065.モモ
本日62~70部分を投稿します。
「ここの食べ物を食べると、地球が帰るべき場所だって認識できなくなるのよ。他にもいろいろ効果はあるようだけど、だから『帰還』できなかったわけ」
「認識に干渉してくるのか」
ピーチガールズが帰ってこなかった理由。
それは『帰還』の無力化によるものだった。
そしてその方法がなかなかにえげつない。
認識を操作できるというのは術中にはまれば対抗しようがない。
先の魅了もその一部だったのだろう。魅了、食事による補強、そうしてこの世界に適応させる。あるいは洗脳するといってもいいか。
「しかしモモ、おめえさんはあんまり影響ねえように見えるが? いや、いつもより元気がないか」
「ええ。感情の振れ幅が抑制されているんじゃないかって。みんなの笑顔も減ったしね」
「モモは元がやたらハイテンションだからこれくらいですんでるってわけか」
「そうね」
普段なら「って誰がやたらハイテンションよ!」とノリツッコミしそうなところだったが、やはりモモも影響下にあるようだ。
「ほかの効果というと?」
「不老不死」
「は?」
「いや、だから不老不死。北欧神話わかる?」
モモによると。
北欧神話におけるヴァルキリーとエインヘリヤルの関係が近いのではないか、と。これはピーチガールズの中で話し合った結果の説らしいが。
エインヘリヤルとは、人間の勇者が戦乙女とも呼ばれる神の眷属ヴァルキリーに見定められた結果、死後の世界で永遠に戦いと宴会を繰り返す存在になるという戦士のことだという。
死後の世界では戦いで死んでも生き返って宴会に参加し、また戦いに赴くことができる。
リュウイチとしてはぞっとしない話だが、戦士であること、戦うことが尊いことだという価値観であればそのような存在になることは幸福なことかもしれない。
そして現状とそれは合致する部分も多い。
宴会の酒と料理によって最高の状態を維持し、死んでもこの領域で復活するらしい。
神の酒だけを見ても、歳をとったものが口にすれば最盛期まで若返るのだろう。怪我や病気も消えてしまうのではないか。口にし続ければ確かに不老不死になるのだろう。
きれいなお姉ちゃんにお世話してもらい、不老不死となって。
しかし死ぬような目に遭っているということでもある。
「何かと戦っているのか?」
「ダンジョンよ」
「ダンジョン?」
「ここから先もいろんなダンジョンへの入り口があるの。多分地球にあるものとは違うわね。チュートリアルクリアってあったでしょ」
「ここからが本番ってわけか」
「何度死んでもまた挑戦できる。死に覚えゲーってやつね。レベル1スキルなし持ち込み禁止からスタートするやつとか。罠だらけのやつとか。物理法則がおかしいやつとかね。バリエーションも豊富よ」
まるでゲームのようだ、とは何度も思ってきたが、今回はとりわけその印象が強い。
SFなどで主人公がゲームなどの創作物の登場人物であると自覚する話があるが、今のリュウイチはその主人公と同じ気持ちなのかもしれない。
「いやまあそれはいいか」
リュウイチはそんな物語の主人公たちのように葛藤することをやめた。
もともと、世界は創造主によって作られたものである、という世界観で生きている人たちは現代でも存在するのだ。
もちろん宇宙がビッグバンから生まれたと信じる人たちもいる。
どちらも同時に存在してもいい。こっちが正しいと他の認識を攻撃するようでは迷惑だが、現代はそれが主流の時代でもない。併存可能な概念なのだ。
この世界が超越存在のゲームのひとつだったとして、今リュウイチがやりたいことに関係はない。
気分よく帰ってうまい飯を食って気持ちよく寝る。
そういうことが、リュウイチの幸せだった。
世界の成り立ちなんぞ学者に任せておけばいいのである。
「にしても、こうして今見逃されてるのはどういうことだろうかね。だまし討ちのような真似をして取り込もうって割には、下手な演技を見逃してたのもおかしな話だ」
「油断しているか、どちらでもいいと考えているか、あるいは試練の一環なのかもしれませんね」
そもそも神社で質問した時点で、こちらの意図は伝わっていると考えるべきだ。
とすれば現状はあえて目こぼしを受けている状況なのかもしれない。
いつまで続くかわからない。詳しい話はあとにして、状況を進めてしまうべきか。
「モモ、干渉を受けている君は、どう思ってる? 帰りたいか?」
「帰りたいとは思えなくなってるわ」
本題。
リュウイチたちの目的は偵察と、可能ならば先行2パーティの奪還である。
だが自由意思を無視してまで連れ帰るというのもおかしな話。
とはいえ、認識に干渉されている状態を自由意思と呼ぶべきかといえば。
モモは冷静に自身を分析できているように見える。
帰りたいとは思えなくなっている、というのは普通なら自身が帰りたいと思うだろうところを、そう思えていないというところまで理解している。
これは帰りたいと思っていると見てもよいのでは。
「試したいことがある。これを食べてみてくれるか」
リュウイチは秘密のポケットからタッパーを取り出した。
その中には切り分けられたモモの実が。
「こっちが仙桃、こっちが神桃、これが破魔の桃。それから――」
モモだから桃、というわけではない。
古事記に桃が異世界の軍勢を払う役割をした記述があったのだ。
これを参考に、いろいろな桃をいろいろな形で持ち込んだのである。果実からジュースまで。
「――そしてこれが、モモの実家の」
言われるままに一切れずつ食べていたモモ。
最後の一つを口にして、その途端。
「モモ、涙が……」
「あっ、ん――なにこれ!?」
「お、おい、大丈夫か?」
突如涙を流すモモに慌てる男たち。
原因がわからない。いや桃だろうけれども。
「大丈夫! 家族のことを思い出しただけよ! 強烈な郷愁? しばらく認識できなかったから余計にキたみたいね! ちなみにどれも効果があったけど、うちの桃が一番効いたわ!」
グイっと涙をぬぐい、にやりと笑うピーチガールズリーダー。
「よかった、これ効かなかったら手詰まりだった」
「手札少なくない!?」
威勢が戻った。声に張りがある。目にも力が込められて、リュウイチはようやく彼女と再会したと実感できた。
「ふふふ。神様だか主様だかしらないけど、素直に協力を頼んでくればいいものを! だまし討ちのような真似をされたのは腹が立つわね! リュウイチさん、サイトーさん、おじさま方! ちょっとお付き合い願えるかしら!?」
胸を張って仁王立ちするモモに、男どもはうなずくしかなかった。
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