10 連絡先交換
駅前を探索するも何もあったものじゃないので、沙月は駅のホームに上がった。
言うまでもなく無人駅で改札もないので、入り放題だ。ていうか、入るという概念がいまいち当てはまらない。
地面から数段の階段を昇ったら、もうホームの上だからな。
「ほんとだ。あんまり草が生えてないから廃線じゃないっぽい」
「うん、現役なんだよ。一日七人が使ってるぐらいだからな」
「その七人って何者なの……? 想像したら怖くなってきちゃった」
なぜか、沙月は自分の両肩を抱えるように押さえた。
「私、ホラーは苦手なんだよね……」
「ホラーの要素なんてとくにないだろ!」
「だって、この駅をいちいち使う理由が想像できないもん……。何かいわくがありそうだよ……」
声がふるえているので、沙月本人は本当に怖いらしい。
「ぶっちゃけて言えば、このへんに住んでる学生が使うんだと思う。さっき、沙月は下りの時刻表しか見てなかったと思うけど、上りの時刻だと、ちゃんと俺たちの高校に間に合うようにできてる」
「なるほどな~。だけど、一日六本しかない路線で、定期券代払うの、納得いかない気もする」
「言いたいことはわかる」
十分待てば次の電車が来る路線の定期代よりは安くしてほしいよな。
ちなみにこの駅を発車する列車までまだ四十分ほどある。仮にその列車を使う人間がいたとしても、四十分前に来ることはないから、近くには誰もいない。
そのあたりも検討したうえでこの駅に来ることにした。
これが町の中心部にある袿駅だと、列車本数は同じでも、かろうじて駅の近くに店があったりするし、そこから乗って帰る学生がいたりするので、人の数がそこそこある。
とてもじゃないが、沙月を連れてはいけなかった。
また、沙月はぼうっと線路のずっと先を眺めていた。
川の時もそうだったが、沙月は寝ぼけたみたいに、立ち尽くすことがある。
ベタな表現かもしれないが、ミステリアスな雰囲気があると思った。
いったい、何を考えてるかちっとも想像がつかない。俺も、同じ高校の生徒たちも、ここでぼうっと時間を過ごしたことはないだろう。
「こんながらんどうみたいなところがあるんだ」
ぼそっと、沙月はつぶやいた。
あきれてるようでもあり、感動してるようでもあった。
「理論上はこの路線も東京までつながってるんだね。東京駅でこの駅までの切符を買えるわけだよね」
「そうなるな。買う奴、ほぼいなそうだけど」
やがて、沙月はホームの端からこっちのほうに戻ってきた。
探検しようにも何もないからな。ぼうっとするぐらいしかできないと思う。
あと、何かあるとしたら、待合室ぐらいだ。
がらがらと引き戸を開いて、沙月は待合室の椅子に座った。
「一日に七人しか使わないのに、座布団が二枚あるよ。なんか、ウケる~♪」
「別にいいだろ。席が埋まることだってたまにはあるんだよ。案外、利用者のマイ座布団なのかもしれん」
「じゃあさ、二席埋めちゃおうか。大智はこっち座って」
空いてるほうの座布団をぱんぱんと沙月は叩いた。
あえて座らない理由も思いつかなかったので、俺はその座布団に腰を下ろす。
それから、まずいことに気付いた。
すごく、沙月との距離が近い。
なんで事前にわからなかったのか。箱みたいな待合室の二つの席だ。二人入れば、すでにまあまあ圧迫感がある。
そこに並んで座るから、なんか、沙月の体温までわかってしまいそうだ……。
「あ~、いいかも。自分の部屋みたいな感じがある。駅の待合室って感じはないや」
沙月は両足を伸ばして、バタ足みたいにゆっくり上下させた。ずいぶんリラックスしているらしい。
少し、沙月の肩が当たった。
やっぱり近い!
「でも、自分の部屋がこんな空間にされたら、親に怒るだろ」
「そこはたとえみたいなものだよ。大目に見てよ」
沙月はこっちを見て、笑った。
同じ教室の隣の席よりも近い距離。
顔が赤くなりそうだから、余計なことを考えるなと自分を戒める。
まずい。
そんなことになったら沙月に気があると思われる。そしたら、沙月は俺を誘いづらくなるだろう。なんだ、下心があって声をかけてきたのかと失望するかもしれない。
不本意だ、それは。
そんなことになったら、また沙月が一人になる。
そりゃ、恋愛感情は自然と起こるものだから、俺が本当に沙月のことを好きなんだったら、しょうがない。告白して、玉砕してしまうほうがいい。
でも、今の俺はそうじゃない。単純に、沙月という女子と距離が近すぎて、それで余計な意識をしてしまってるだけだ。
「人が全然いない駅って、不思議だな。東京だとあまりなかったから」
「だろうな。沙月の使う駅だけで一日二万人以上、利用されてるもんな」
二万人ってどれぐらいの数なんだ? それはそれでイメージしづらい。
おそらくだが、この県の県庁所在地の一番デカい駅でも二万人も使ってないんじゃないか……?
「というわけで、田舎のとてつもなさを味わってもらおうと、ここに案内したんだけど、どうだった?」
会話が続かないと気まずくなるので、そう沙月に尋ねた。
「思ってたより、ずっとよかった。こんな田んぼの先に駅があるって考えなかったし、夢の中みたいな感じ」
「問題はこれが田舎の現実ってことなんだよなあ……」
本当にいつか鉄道が廃止されるのではないかと怖くなってくる。
ここにあまり長居はしないほうがいいよな。
なんていうか、ここに男女が放り込まれて長時間一緒にいたら、そんな気はなくても相手のことを好きだと勘違いしそうになると思う。
それは沙月に迷惑になるんじゃないか。
俺はゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ行くか。やることもないし」
「ああ、うん……」
沙月もうなずいた。
「もっと、こうしててもよかったけどね」
小さい声で上手く聞き取れなかった。
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
沙月は座ったまま、首を横に振った。
「じゃあさ、帰る前に一つお願いがあるんだけど」
お願い……? こんなところで……?
沙月は座ったままなんで、どうしても視線が上目づかいになる。
そのせいで、いつも以上にかわいく見える……。
いや、だから、余計なことを考えるな……。
沙月はスマホを取り出した。
「連絡先交換しよ。昨日し忘れてたし」
「ああ……なるほどな」
たしかに今後、直接会って話をするしかないというのは、何かと不便だ。
俺のLINEに沙月の名前が入った。
その夜、沙月からメッセージが届いた。
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またどこか連れていってね、転校生担当係さん
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俺は短く、こう返した。
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了解した
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深夜にもう一度更新できればと思います!




