059.事務所でのこと
「そうだ、外注しよう」
昼食に弁当を取ってほしいという提案が上がってきたのでコウジによさそうなところを探すように指示を出したときに、リュウイチは思いついた。
社員教育の話である。
資源回収部にダンジョン内の主に戦闘に関する研修を任せる。これは資源回収部所属を優先しつつ、ほかの従業員にも交代でうけてもらう。これはすでに決まって動いている。
接客やビジネスマナーも同じようにするのはどうだろうか。講師役ができる者の手が足りないので考えから外していたが、外注すればいいのではないか。
講師を派遣する会社もあるはずだ。
これまたコウジに調べてもらっておく。
また、事務の人員の応募があった。
カミエの知り合いだという男女4名。
4名だ。
「一度にそんな来る?」
「私もそう思ってあちこちに声をかけたのですが、みな一斉にOKを出してきまして」
「ふうん。まあカミエさんがいいなら採用しようか。今日からカミエさんは経理部長、コウジくんは総務部長で。4人の振り分けは相談して」
「えっ」
「出世すか!」
「管理職になりたくないとかなら……」
「いえ、ありがとうございます」
「やりまぁす! がんばるっす!」
普通は簡単に決めるようなことではないが、普通の状況ではないので先に形式を整えてしまうことをリュウイチは優先した。
立場が人を作るという言葉を信じつつ、実際の仕事はまだそう変わらないので大丈夫だろうという希望的観測である。
「まあ面接はするけどよっぽどじゃなければね。何時から来れるかは?」
「一人はすぐにでも、ほかは来月、再来月の頭からですね」
「そんな先すか」
別にそんな先でもない。
求めている年齢層・技能の持ち主はすでに働いているのが普通だ。すぐに来れるというほうが例外。
脱サラしてダンジョン業界に入ってきたがうまくいかずにくすぶっていたとかそんな事情があるならば別だ。探索者はダンジョンに入っていなければ時間の都合がつけやすい。
「まあ普通はそうだよな」
「あああああ」
騒ぎながらも手は動かしているコウジ。
「来るまでに仕事の配分とか教え方とか考えておいた方がいい。まかせるから」
「手伝ってくださいよ。よそに派遣した人の分も全部こっち来るんすよ?」
「カミは言います。こっちが先に終わったら手伝ってあげよう」
「手が空いたら手伝ってるだろ」
「二人とも自分より忙しいすよね」
そろそろ本格的に手が足りないのですぐ来てくれる人には期待である。
「前例がありました。現在でも有効なので行けると思います」
事務所で仕事をしていると内閣調査室のタナカがやってきた。
タナカには『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』の件で相談しているところだった。
つまり、現在探索者資格がなく、実技試験に合格する見込みがない患者をダンジョンに合法的に進入させる方法を見つけてもらうことである。
はじめ、R・ダンジョン支援合同会社から、治験の段取り及び被験者推薦の提案を行い計画を早めつつ特例を引き出そうとしていた。
しかし、そんなことをするまでもなく、内閣、正確には総理が前向きで、現状でも相当早く動いているのだそうで。
現状は厚労省内で検討を進めている段階らしい。
そして総理はすでに焦れているらしい。気が短いのだろうか。あるいは現在苦しんでいる人のことを考えてのことか。それとも全く別の理由か。
「恥ずかしい話、あえて手続きを遅らせることもあるんです。そうでなくても利害がある組織も多いですから、仮にうまくいっても調整に時間がかかるのはわかっていたのですが」
政府機関の闇なんて聞きたくなかったリュウイチである。
サイトーの希望はできるだけ早く、身内を治験の被験者として『健康』スキルを取得させることだ。
探索者資格を取れるなら高レベルの『キュアディジーズ』などのスキルもかけたいとも思っているだろう。
現実には時間はかかるが要望は早くしたいという相反する状況。
これをどうにかならないかということで、タナカに調べてもらっていたというわけである。
タナカは総理側の立場にいるようで、状況を停滞させないためにも、と協力してくれた。
「ダンジョン特別措置法で、要件が揃えば総理の権限でダンジョン庁管轄のダンジョン研究所に研究内容の指示ができまして、その協力者ということであればダンジョンへ入れます」
「要件というのは?」
「ダンジョンに係ることで今後の国もしくは国民に重大な影響があると判断されるものです。ここ20年以上は該当しませんでしたが、ダンジョン出現後法が制定されてからしばらくはいろいろと前例がありました」
「なるほど、国もしくは国民に重大な影響」
言われてみれば、この話の先にある『健康』取得事業は重大な影響を与えうることだろう。
大きな話になってきた。こういうのを避けたかったリュウイチだが、だからと言って今更やっぱり嫌ですというのもないだろう。
どうせこの問題の起点として目をつけられているのだ。それなら人助けになることもやって帳尻を合わせたほうが気分的にもマシである。
医療業界に与える影響は、まあ政治家が考えるべきことのはずである。
「ダンジョン庁の説得は総理自ら進めます。そちらは協力してくれる医師を探してもらいたい。被験者の主治医がベストですが、難しければこちらで探します」
「話してみます。『難病の治療法を探そう会』にも医師の資格持ってる人はいたはずなんで見つからないってことはないでしょう」
「わかりました。では次はサイトー氏と、その医師の方、研究所の方とで会えるように進めましょう」
「了解です」
総理が直接動いているとか、ますます大げさな話になってきたがリュウイチはもうこの件についてはどうにでもなれという気分だった。
あの呼び出しからいまいち影が薄いダンジョン庁が何を考えているかも気になる。
また政治力学が働くような場所にかかわりたくないというのも偽りない本音だ。
だが総理が動く以上頭が総理だ。すっころんで巻き添えを食わないためにも後ろから支えなければその後に大きく響くだろう。
そんなことを考える自分よりも、この件はモチベーションがあるサイトーに任せるほうがいいかもしれないと、リュウイチは思った。
かといって間に立つことを求められている以上なにもしないわけにもいかない。
早く引退したい、と思いつつ、今日が起業から何日目かを数えてリュウイチは眉間を揉むのだった。




