す。先ほどの一撃よりは軽いものの、休まず続く攻撃にアリシアは早速防戦を強いられる。
「さあ! どうするのです!? そんなことでこの私から奪い取れるとでも!? 私を滅ぼす以外、あなたが生き残る道はないのですよ!?」
アリシアに言葉をぶつけながら、アレイシアは攻撃の手を緩めない。
「どれほど威勢が良くても、実力が伴っていなければ何の意味もない! どれほど正しいことを叫んでも、それを叶えるだけの力が備わっていなければ別の正しさに潰されるのです!」
そして、アレイシアはアリシアの裏をかくように、側面から蹴りを入れた。アリシアの脇腹に直撃し、今度こそアリシアは吹き飛ばされる。
「ぐっ!?」
アリシアはすぐに態勢を立て直し、その場から離れる。離れた直後に、アレイシアが現れてついさっきまでアリシアがいたところに強力な一撃をお見舞いした。
「ほう……今の回避は中々ですね」
アリシアは脇腹を押さえながら、アレイシアと距離を置き、息を整える。一方のアレイシアはまだまだ余裕そうに鼻で笑った。
「その程度ですか? まだ出し惜しみしてるというなら、私に示してみなさい」
アレイシアは挑発するように、人差し指をクイクイ曲げた。アリシアは足に力を込め、飛びかかった。
「はあああああ!!!!!」
そして、アレイシアに向けて己の拳を以て返礼する。アレイシアは不敵な笑みを浮かべながら、その拳を躱すことなく受けた。続けてアリシアは、先ほどアレイシアが自分に行ったようにラッシュを休むことなく繰り出していく。それを、アレイシアは全て受け流した。
「軽い! 何と軽い!! もっと本気で打ち込んでみなさい!!」
アリシアはさらに力を込めてアレイシアに殴りかかるが、びくともしない。アレイシアはつまならそうにため息をつくと――――
「なるほど、もういいです」
アレイシアがそう呟いた瞬間、アリシアの腹に鋭い一撃が入る。あまりの衝撃に、アリシアの機能が一瞬全停止を起こした。
「がっ……」
倒れそうになるのを、すんでのところで踏みとどまる。だが、アレイシアの蹴りがアリシアの側頭部を捉えていた。防御する間もなく、直撃してしまい、先ほどのように吹き飛ばされてしまう。
「うう……」
頭の中をキーンと不快な音が鳴り響く。視界が激しく揺れ、吐き気すら覚える。
早く立ち上がらなければ。頭では分かっているのに、身体が言うことをきかない。幸い、アレイシアの追撃はなかった。悠々とこちらに歩み寄ってくる。
「話になりませんね……あなた、何しに私の所に来たのですか?」
いつの間にか、立ち上がれないアリシアをのぞき込むようにアレイシアが見下ろしていた。どこか憂いを帯びた表情をしながら――――
アレイシアはその場にしゃがみ込み、顔を近づける。
「気が済みましたか? そして理解しましたか? 私とあなたの間にどれだけの実力差があるか。ですが悲観することはありません。あなたどころか、他の誰も私に勝つことはできないのです。そう、外のあの者達もね」
そう言うと、真っ白な空間の一部が乱れ始め、映像に変わっていく。そこに映し出されたのは――――
「……カルミナ!」
必死の形相で何かをアレイシアの身体に突き立てているカルミナの姿が映し出された。激しい戦闘を行っているのか、傷だらけだ。
「なるほど、私の牙を使いましたか。あれの影響で精神世界に異常が現れたのですね。納得です」
アレイシアは合点のいったと言わんばかりのすっきりした表情になって映像を眺める。そして、穏やかな笑みを浮かべながら、アリシアの顔を撫でた。
「しかし長くは続かない。肝心のあなたは私に及ばない。直に効果は消え、あの者の命運も尽きるというものです」
アレイシアはアリシアを撫でていたその手を、アリシアの首にやる。「ぐっ」とアリシアから苦しそうな声が漏れた。
「あなたも早く楽になりなさい。ここまで頑張ってくれた褒美です。あの世でまた彼女に会わせてあげますよ。それならあなたも幸せでしょう?」
力を徐々に込めながら、アリシアの耳元で甘言をささやくアレイシア。さっきまでのとげとげしい物言いとはかけ離れた、子守歌を歌っている母親のような声だった。
「これ以上苦しむ必要はありません。あなたも、あの子も、何故勝てないと分かりながらなお抗うのでしょう? そんなにこの汚れた世界がいいのでしょうか? 私は死んでも嫌ですけどね。まあ、あなたたちと私とでは価値観が違うんでしょうけど」
アレイシアは得意げに一人で話を進めていく。アリシアは無言を貫き、抵抗する姿勢も見せない。アレイシアはそれを諦めと捉えたのか、さらに得意げな表情になる。
「結局、意思を通したいのならば実力行使しかない。強い者が願いを叶え、弱い者は夢を見ることすら許されない。今の世界では、これが限界なのです。私は、こんな汚い世界は我慢ならない。だからこそ、世界の浄化が必須なのです。私と意識を共有していたあなたならば、私の言いたいことが分かるでしょう?」
アレイシアにとって、この世界は到底認められないもの。そのために、取り返しの付かないところまで計画を進めてきたのだ。引き返しなど、許されるはずがない。
すると――――
「そうね……あなたの言う通りかもしれない」
突然、無言を貫いていたアリシアがぼそりと声を漏らした。




