068.戦い
本日62~70部分を投稿します。
苦戦していた。
即時撤退の判断を下せなかったことで、その場で抗戦となった。威力偵察を選択したと言えなくもない。
99階には今のところ出現していないようで、この異常は100階に限るのか、それとも、撤退するとさらに踏み込んでくるのか。まだわからない。
「強い、というよりは手ごたえがおかしいぜ。気持ちわりい!」
「不自然に! ダメージが! 出ないわね!」
「モモの鬼殺しは通ってるデース! 魔弾はまるで効いてないデース!」
敵の軍勢は個体それぞれがこちらのスキルで強化されたトップ探索者に対抗できるほどの能力があった。
正確には、見た目や経験から読み取れる強さが実際の手ごたえと一致しない。
たしかに、100階の牛頭の軍勢と互角かそれ以上の能力はありそうだ。
しかし手ごたえからくる耐久性、攻撃力、どちらも齟齬がある。
これで倒せると思った攻撃で倒しきれない。
無傷で受けられると思った攻撃を受けて想像以上の衝撃を受ける。
そんな気持ち悪い違和感。
「『分析』終わりました。やはりスキルによる強化を無視しているようです」
「モモのは?」
「仕組みが違うようです。特効付与は無視できないといったところでしょうか」
「よくわかんねえが、素で殴った分しか効果がねえってことか?」
「そんな感じですね」
『観察』スキルからの『分析』スキルで敵を調べていたリンゴの報告は、先に立てた仮説を補強した。
あるいは魅了もこの特性によるものか。
「よくわかんねーデスケド、銃撃効かないのでOKデスか?」
「そうですね。殴るか魔法でも使ってください」
「ぐえーデース!?」
銃弾を強化するガンナーのスキルが無意味と聞いて、シトラスが悲鳴を上げる。
「こういう形でのスキル対策もあるのか」
「ゲームであれば前例がありますね」
スキルを無効化された黄昏の世界。
効果そのものは無効化されていないが、ダメージ計算時無視されるとでも言うべき今回の敵の能力。
気持ち悪い手ごたえはこの普通でない仕様によるものらしい。
モモの鬼殺しによる効果や、カリンの気功波が効いていないわけではないことから、スキルそのものが無視されているわけではないようで、つまり強化系スキルのみを無視するものらしい。
こちらの強みが抑えられ、非常に厳しい状況だ。
特にリュウイチにとっては強化スキル重ね掛けによる能力の高さが命綱だったわけだが、これでは役に立たない。
そして同様に、スキルポイントマシマシで、経験を積まず能力だけあげたような促成栽培の探索者ではリュウイチ同様手も足も出ないだろう。
そもそも、素で100階の敵と互角以上なのだ。
仮にこのモンスターたちがダンジョンからあふれたとしたら、対抗しきれない。
その認識が撤退をためらわせる。
ここでなんとかしないとまずい。
しかし、苦戦している。
リュウイチは足を引っ張っている自覚があった。
しかしいないよりはまし程度には働いている。
支援役や後衛火力役への攻撃を体で止める肉壁が一枚居るだけでも。
また回復スキルなども副産物として取得している。不利な状況で予備の回復役として動けるのは貴重ではあった。皆同じことができるという点は置いておく。
増援は難しい。
ボス部屋は交戦中入れないという特性がある。
99階組が加勢できないのはそのためだ。
いよいよとなれば『帰還』で撤退するしかなくなるが、なまじ耐えられているため、やはりその手は選ばれない。
しかしじりじりと追い込まれている。
何らかの突破口が必要だった。
モモが大暴れしているがそれだけではたりない。
『やってみるわ』
『本気ですか。やめてください。思い付きじゃないですか』
『もどる方法も見つかってるんだ。大丈夫だって』
『ああもう。その勢いで行動するところだけはもうちょっとですねえ』
『あとはよろしく』
『不吉なことを――』
リュウイチは秘密のポケットから取り出して口にした。
「リュウイチさん、何を――」
認識が書き換わる。
同時に体が軽く、強く。
なるほど、執着がなくなるというのはこういう気分か。
しかし行動目的が失われるわけではない。
敵の軍勢を倒す。それは難しくはない、気がする。
全能感。なんだかとっても、なんでもできそうな。
でも少し酔っ払ったかもしれない。少量で酔えるとは便利なものだ。
口にしたのは神の酒。
肉体を最高の状態にする。その意味を、極めて都合よく解釈した場合、こうなる可能性がわずかにあると思っていた。
リュウイチ、サポーターレベル4016が現れた。
リュウイチは酒とは逆の手に持っていた桃をかじった。あまかった。
戦場が見える。
皆のレベルは100程度。
敵もそのくらいの強さとして。
サポーターの能力が専門職の半分くらいだとしても。
レベル4016もあれば、その能力は単純計算で20倍ということになる。
「ちょっと突っ込んでくる」
「リュウちゃん!?」
レベルを上げて物理で殴る。
多くのゲームで大正義のそれを、今リュウイチが体現した。
体当たりで軍勢の前線を吹き飛ばし、当たるを幸いに手足を振り回す。
多少の手ほどきは受けた。
以前の子どもの喧嘩と比べると効率的に動くことができる。
リュウイチに稲妻が落ちる。
痛くない。
魔法を返す。手ごたえがない。よけたか。
どうせ周りは敵だらけ。
リュウイチは魔法を撃っては近くを殴り、魔法を撃っては蹴り飛ばした。
何十何百という数を蹴散らした。
「あ、やっぱだめだわ」
20倍というのは大きな違いだが、スキルによる多重強化、6人分と比べるとそんなでもなかった。パーティ強化、自身強化、一時的支援スキルの重ねがけは20倍を超える。
見渡す限りの敵軍勢という状況を覆せるほどの差ではなかったということ。
はじめは勢いで暴れていたが、スキルが無効化されていない100階の軍勢のときも手を焼いていたわけであり。
仮に一騎当千だとしても一騎当千の力の使い方ができなければ個人でしかない。
リュウイチは、軍勢に飲み込まれそうになって慌てて後退した。
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