055.相談者
「なあリュウちゃん、いや、代表さん。相談があるんだ」
『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』は『疫病のダンジョン』の元トップ探索者チームである。
50、60、70階の初攻略も譲らず、現在もトップ探索者の名に恥じない活躍をしている。他のダンジョンや他国のトップ級もいる中でだ。
現在が過渡期だとしても、世界トップのチームといっていい。
そんなチームのリーダー、サイトーが、R・ダンジョン支援合同会社の事務所でリュウイチに頭を下げていた。
いかつい顔だが気のいいおじさんという外見で、がっしりとした体格をしており、いかにも肉体労働で生計を立てているという印象を与える。
要は一般の探索者のイメージそのものであり、それで彼が実際にトップに居るのだからそのイメージは虚像ではないわけだ。
「なんです改まって。我々の仲じゃないですか」
物語でお約束のセリフが使えたリュウイチだったが、そんなセリフを使う必要があるほど、サイトーの態度は珍しいものだった。
リュウイチが子どものころからダンジョンで活動していたサイトーさんは就職してからずいぶん世話になった相手だ。ミスを笑って許してくれたり、厄介なクレーマー探索者を諫めてくれたり。飯や酒をおごってくれたり、探索者ならではの情報を教えてくれたり。
我が強く押しも強く、ぶっきらぼうだが弱者にやさしく面倒見がいい。
態度が大きいあるいは気さく、もしくは馴れ馴れしいのがデフォルトで、それが許される名声と実力がある人物がかしこまって頭を下げているのだ。
まあ面倒ごとである。しかも世話になっていて断りにくい。
「実はなあ。今『健康』スキルがバズってるだろう?」
「あ、はい。そうらしいですね」
いかつい顔のおじさんにバズってるとか言われるとちょっと面白くなってしまう、という思いを内心に押し込め――自分もおじさんに差し掛かっていることを思い出し――リュウイチは続きを促した。
ミイナが推してピーチガールズが燃料をぶちまけ、現在もweb対策部長がじわじわ煽っていることでネット上ではずいぶん話題になっているらしい。おかげでダンジョン協会に探索者資格者試験受験者があふれている。女性比率が高いのはまあお察しだ。
また、探索者資格者の特に女性からのスキルポイント取得業務への応募がうなぎ上りだ。値下げ前なのに。
サポーター育成のお客様の女性比率が高いのは初めからだが、ますます偏っているとも。
中年太りのおっさん方も気にしたほうがいいと思うが、この手の情報に対する反応で女性に後れを取るのは、まあイメージ通りかもしれない。
「あれを身内に取得させたい」
「うーん、なるほど」
ほら難題だった。
リュウイチは内心で頭を抱えた。
スキルを取得させるのは簡単だ。
だが『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』のリーダーが言うというのは違う話になってくる。
「探索者資格は持っていないんですよね」
「あったら自前でやってらぁな」
つまりそういうことだ。
『難病の治療法を探そう会』は身内に難病患者を抱えている人たちの集まりがベースになった組織である。
有望そうなダンジョンに支部を置き、難病を治療することができそうな手段、主にアイテムを求めて探索している。
彼らの目的は闘病生活を送る身内の治療だ。
『健康』スキルに目をつけるのは当然のことだったが、資格を持っていなければスキルを得ることはできない。法令の問題だ。
過激なものはそんな法令破ってしまえというかもしれないが、それで協力者の探索者資格がはく奪されてしまったら、元も子もない。いや、治る保証があるなら彼らならやるかもしれないが。
ともあれ、これまでは誤差だったが高レベルで取得すると目に見えて効果があることが分かった『健康』スキル。
だが、法令の壁が立ちはだかったわけである。
リュウイチだってダンジョン法を破るわけにはいかない。営業許可を取り上げられてしまう。
なのでサイトーの相談は違法行為を求めるものではなく、なにかほかに
「聞いたぜ、健康取得させようって動きがあるって。その前に治験をやるだろ」
「え、まだ公になってないんですけどそれ」
R・ダンジョン支援合同会社側では限られた身内しか知らない話である。
話が他組織、それも大きな組織の微妙な問題をはらんでいることもあり、広めてはいない。幹部で止めてあった。
「厚労省の情報をな」
「こっわ」
ダンジョン資源を利用する治療は既存の医療技術と対立気味である。30年もあればある程度の妥協はなされているが、導入の動きは極めて慎重だった。
地球に存在しない物質の人体への影響なんてものはどれだけ慎重でも慎重すぎることはないというのが厚労省の方針なのだ。
現状は健康食品として回復ポーションが流通し、一部の病院でこっそり使われているという噂があるくらいである。
『難病の治療法を探そう会』はその方針とは逆向きの組織なので、厚労省ともその管理下にある医療業界とも基本的には仲が良くない。ダンジョン庁とはむしろ懇意なのだが。
それでも情報を得られるというのは。
リュウイチは聞かなかったことにした。
「僧侶のスキルはどうなんです」
「わかってて聞くなや」
「すみません」
『キュアディジーズ』という、病気状態という状態異常を解除する効果のスキルがある。
副次効果として、ちょっとした病気なら治る場合があった。
具体的にはダンジョン出現初期に風邪程度なら治ったという記録がある。
治らない場合もあり、種類が違うのか、レベルが足りないのかわかっていない。
また、治る理屈も不明だ。僧侶のスキルなので神様か何かに祈った結果なのだろうという説が強い。僧侶が何を信仰しているのかはわかっていないし信仰心などなくともスキルは使えるのだが。
スキルレベルを大いに強化できるようになった現在、『キュアディジーズ』も強化されたわけだが。
問題はダンジョン外におけるスキル使用規制だ。
探索者による犯罪が発生したのち、法整備がなされ、多くのスキル使用が禁止された。
他者を対象とするスキルは許可されたものを除き禁止。
自身またはパーティを対象とするスキルは一部を除き許可。
非探索者に対する使用については特に重い刑罰を科せられる。
これが大まかな枠組みである。
僧侶の回復系魔法は許可すべきという意見も出て結構もめたらしいが、結果として規制対象になった。救急救命時のみの例外規定は認められたが。
こっそり使ってしまえばいいじゃないかという考えもあるだろうが、彼らの身内は治ったら学会で発表されるような状態にある。当然管理も厳重だ。
罰則には探索者資格の停止、はく奪が含まれる。
これを許容するならば無理やり実行することもできるだろうが、仮に治らなかったら。また治ったとしても事情を同じくする仲間の身内もいる。
それでもいよいよとなればやりかねないが、そうでなければ合法的手段を模索するのが先。
『難病の治療法を探そう会』は似た事情を抱える者たちの共同体であり、まとめて希望を失うリスクは負えないのだ。
同時多発的に行ったとしても、それで一部だけ治らなかったりしたら絶望だ。
ダンジョン深部で探索できる人材には限りがある。次の可能性に当たることができなくなるリスクを簡単には飲めないのだ。
ともあれ、そういう事情がある以上、サイトーが求めているのは、
「治験の被験者にねじ込めないかって話ですか」
ということである。
治験を取り仕切るだろう組織とあまり仲が良くないサイトー達としては、被験者に手を上げるのも苦労するということだ。
だから直接かかわりそうなR・ダンジョン支援合同会社に相談に来たわけであった。
「ああ。うちの身内は既存の医療技術では回復が見込めない連中がほとんどだ。今この瞬間にも悪化している子もいる。早く受けさせてやりたいし、仮に失敗しても、な」
新しい方法に慎重になるのは当然だが、時間がない者もいる。ダメでもともとというのは言い方が悪いが、このままでは早晩亡くなることがわかっているのなら、思い切った方法をとる後押しにはなる。
とはいえ。
この件は国の主導であり藪蛇を回避するためにこちらからのアプローチは行ってこなかった。
様子見である。
治験が行われるだろうというのも推測の域を出ない。
やっぱ難しそうだから一旦話を止めようかとなっている可能性もある。
そこに口を出すとなれば、ある程度主体的に動くことになる。
つまり仕事が増える。これはまあいいとしても、畑違いのことに首を突っ込むことになる。
その結果逆効果になる可能性もあった。
リュウイチが難しい顔をしているのを見て、サイトーは言葉を重ねる。
「厄介ごとなのはわかってる。だから動いてくれたらその分こっちも協力するぜ。チームはもちろん、ほかの支部からも手を借りれるようにしてやる。そっちの仕事に人手がいることもあるだろ?」
「それは大変ありがたい話ですが」
ですが。
正直期待に応えられる成果を出せるかというと自信がなかった。
思いのほか簡単にうまくいくかもしれない。
だがまるで歯が立たず役に立たずに終わるかもしれない。
リュウイチはしばし瞑目して、決めた。
「わかりました。やりましょう」
「リュウちゃん! ありがとうよ!」
ここは苦労していそうな人にさらに苦労してもらおう。
リュウイチはさっそく電話を手にした。
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