054.値下げしようかと思った。
ピーチガールズとR・ダンジョン支援合同会社のお泊り会第一回は、幸いにも無事故で、金曜20時から土曜5時まで9時間のスケジュールを終えた。
トップ探索者の探索を生で観察し、体験したことはリュウイチたちにとって代え難い経験となった。
しかし。
「直ちに役に立たない」
土曜の通常業務開始前。
明日の引っ越しの準備の残りを休みのミイナに任せ、事務所の席で一人、リュウイチは今回の反省をしていた。
自身を含め、報告書を提出することになっているからだ。リュウイチ以外の参加した従業員は本日休みであるため、締め切りは月曜朝だが。リュウイチはここのところ基本忙しいし日曜は引っ越しの予定が入っているので早々に片づけておく必要がある。
ダンジョン深層での資源収集が可能かという問題は一朝一夕には難しいという結論が出た。
敵の特性から、51階以降は厳しい。41階から50階まではボスを除けば何とかなるかもしれないといったところ。
つまりそのあたりで経験を積んで立ち回りを身に着けてから51階以降に挑むべきなのだろう。
考えてみれば45階すら最近まで攻略されていなかったのであり、そのあたりで活動できるなら十分かもしれない。
ただトップの一層前あたりを想定していたことからするとだいぶ水準が下がるのは事実であり、期待が外れたということになる。
もっとも、上手くいかない可能性も込みでのお試しだったわけなので、それは想定の範囲内だ。
ただ、個の能力はスキルで固めたリュウイチたちのほうがまだまだ上だった。
もし71階以上に少数で力押しが利くモンスターが出るようなら、そちらでなら活動できるかもしれない。そのあたりの判断はリュウイチにはできないのでピーチガールズ頼りとなる。あてにしすぎか。
ピーチガールズの持つノウハウの吸収。
R・ダンジョン支援合同会社の新業務の参考として、また新人探索者研修の参考として。
これにも難しい問題が3つも立ちはだかった。
ひとつ、あたりまえすぎること。
ふたつ、高度すぎて参考にならないこと。
みっつ、更新中で遠くない未来陳腐化すること。
ひとつめは、例えば食糧は軽くて栄養価が高く味も良くゴミも少なく手間もかからず時間も取らない物がいい。つまりカロリーバーやゼリー飲料がおすすめである。食事以外にもこまめな水分摂取に気を付けて、塩分も大事。
意外性も何もない。
生野菜をとるべきだとかちゃんと調理した食べ物にするべきだとか言い出すわけでもない。
長期にわたる遠征であれば荷物の量が問題になり、短時間ならそこにかかる時間と手間を迷宮外の休息中に回すほうが満足度が高いという。
「モンスター警戒しながらだとね!」
というモモの言葉が結局のところ大きいだろう。
「まあパーティ次第ではもっと気を遣うかもね!」
と続いたが、そう言われてしまうとおしまいである。
ふたつめは、51階での戦闘のように、十分な積み重ねがないと生かせない、参考に出来ないことだ。
高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に、というのは冗談だったが、全員がタンクを兼ねることができ必要に応じてスイッチするなんてことは、ピーチガールズの7年間の積み重ねによって生み出されたやり方である。
やれと言われて出来ることではないし、実際に出来なかった。
新人パーティにこのようにすればいいというアドバイスなんてしようものなら、混乱して大きな被害が出ることは想像に難くない。
まあ要するに、ここはこうすればいいよ、あごめん素人さんには無理だよね、というやつである。
この手のアドバイスを下積みのない者が真似しようとするとひどい事故が起きるもので。
将来的に目指すとしてもすぐに同じようには出来ない。
ただ、新人はやはり成功者を見て参考にするもので、ネット上などに流れているトップ冒険者のそういった情報をそのまま真似しようとする傾向がある。
だからと言ってそれはダメ、こうすべき、と言えなかったのがダンジョン協会だ。
「参考元はよく訓練されているので安易に真似をしようとすると事故が起きます、と」
そんな注意をしたところでどれほど役に立つか。成功例という説得力を超えられるものではない。だが注意しないわけにもいかない。厄介な問題だった。
みっつめ、これは原因がリュウイチにあると言っていい。リュウイチとしては認めたくないが。
例えば荷物のまとめ方。持ち込む荷物、持ち帰る荷物の選び方。
『盗賊』および『サポーター』の『秘密のポケット』を高レベル取得できるようになり、運べる量が爆増したことで意味を大いに失った。
誰でも就ける『盗賊』で取れるスキルであるということが大きい。サポーターならさらに相乗効果がある『所持量増加』も併せて必要以上といっていいほど。
それもこれもスキルポイントのおかげである。
持ち込める量が増えたから余計なものを持ち込んでいいかと言われれば要らない物は置いていくべきだろうし、持ち帰れるものが増えたから価値を見定めることを放棄するのは思考停止だ。
だが必要以上に気にしなくてもよくなった。
その必要以上のハードルもだださがりだ。
新しい基準はそのうちできるだろうが、いまのところ誰もが試行錯誤中だろう。
このようなことが、スキルを多く取得できるようになって様々な部分であらわれた。
この先すぐに学ぶ意味が薄くなるもの。学んでおいて損はないことでも、優先度が下がるなら限られた時間の活用という見方からすると要らない知識となってしまう。
まとめ方を考えなければ、時代遅れのマニュアルを作って有名無実な学習をすることほど虚無な時間はない。
また、ふたつめとみっつめを合わせたような問題だが、サポーターによるスキルポイント取得の恩恵を得ているかどうかでも全く世界が違ってくる。
そこを突き詰めると、一つの命題が現れる。
つまり、すべての探索者にスキルポイント獲得支援を行うべきではないかというものだ。
スキルがない探索者に教えるべきことと、スキルを多数得る前提で探索者に教えるべきことは全く違ってくる。
そしてスキルは金で買える。買えるようになった。リュウイチたちがそうした。
リュウイチたちが49階までのモンスターなら楽勝であることを考えると、40階分の格差があり、得られる資源の価値もそれだけの差がある。
最近まで40階前後で活動する探索者の月収は億を超えていた。
今後希少性が変化して値下がりするにしても、5階までがんばって1日数千円と比べれば桁がいくつか変わるだろう。日帰りできるようになったのでなおさらだ。
この格差をどう考えるか。
「いや、健康取得が実現すれば副産物として結構スキル取れるしレベルも上がるな」
リュウイチは思い出す。
前提が変わる可能性があるのだった。
新人も初めからレベルとスキルを持っている時代になる。
ではそれまでの間、つなぎの期間の研修内容を考えなければならないわけだ。
「不毛では?」
使わなくなる可能性が高いものを真面目に考えなければならない。
だが必要だし手を抜くわけにもいかない。不毛な作業に思えてもだ。
焦点をどこに当てるべきか。
お金を貯めてスキルポイント取得サービスを受けよう。話はそれからだ。
というのはどうだろうか。
「そろそろ料金見直すかな」
100ポイント100万。
これをどう穏便に終わらせるか。
とりあえずリュウイチは始業までまだ時間があるので30分ほど仮眠をとることにした。
そして。
目覚めたリュウイチに来客があった。
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