051.ダンジョン
金曜の勤務明け。
マリカはダンジョンに入っていた。
それも51階に。
「はいそれじゃ行くわよ!」
ウキウキのモモの掛け声に、おー、とノリの良い返事が続く。
すでに6回繰り返されたやり取りで、参加者はモモが満足するまで元気がないぞーもういっかーいとやられることを知っているので開き直ってノッていた。
これは何をしているかというと、社内研修お泊りダンジョン体験会である。
マリカが企画を提出してから一日少しで実行に移されたのだ。
小学生でももうちょっと余裕を持った日程で動きそうなもの……いやそうでもないかな。マリカは小学生時代を省みて否定した。
いやそれはいい。
今日決まったから明日行くよという無茶は普通は通らない。
それが実現したのは、R・ダンジョン支援合同会社がリュウイチの独裁体制だからだが、それもリュウイチが乗り気だったからに他ならない。
決定権を持つリュウイチが調整して交渉して成立させたのだ。
実際自衛軍からの参加は見送ることになり、2パーティ12人に規模が縮小した。代わりに自衛軍のダンジョン部隊が該当時間中に見回る場所を調整してくれるらしい。
交渉の場について行ったがなぜそうなったのかよくわからなかった。
他に変わったのは時間。マリカの計画では朝から翌日晩までの予定だったが、大きくはしょられていた。通常業務への影響を最小限にするためだ。目玉であるダンジョン内野営とピーチガールズからいろいろと教えてもらうことに特化したスケジュール。自衛軍がメンバーから外れたことを考えると妥当なところかもしれない。が、結構変わったなとマリカは思った。
リュウイチ、マリカ、ダンジョン協会からの視察という立場でミイナ。そして土曜が休みの班長から3名。ピーチガールズ6名と合わせた12名が今回の参加者だ。
男性3人女性9人という構成は、少々男性陣の肩身が狭そうだ。
ピーチガールズが3名ずつに分かれ空いたパーティ枠にマリカたちが入る。
マリカはリュウイチとは別、ミイナと一緒のパーティになった。ピーチガールズからは『アサシンメイド』リンゴ、『気功使い』カリン、『巫女』スイカが同じパーティである。
そのようなパーティ編成だが、実際に動く際にはピーチガールズが前に出て、マリカたちは基本的には後ろからついていく形をとる。
そして戦闘の見本を見せられて、実際に戦ってみる。
問題なければ5階移動、を繰り返して51階まで潜ってきた。
驚くべきことに、ここまでは技術とかなくとも、近寄って殴る、受けて殴りかえすというだけで無傷でモンスターを倒すことができた。
「パーティ内にサポーターがいるかどうか、パーティ全員がサポータースキルを持っているかどうかで何十倍も効率が変わるようになったわ! サポータースキルで経験値10倍とすれば、なしで1倍、一人で10倍、全員なら60倍というわけね! これだけの補正量があればもう誰もサポーターを軽視しようがないわね!」
大雑把なモモの話だが言いたいことはマリカにもわかる。
今までとは比較にならない環境になったということ。
「今はどれくらいのパーティが50階を超えて活動しているんですか?」
R・ダンジョン支援合同会社でスキルポイントを得た探索者の数はすでに200人近い数になる。
全員が動いていれば30パーティを超える計算だ。
「8パーティと臨時パーティが時々動いていますね」
「あれ、意外と少ない? あ、そうか」
答えをくれたリンゴに、マリカは驚いた。が、すぐに納得する。
まさに今モモが言っていたことが答えになる。
パーティにサポーターがいない場合経験値を稼ぎなおさなければならないのであまり奥まで潜れないのだ。
スキルで戦力を補えるといっても、90分1回限りのサービスを受けた冒険者と毎日4コマと自主的に夜間活動していてしかも全員サポータースキル持ちのピーチガールズとではスキルポイントの量が違う。効率の差も戦力の差もかんがえるまでもなく歴然だ。
「それに、はじめの方の人は様子見でパーティから一人だけというパターンが多かったでしょう」
その一人がサポーターではなかった場合、一人が強いだけでほかの人は今までのままだ。しかもレベル差があって経験値の分配がない。
「そうやって浮いた人が仲間のポイント稼ぎ待ちで臨時にパーティを組んだりしていますね。その中でうまくいっているパーティが50階を超えています」
90分では50階を超えられるものと越えられないものが居るようだ。レベルが追い付いてくれば超えられる人が増えるのかもしれないが、2週間では時間が足りないのだろう。
『学生』のスキル『一夜漬け』から派生した『記憶力』を意識して、マリカはリンゴの言葉を覚えていく。
大学受験の際にあればものすごく役に立っただろうこのスキルだが、今も、そして今後も役に立ち続けるだろう。覚えたことを忘れるとかそんなおかしなことでもなければだが。
「だから引き抜きの話がとぎれないんですね」
「入社していないサポーターの方も、熱心に勧誘されているようですよ」
新しくサポーターをパーティに入れることでアドバンテージを得られることは間違いない。
だがパーティは6人が上限だ。ダンジョンの仕様である。
一人入れば一人外されることになる。
+αの人員としてチームを組む場合もあるだろうが、ある程度レベルがあがり、以前のようにクラスチェンジでレベルリセットされることが難しくなった時、どうなるだろうか。
どちらにせよ、かつてサポーターが受けた仕打ちをほかの誰かが受けることになるわけだ。
「サポータークラスの件、始めたほうがいいんじゃないでしょうか」
「マリカちゃんはそういう意見ですか」
「リンゴさんは違うんですか?」
「私としてはどちらでもいいですね。一長一短ありますので。ピーチガールズとして考えると、かなり特権的な立場にいますから、利益を重視してやらない方に傾くでしょうか」
R・ダンジョン支援合同会社に所属することで『サポーター』にクラスチェンジできること。
マリカとしてはそれで助かる人がいるなら、と思ってしまう。利益が問題ならその分お金をもらえばいい。
だがリンゴは違う考えを――
「ただ探索者業界全体を考えるとやったほうがいいでしょうし、あまり嫉妬を受けると身の危険を感じますからネガティブな意味でも機会を見計らってやるべきでしょうね」
――というわけでもないのかもしれない。
そういえばお金と実力と名声があるから心に余裕があるのだと言っていた。ナツメに恋人はいないけどねーと言われていたが。
「思ったことは提案していきましょう。とはいっても、今はピーチガールズの持つノウハウを見て覚えて盗む時間ですから、そちらに注力しましょうね」
「あ、はい、ありがとうございます」
リーダーモモが51階からの歩き方をレクチャーしながら実際に移動を開始している。カリンとスイカが先行して偵察をしつつ、ついていく形。リンゴではないのは盗賊系スキルを全員が覚えたので慣らしをしているそうだ。
ダンジョンはモンスターを倒すだけではないということは、深く潜れば潜るほど実感できるらしい。
力押しで突破できないギミックがあると、レベルやスキルがいくらあっても足止めされることもあるという。
そういう状況に対応できそうなスキルもあるが、これまでは戦闘力優先であまり顧みられてこなかった。せいぜい盗賊系クラスの『罠発見』程度だったという。
なので役に立つスキルを実証できれば名声が上がるだろうとのこと。
「名声ってどう役に立つんでしょう?」
マリカはまたリンゴに尋ねる。
「無理なお願いを聞いてもらえたりでしょうか」
「それは普通に仲良くなったりするのとは違うんですか?」
「直接知らない人にも影響力を持てること、でしょうか。名声があるということはそれだけの実績もあるという証明ですから初見の人に信用されやすくなりますね」
トップ探索者とそのへんの非探索者、二人がダンジョンのことについて逆のことを言っていたらどちらを信用するか。言うまでもない。
仮に名声があるのに実力がない人物がいるとすれば、実際にはそういうことがあまりないからこそ、騙されるのだろう。
「まあ、ちやほやされるくらいのことですよ。それを利用して何かしようとするのはおすすめしません。手の平を返すのは一瞬ですから」
「あ、はい。気をつけます」
過去に何かあったのか、そんな助言をするリンゴに、マリカは何も言えなくなった。
トップ探索者ともなれば、いろいろと経験があるのだろうと思った。
51階からのモンスターの分布を語りながら、モモが先行の二人が誘導してきたモンスターを瞬殺する。
頭に角が生えた屈強な肉体を持つ人型モンスター、その特徴から鬼と呼ばれるその種のモンスターは『鬼殺し』モモにとっては相性が極めていい相手らしい。
しかも『鬼殺し』の存在を察知して寄ってくるのでレベル上げのための狩りには都合がいいそうだ。
ピーチガールズのモモにとって、本拠地の『桃太郎ダンジョン』だけでなく、『疫病のダンジョン』も絶好の狩場のようだった。




