神の愛
「ふふふ、それじゃあ! お覚悟!!」
アレイシア神は高らかに笑いながら、その凶手を動けないカグヤに振りかざす。カグヤが死を悟った瞬間――――
「させませんよ!」
間一髪でリンベルがアレイシア神の攻撃を受け止める。そして――――
「火の精霊よ、我に力を!」
リンベルがそう唱えると、彼の指先から小さな炎が生まれる。それは徐々に大きくなり、炎の弾丸へと姿を変えた。
「ちっ!」
アレイシア神が危険を察知し、その場から離れようとする。
「逃がさない! 爆ぜろ、火球!!!」
次の瞬間、凄まじい爆発がアレイシア神とリンベルを飲み込んだ。ハルカは咄嗟にカグヤに覆いかぶさり、カグヤを衝撃から守る。耳をつんざく爆発音が、地平の向こうにまで響き渡った。
やがて、爆煙から姿を現したのは――――
「ふぅ、さすがに危なかったですね。力を取り戻していたらどうってことないのですが……しかし」
軽傷のアレイシア神と、息を荒げながら膝をついているリンベルだった。アレイシア神はパンパンと埃を煙たそうに払う。
「くっ……うまくいったと思ったんだけどなぁ……」
リンベルは悔しそうに歯噛みしながら、いまだピンピンしているアレイシア神を見つめる。そんなリンベルの姿を見て、アレイシア神は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「フフッ、あなたは昔から見かけによらず脳筋気質なところがありましたからね。まあ、あれくらいの威力程度ならば避ける必要もありませんでしたが」
「……なぜ、アズバを殺したのですか?」
リンベルは声を震わせながら、アレイシア神に尋ねる。彼女はフン、と呆れたように鼻息を鳴らしながら――――
「愚問ですね、私に逆らったからです。そうでなかったとしても、今ある世界はどうせ滅ぼす予定なのですから、遅かれ早かれというやつです」
「……僕たちはあなたを愛していた」
「でしょうね、しかしいずれ裏切る」
「あなたが先に僕たちを裏切ったんじゃないか! 突然理由も告げずに世界を滅ぼすと宣言して! 世界を地獄に塗り替えて! どうして!? あのまま平和な時を過ごしていれば、こんなことにはならなかった!」
「いいえ、私は予知夢を見たのです。あなた方がいずれ私の元を離れ、私を蔑ろにする未来が! そして私を疎ましく思うようになり、私が油断している隙にあなた方は私を殺した!」
「愛していたあなたに対し、我々がそんな馬鹿げたことをするはずがないでしょう!?」
「いいえ、いいえ! するに決まっています! 私の予知夢は絶対なのです……あなた方が知恵をつけていくたびに、あなた方の心に私を邪魔くさく思う感情が芽生えていたのでしょう!? 最初は嬉しかった……子どもたちが成長し、自分で様々なことが出来るようになっていくのを見るのが……! しかし、あなた方の成長速度は私の理解の範疇を超えていた……! このままでは、いずれ私の領域にまで達する恐れがあったのですよ!」
その言葉を聞いて、リンベルは青ざめる。
まさか、まさかあなたは――――
リンベルの予想を言い当てるかのように、アレイシア神は鋭い目線でリンベルを睨み付けた。
「神は私以外にいらない。私の言うことを聞けない不孝者に、生きる価値はないでしょう?」
さも当然だと言った口で、あまりにも恐ろしい言葉を言い放った。それはまさしく、自分勝手な独裁者の発言。リンベルだけでなく、近くで聞いていたカグヤやハルカも信じられないといった表情でアレイシア神の話を聞いていた。
「そんな……そんなのって、あなた様は……自分の気に入った者しかいらないと? いらなくなったら、紙くずのように拙らを捨てるとおっしゃるのですか?」
「ええ、その通りです。それが神への忠というものでしょう? 何を不思議そうな顔をしているのです? 私はあなた方を創り、この世界を創った。そもそもの話、あなた方の身体も、心も、あなた方の物ではないのです。そこが傲慢だと言っているのです」
そう言うと、アレイシア神は高らかに天を指差した。そして、呆けているカルミナたちを見渡して地母神のような優しい笑みを浮かべた。
「この世界も、あなた方も、全て私の物。誤解しないでほしいのは、あなた方が変わらず私に従順な子どもたちであり続けていたら、私は無限の愛を与え続けていました。しかし、今となってはそれももう叶わない――――」
アレイシア神は今度は実に寂しそうな、悲しそうな表情になって暗い影を落とす。
「ゆえに世界ごとリセットし、もう一度最初から始めることにしたのです。今度は、私の愛を受けるに足り得る存在を育てるために――――」
アレイシア神にとって、子どもたちの自立は自分への敵対に等しい。普通の親は、その自立を喜び、子どもたちを旅立たせる。子どもたちは自らの意思で進む道を決め、やがて今度は自分たちが親になる――――それこそが、生命のサイクルである。
しかし、通常とは違い、無限の時を生き、永遠に子どもを守ることが出来るアレイシア神には、自分の手から子どもたちが離れていくのがどうしても耐えられない。ゆえに、彼女は求めるのだ。自分に永久的に甘える存在――――死を求めたら、喜んで遂行するくらいの忠誠を示してくれる存在が――――
しかし、生命として機能している以上、自ら命を投げ出すようなことをするはずもなく――――
アレイシア神には、生命のサイクルシステムが、根本的に理解できないのである。決して相容れることのない異なる二つの価値観。これが、神と人々との間に不和が生じた原因なのである。
「さぁ、わかったら早く私を受け入れなさい、そして捧げるのです。あなた方の身も、心も!」
アレイシア神が慈悲深い表情を浮かべながら、ゆっくりと手を差し伸べる。しかし、だれもそれを取ろうとする者はいなかった。
「やはり……あなた方には反逆の意思があったのですね……まあ、無ければあの時私を殺したりはしませんか」
アレイシア神は指を鳴らし、再び戦闘態勢に入った。それを見たリンベルたちも、冷や汗をかきながら構えた。
「では当初の予定通り、滅ぼすことにいたしましょう。覚悟してくださいね?」
そう言ってアレイシア神が地面を離れようとした瞬間――――
「ねえ」
それまで、沈黙を貫いていたカルミナが、アレイシア神に声をかけた。アレイシア神は訝しげな視線をカルミナに送る。
「……何です?」
すると、カルミナは一拍おいた後、こう切り出した。
「あなたは、どうしてそんなに恐れているの?」




