006.暴露
「疲れてますね」
「今後を考えてたら気が重くなってきてなあ」
ダンジョン協会の受付で、ミイナに学生のアルバイト程度の金額の給料を、振り込んでいた口座に振り込んでもらっていると、そのミイナが声をかけてきた。
ミイナはリュウイチの不調にはすぐ気づいて声をかけてくる。
例の計画の一環でもあるだろう。
本当によく見ている、とリュウイチは感心する。
「あきらめるんです?」
「ん? いや……」
と茶化すように言うミイナと目を合わせると、口調とは裏腹に、至極真面目な顔をしており、目が潤んでいた。
泣きそうだ。
「その件とは別件だよ」
「そうですかー」
リュウイチは、ミイナが誤解していることに気が付いた。
なのですぐに否定すると、ミイナはいつもの笑顔に戻る。
計算だとしても素だとしてもこいつはずるいやつだと改めて考えるリュウイチ。
もっとも今更である。損きりできないのはリュウイチもミイナと同じだったのだ。
帰宅してしばらくすると今日もミイナがやってきてキッチンを占領する。
この女、毎日来るわけではないのにいつ来るか言わない。しかも料理は自分にさせろと主張するのだ。「どうせ食べるならおいしいご飯が食べたいじゃないですかー。先輩は違うんですか?」というのがミイナの言い分である。それはそう。だが言いくるめられてる感が半端ないというのがリュウイチの正直なところだ。
そんなわけで来るか来ないかわからないやつがキッチンを占領しやがるので、こない日はわびしい食事になる。こないと確信を持てるまで待つと手の込んだものを作る時間もないし、面倒になってコンビニ総菜やレトルトで済ませてしまうのだ。米だけは炊いている。
今思えば、ミイナが来ることを心待ちにさせようという策略だったのではないだろうか。
恐ろしい子。リュウイチはぶるりと震えた。
さて、ミイナの料理中に、リュウイチはミイナが用意してくれた書類に記入する。
ダンジョン関係の収入はダンジョン協会を通すと源泉徴収されることになっていて、申請が若干複雑になる。
前職の都合、リュウイチもこれらの書類の書き方はわかっているのは幸いだった。
明日はこの書類と開業届を税務署に届けて、いや先に事務所があったほうがいいか、引っ越すか? などと段取りを考えているうちに食事が終わり、洗い物も済ませた。
「ミイナ、大事な話がある」
「え、は、はい」
ベッドの上で横になって足をパタパタさせながらタブレットを見ていたミイナがベッドから転がるように降りてきてリュウイチの前に正座する。
リュウイチはなんだこいつ急にまじめになってと思いながら事情を語った。
「実はレベル4016になったんだ」
「はい……は?」
隠ぺいのための契約で話せない部分はあったが、察しのいいミイナはほぼ正確にリュウイチの話を理解した。
リュウイチが何かやらかして退職した件にかかわって大量の経験値を稼ぎ、意味の分からない高レベルになった。このことはリュウイチとミイナしか知らない。
四桁というレベルの存在、新たに発見されたスキル。今後予想される問題への懸念。
一通りの話を聞き終えて、ミイナはため息をついた。
「プロポーズされるのかと思ったのに」
「お前が条件つけたんだろうがよ」
「まあそれはいいんですけど。そうですか、厄介なことになりましたね。その件についてわたしも情報持ってるんですよ」
「なに?」
ミイナの言葉にリュウイチは首をかしげる。
リュウイチの超高レベルのことについて、ミイナが持っている情報というのが全く思い至らなかったからだ。
「今日、アップデートがあったんですよ、ダンジョン依頼管理プログラムに。その内容が、依頼キャンセル時、24時間は新しく依頼を受注できなくなりました、という修正だったんですね」
「は?」
ピンポイントで、リュウイチが使った抜け穴が潰されている。
「おいおい、ダンジョンさんなにしてくれてるの」
「バランス破壊を嫌ったんじゃないですかねえ」
あまり知られてないことだが、というより機密事項なのだが。
ダンジョン協会が扱うダンジョン管理プログラムは、ダンジョンによって提供されているものであった。D式コンピュータが導入された際に、いつの間にかインストールされていて、権利表記にダンジョンとあったのだ。そしてダンジョン端末に要望を送ると更新されることもあった。なのでおそらく間違いないだろうというのが大方の見方だ。
得体のしれない何者かが提供するシステムを使うというのは普通なら避けるべきだがそもそもダンジョン自体が得体のしれない何者かが提供するものだったのでなんやかんやで運用されているのだった。
だからこそ、ダンジョン管理プログラムの下位にあたるダンジョン依頼管理プログラムの操作によって経験値が変動するのだろう、とリュウイチなどは見当をつけていたわけだが。
ダンジョンさんはずるして経験値を得ることをよしとしないらしい。
とはいえ、ずるして経験値を得たリュウイチに対しては今のところなにも起きてはいない。
今後はわからないが……。
「どちらにしても、高レベル者を量産して埋没しようという計画はパーですねえ」
「そうなるなあ」
「どうしましょうか。世界断トツのトップ探索者の妻って専業主婦とかしてる暇なさそうなんですけど」
「ぶれねえなあミイナさんはよう」
さすがは3年間の雌伏を続けてきただけのことはある。
「リュウイチさんはどう思っているんですか。唯一無二の英雄になるチャンスですよ」
改めて尋ねるミイナ。
ここまでの話で分かっているだろうが、あえてのことだ。
「勘弁願いたいね。興味だけならなくもないが、そんな立場になったら絶対に苦労するうえに自由もなくなるだろ」
「ですよね。それなら隠すかまぎれるかという方針は維持ですね」
改まって聞いてくるので改まって答えたところ、ミイナはあっさり受け入れた。やはり答えはわかっていたらしい。
それに、英雄とやらになったとしてもその正体はサポーターで、ソロである。
ダンジョンはパーティを組んで探索するデザインとなっているのに、戦闘能力で劣るサポーター単独では適正レベルの階層に到達することもできないだろう。それにトラップ対策もできていない。盗賊系クラスでなければ覚えられないのだ。
これはサポーターのままでは更なるレベルアップは見込めないということでもある。
現在の最深層はレベル差の暴力で更新できるかもしれないが、必ず限界は来る。そのあとに待っているのは、おそらく現在のトップパーティの育成を要求されることになるだろう。それからは次々に育成依頼が来て前線でひたすらダンジョンにこもる羽目になる。
そんな状況を避けるにはどうすればいいか。
それを考えなければならない。
もちろん、今後の生活も成立させる必要があるし、なんならミイナの希望も汲む必要があるかもしれない。
「ああ、俺に考えがある。穴があるだろうから何か気づいたら教えてくれ」
「はあい」
そして二人で話し込み、今日も夜は更けていった。
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