一筋の光
【????】
誰かが……私を呼んでいる……
私は、一体何を……そもそも、私は誰だっけ……? 思い出せない……
周囲は真っ黒な闇の世界。ここはどこだろう? 私は、ここで何をしていたんだろう? どうやって、ここにやって来たんだろう?
いくら考えても、何も出てこない――――
……いや、違う。確かに、何かがあった。私には、とても大事な使命があった……! 必死で思い出そうとするが、寸前で何かに引っかかって出てこない。何ともどかしいことか。
とりあえず、私を呼ぶ声の方に行ってみよう。何かわかるかもしれない。私は、何も見えない世界で、声を頼りに進む。正直、進んでいるのかどうか、暗闇なのでわからないが――――
しかし、進むたびにその声が大きくなっていることに気付き、ひとまずこの方向で間違いはないことは理解した。進みながらも、自分が何者なのかをひたすら考え続ける。しかし、やはりもう少しという所で引っかかって思い出せない。とても、もどかしい。
「私は……誰? この声は……何?」
なぜか聞き覚えがある。毎日毎日この声を聞いていたような気がする。誰の声なのかわからないけど、不思議と心癒される、高く透き通った綺麗な声だ。いつまでも聞いていたくなる、そんな優しい声。
「――――! ――――!!」
何と言っているのかわからない。だけど、私を呼んでいることだけは確信できる。特に根拠とかはないけれど……それだけは自信を持って言える。
じゃあ誰が? 何のために? どこから呼んでいる?
いくら疑問に思っても、誰も答えてはくれない。ここには私一人しかいないのだから――――
…………ん? 待って? どうして今、ここにいるのが私一人だけだってわかった? こんな真っ暗闇の世界、私以外に誰かいるかもしれない。にもかかわらず、さっき私は自分で断定した。ここには私以外に誰もいないということを――――
「――――ァ! アリ――――ァ!!」
だんだんと、私を呼ぶ声がはっきりしていく。私の名前で呼んでいるらしい。「アリア」と聞こえたが、それが私の名前?
いや、何か違う気がする……何かしっくりこない。うーん……もう少しだと思うんだけど――――
名前がわかったら、私は全てを思い出せるのだろうか? 思い出したとして、私にできることなどあるのだろうか? この暗闇が晴れるとでもいうのだろうか?
不意に、私の胸にズキンと痛みが走った。思わず手で押さえる。ヌメッとした気持ち悪い感触。慌てて手を離し、確かめた。暗闇の世界に、私の身体はなぜかはっきりと見えた。
胸を押さえていた私の手には、赤々とした私の血がべっとりとついていた。瞬間、胸の痛みが悪化し、私は咳き込みながらその場に崩れてしまった。どうやら、頭より先に身体が思い出したらしい。
あの時の光景が、脳内でフラッシュバックされる。ノイズの走っていた映像が、クリアになっていく。
「そうだ、そうだった……私は、誰かに胸を突き刺されて――――」
――――死んだ、ということか。その割には思考がはっきりしている。五感にも異常はないようだし(視覚は真っ暗闇なので見えないが)、本当に死んだのだろうか? しかし、そうでなかったら、この胸に文字通りぽっかり空いた穴をどう説明する? まさかこんな状態で生きているなどありえない。
まさか私、おとぎ話に出てくるアンデッドになったんじゃ……いやいや、それにしてもやっぱり意識がはっきりし過ぎている……と思う。
ひとまず、この件は保留だ。そんなことより――――
「声……だんだん大きくなってる」
出口があるのかどうかわからない世界を、声を頼りになお進む。声は、聞こえたり、聞こえなかったりとまちまちだ。声がピタリと止んで何の音もしなくなった時は、「幻聴かな?」とも思ったが、その思うたびにまた聞こえてくるのだ。
その声が、さらにはっきりと聞こえるようになる。にもかかわらず、私の名前らしきものがいまだ途切れ途切れだ。どこかで私を呼んでいる人がいるのはわかったが、名前はやっぱりわからないまま。うーん、イライラする。
「ひとまずこっちで合ってる……ってことだよね?」
誰が答えてくれるわけでもないが、何となく独り言を呟いてみる。そろそろ寂しくなってきた。こんな時、いつも隣には――――誰がいたっけ?
「そうだ、私の隣にいつも誰かがいた……とても、とても大切な人……だったと思うけど……思い出せない」
もどかしい。イライラする。大切なこと、大切な人だってわかっているのに思い出せないなんて……。私、かなり薄情なんだな。
これじゃいけない。大切だってわかっているのなら、何としても思い出さないと。一つずつ、一つずつ。
「えーと、私にとってその人は……大切な人」
「いつも私を第一に考えて、守ってくれた」
「かっこよくて、優しくて、ちょっと変態で……でも強かった」
「私がどんな人だろうと関係ないって言ってくれた。私を最後まで信じるって言ってくれた」
「私を……愛してる、って言ってくれた」
お日さまのような笑顔を見せてくれて、気高さすら感じる高く透き通った声。燃えるような赤い瞳に、黄金にきらめく長い髪。
「その人の……その人の名前……」
名前、名前、名前……あと少し、もう少し……!
「アリ――――ア!! アリ――――ア!!」
私の名前は……ア、リ……
――――ねぇ、あなたの名前は? 私? 私はね――――
「……カルミナ」
そう、あの人の名前はカルミナ、カルミナだ。そうだ、そうだった。どうして忘れていたのか? 私の、愛しの人の名を!!!
「カルミナ、カルミナ、カルミナッ!!」
呼んでいる、私を。暗闇の外から、私を呼んでいるんだ! 行かなきゃ、行って、まだ伝えてないことがあるんだ!
――――あなたの名前は?
「私の名前は……」
――――アリ……ア!! アリ……シア……!!!――――
「私の名前は!!!」
「「アリシア!!」」
その瞬間、目の前の暗闇がひび割れ、そこから差し込んだ光が、私を包み込んでいった――――




