12 転校生の私服
俺は思いついた行先の候補を沙月に伝えた。
そしたらメッセージではなくて、電話がかかってきた。おそらくだけど、それだけ驚いたということだろう。
「もしもし、俺だ。どうかしたか?」
『想像よりもはるかに遠くてびっくりしたよ。私のイメージだと自転車で行ける範囲のつもりだったからさ』
やっぱり。そういう反応だと思った。
『軽く距離を測ってみたけど、直線距離でも八十キロぐらい離れてるんじゃない? まさかいきなり袿町から県庁所在地に飛ぶとは思ってなかった』
そう、俺は休みの日に、沙月を連れていく場所として、県庁所在地の都市を指定した。
距離に関しては、沙月の言うように、相当離れている。
『こんなの、行くだけで一日終わったりしないかな……?』
「その懸念なら何も問題ないぞ。袿町から意外と近い。そこは保証する」
『だって鉄道だと乗り継いで二時間以上かかるって出るよ』
うん、鉄道だとそうなるな。しかも本数も無茶苦茶少ない。
「それがな、特急バスを使うと、一時間十分で着くんだ」
『バス?』と、沙月が聞き返してきた。おそらく、沙月にはその選択肢は発想としてなかったのだろう。
袿町は割合近くを高速道路が走っている。それを通る特急バスは一気に県庁所在地まで運んでくれるというわけだ。
「ただ、往復をバスにすると、二千円以上かかるから……ものすごく金欠ってことなら、やめといたほうがいいけどな」
『あ~、そっちのほうなら大丈夫だから』
よし、ひとまず目的地は定まった。
『ところで、プランニングも大智に任せていいの?』
なんで、そこで心配そうな声で聞かれるのかよくわからない。
『ほら、袿町と比べたら、すごく離れてるから、全然土地勘なかったりしない? 私も調べておくけど』
それも都会の感覚だな。距離だけで見たら、他県に行くようなものだから無理もないと思うが。
「それも問題ない。このへんで都会っていうと、そこしかないんだ。だから、小さい頃から何度も行ってる」
『なるほどね。大智の中での東京みたいなもんなんだね』
「あっ、東京に勝てるとは一ミリも思ってないからな……。それは比較するまでもないから……」
下手をすると、東京の区の一つの人口のほうが、この県全体の人口より多い可能性もある。人の数がとんでもなく違う。
『別にいいよ。私もスカイツリー登ったことないし。東京タワーは小さい時に行ったことあるらしいけど』
「スカイツリーか……。あれ、上に上がる料金がとてつもなく高くて断念した記憶があるわ」
『あっ、大智、東京に行ったことはあるんだ。あっちに親戚住んでたんだよね』
「スカイツリーは中学の修学旅行で行ったんだけどな。だから、実はうちの高校の奴、大半は東京に行ったことだけはある」
いや、こんな話、どうでもいいな……。
なぜだか、沙月と話すと、長話になりがちだ。理由はわかる。沙月の経験と俺の経験が違いすぎるから、話の引き出しが多くなるのだ。
俺が悪友の大島と話しても、今更意外性のあることをしゃべれないからな。それは芹香でも同じだ。今になって伝えないといけないことなんて何もない。
『それじゃ、詳しい集合時間はあとで教えて! 当日はオシャレもしなきゃ!』
元気な声で、沙月の通話は切れた。
「東京の人間ってもっとクールっていうか冷めてるイメージだったけど、偏見だったな」
俺は通話が切れたスマホを持って、独白した。
沙月はクラスの女子の中でも一番明るいかもしれない。
よし、東京からのお姫様が失望しない程度には、計画を練るとしよう。
それが転校生担当係の仕事だ。
休日は幸い、からっと晴れてくれた。
もっとも、これが一日続くかはわからん。たまににわか雨があるかもと天気予報も言っていた。これは地方の内陸あるあるで、近くの山にぶつかった雲が雨をざっと降らすってことはよくあるのだ。
俺は少し早めに目的地の袿駅にやってきた。バスが駅前のロータリーから出るからだ。バスに乗るために鉄道の駅に来るというのも、よく考えたら皮肉な話だよな。
早めに来たのは知り合いの目がないか確認するためだった。
県庁所在地にまで行ってしまえば、さすがに知り合いに会うリスクは大幅に減ると思うが、そこまでは危うい。最悪の場合、同じバスに乗られる危険もなくはなかった。
どうやら誰もいないようだ。列車利用の奴もいないらしい。俺は問題ないとメッセージを沙月に送った。
しばらくすると、駅前の駐輪場のほうから、沙月の声が聞こえた。
「お待たせ、大智」
沙月のほうを振り向いて、俺は目を見開いた。
いつもの制服と違うかったせいだ。
紺色の袖の広がったシャツ、その下に白いロングスカート。
色合いがシンプルだからか、やけに清楚で、それと、大人に見える。大学生ですと言っても通用するだろう。
靴も涼しげなサンダルで、足の爪が見えた。サンダルといっても、ビーチサンダルみたいな派手なのじゃなくて、編み込んだようになってるところに足を入れるようなタイプのものだ。
そこに茶色の小さいバッグがアクセントみたいになっている。
「ん? どうしたの、大智、ぼうっとしちゃって」
沙月が目をぱちぱちさせた。
「いや……悪い。都会人は私服もかっこいいな……」
「そんなことないよ。普通でしょ。そんな高い服じゃないし、このシャツもスカートもファストファッションのやつだし」
その様子からして、沙月はマジでなんとも思ってないようだ。
「……レベルが違うな。一種の異世界チートか」
今、この駅前でぶっちぎりで沙月が輝いて見える。




