057.怖い人たちの前で話をする
月曜の午後。
リュウイチは、拠点として借りている旧体育館の一面に集まった人々の前に立っていた。
R・ダンジョン支援合同会社によって並べられたパイプ椅子に座る彼らの雰囲気はあまり良いものではない。
彼らの多くは暴力を生業とする屈強な男性で、あからさまにリュウイチをにらみつける者も中にはいた。
リュウイチは内心震え上がっていた。やはり暴力はいつだって恐ろしい。
しかし表面上はそれを表に出さず、横に並ぶ協力者に向けて頷いた。暴力を押さえるには暴力を味方にすることである。
「知っているものも多いだろうが、『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』のサイトーだ。この度R・ダンジョン支援合同会社に所属することになった。関係者としてこの集まりに参加させてもらう。後ろに並んでる仲間も同様だ。よろしくお願いします」
「おいおい、今や世界の最深記録ホルダーがなんでそんなことになってんだ?」
『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』のメンバーはR・ダンジョン支援合同会社の従業員となった。
スキルポイント獲得サービスを受けた中でも指折りの成功チームである彼らが別組織に所属するというのは、いかにもおかしなことである。違和感を覚えて当然で、この集まりの参加者からも疑問を呈する声が上がった。
「『難病の治療法を探そう会』の目的はその名のとおりでして、ああ、すまないが普段の話し方で通させてもらうぞ、笑っていやがるのが何人もいるからな」
「敬語使えよおっさん」
「会社のイメージ損なうぞー」
「うるせえ! うちの目的は知っての通りだ。そういうことだよ。そして今回の話には関係がない。話を進めていいか?」
この場でも特に武闘派で実績もあるサイトーが凄むと、ヤジは鳴りを潜める。
サイトーはこの場に集まっている者たち、つまりトップ、準トップ探索者たちに顔が利く。自身も同じ立場であるからだ。協力者であったり、ライバルであったり。
サイトーの所属するチームの性質上、友好的な相手も多い。治療に使えそうな発見があれば融通してもらえるよう気を配っているのだ。
イラついていたりニヤニヤを隠さない者も多いが、ひとまず話になりそうだ。
そう判断してサイトーはリュウイチに向けて頷いた。
「代表」
「はい。R・ダンジョン支援合同会社のリュウイチです。今日集まっていただいたのは弊社の新しいサービスのご提案のためです」
「値下げの件じゃねえのか?」
「昨日の今日で100分の1とは派手な値下げだよなぁ」
月曜朝、R・ダンジョン支援合同会社はスキルポイント獲得業務の価格を大幅値下げした。
1コマ10万円もしくは100ポイントにつき1万円を選べるようになっている。
億単位の金額が飛び交っていた状況から考えると、100分の1どころの値下げではなかった。稼げている探索者でなくとも受けられる程度の額まで落ちたのだ。
さらに、条件も緩和された。
1年間の『疫病のダンジョン』を拠点とするという契約に、100階到達者が出るまでという一文が追加されたのだ。
2週間ほどで70階が攻略され、80階も視野に入りつつある現状、100階というのはそこまで荒唐無稽な条件ではなくなっている。
この条件緩和はこれまでに受けた者にも有効であると宣言されており、希望者は契約書を書き換えるとも告知していた。
ここに集まった者たちは、スキルポイント獲得サービスを受けた者。
トップ、準トップ探索者がほとんどで、値下げに合わせてR・ダンジョン支援合同会社から連絡を入れ呼び出した。
朝呼び出して午後にやってこれるのは、『疫病のダンジョン』を拠点とせざるを得ないので近くにいたことと、ダンジョン協会から『帰還』によって送迎したからだ。
自分たちが受けた高額サービスの値下げに加え呼び出しだ。嫌味の一つも言ってやろう、あるいは返金を求めようと考えている者もいたかもしれない。
サイトーたちが後ろに控えていなければ。
サイトーの存在によって、敵意は様子見に傾いた。
サービスの値段を下げて文句を言われる筋合いはない。
ないが、値下げ前に受けた当人としては気分がよくないだろうことはリュウイチにもわかる。
自分だったらふざけんなと叫ぶかもしれない。
トップ探索者にとってはたかが億かもしれないが、されど億は億である。
しかも、大金払って思うような成果が出ていない者もいる。
特に、サポーターを育成できていないパーティやチームでは、その傾向が強かった。
「はい、そのお詫びも兼ねて、ということで、今回ここに集まっていただいた方に限り、一足先に、無償でご提供いたします」
「それで目をつむれということかな」
「肝心の内容を言ってねえぞ」
「はい、今回ご提供いたしますのは、『サポーター』クラス取得サービスです」
「なっ」「!?」「ほう」「は?」「ぬわにぃ」「ククク」「へえ」「(眼鏡クイ)」
バラエティ豊かな反応が場に満ちる。
サポータークラスの価値がここしばらくの間で爆増したことは、この場にいるようなものなら皆理解していた。
ダンジョン協会ご用達という『サポーター』なので、ダンジョン協会に所属することでも獲得できる。
しかし、ダンジョン協会でそれを実現できた支部は限られていた。
理由は様々あるが、情報の確度、働き掛けの強さ、勢力争いや協会と探索者の軋轢などもあった。
ピーチガールズなどはそのなかで特別動きが早く条件もよかったのだ
まだ状況が動き出してからさほどの時間も経っていない。
さらにダンジョン協会には突如探索者資格受験者や従業員募集の応募者が大量に集まり始めていた。
追随する支部は増えているが、まだその恩恵を受けられていないものが多く、受けられている者はR・ダンジョン支援合同会社から呼び出しをスルーしてダンジョンでスキルポイント稼ぎにいそしんでいる者が多い。逆にここにいる者にこそ、うまくいっていない者が多かった。
「弊社独自にサポーターを取得できるようになりまして。皆様に是非体験していただきたいと。今回はこの場限り、即決いただいた方のみのサービスです。ここを逃すと順番待ちになるかもしれませんので、」
「やる」「受けよう」「マジかよ」「やりまぁす!」
「ありがとうございます!」
一人が手を挙げると、次々に追随する者が増えていく。
リュウイチはサイトーと目を合わせ、頷きあった。
「はいではこちらの書類にサインをお願いしまーす」
「は?」「ん?」「しょりゅい?」「サイン……?」
こうして、R・ダンジョン支援合同会社の従業員が200人近い数増えたあとすぐに減り、同程度の数のサポーターがこの世界に増えた。
書類はR・ダンジョン支援合同会社の専属探索者契約書類であり、出勤は翌日から、1週間は試用期間で本契約はその後、それまでは一方の意思により無条件で解約できるというもので1時間後に解約通知が送られることになっていた。
よそへの書類提出が不要かつ内部でも最低限、あとくされがない形でサポーター取得の条件を満たす方法を探したところこれが適当だという結論になったのだ。
集まった探索者たちのほとんどは早速ダンジョンへと向かい、時間的アドバンテージを確保するための活動を開始した。力を手にした以上リュウイチたちにかまっている暇はないとでも言うように。
きっと彼らはたくさんのモンスターを倒してくれることだろう。そしてダンジョン攻略も進むだろう。
リュウイチは満足しつつもほっとしていた。
虎の威を借るのも大変なのだ。気分的なやつとか。
そしてR・ダンジョン支援合同会社の従業員が増えた。
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