050.マリカを個室に連れ込む話
「ピーチガールズ、自衛軍混成の3パーティで1泊2日。かなり意欲的な案だな」
「あの、リンゴさんに相談していたらモモさんがきて面白そうだから混ぜろって」
「ははあ。そりゃ大変だったな」
木曜日。
会議で決めたことに係る手続きを粛々と進めていたリュウイチだったが、昼休みの前にマリカが現れた。
任せていた企画をまとめて持ってきたのである。
リュウイチは思ったより早く用意されたことに驚いたが、ひとまずそのことを誉めた後、お昼をおごると言っていつもの喫茶店の個室にマリカを連れ込み、内容を確認したのだった。
「よくできてる。必要な道具や予算まで計算してくれてるのは助かるね。リンゴに聞いたのか?」
「はい、リンゴさんとミイナさんに手伝ってもらいました」
ミックスサンドセットをつまみながら企画書に目を通すリュウイチ。
マリカは落ち着かない様子で、リュウイチの手にある企画書に視線を向けながら明太子パスタをフォークでつついている。
テンプレートはミイナの指導によるものだろう、ダンジョン協会式のもので、リュウイチも見慣れた形式だ。
まあ形式はとりあえずかまわない。
大事なのはリンゴに話を聞いて探索に必要な持ち物や注意点をきちんとまとめてあるところだった。
現場経験豊富な専門家に意見を聞いて資料を作ることができるのは大変すばらしい。きちんと組み込めているのでさらに評価できる。
「それじゃあ確認していくぞ。まずなんで1泊2日なのか」
「ピーチガールズの皆さんがいるのでチャンスだと考えました」
リュウイチは感心しながらも、一つ一つの事項を挙げて確認していった。
なぜそう決めたのか、と。
そして半ばほどまで進めたところで、マリカがクスリと笑い声を漏らした。
「うん?」
「あ、すみません。ミイナさんが言ったとおりになったなって」
「あー。ごめんね、重箱の隅つつくみたいでうざいよね」
「いえ、そんなことは。私のためだってわかってますから」
そういえば、とリュウイチは、ミイナの教育係を担当した時も同じようなことをやったと思い出した。
それは自分が新人のときにも受けたことで。
なぜ、そうするのかと、ねちねち細かいところまで根掘り葉掘りほじくり返してくる先輩に対し、当時のリュウイチは「うっぜええええええええなんだこのおっさんくっそうぜえええええええ」と思ったものだった。
しかし、後々になってからふと気づいたのだ。
あの時細かく指摘され、答えるためにいちいちなぜそうするかと考えるようになったことで、今仕事の段取りがうまくいくのだと。お客様からの問い合わせにも対応できるようになったし、何かをする前に事前準備できるようになった。
どういうきっかけで気づいたのかは些細なことだったのでもう忘れてしまったが、重要なのはあのうっとうしいと思っていた行為は役に立ったということだ。
なのでミイナにも同じようにした。
マリカにも。
女の子相手なので言い回しなどには気を使ったが。致命的なレベルで嫌われたくはなかったのだ。
それでも、おそらく当時のリュウイチのように面倒だと感じているだろうとリュウイチは思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
それがミイナの根回しらしいと分かったこともあり、リュウイチは内心胸をなでおろしていた。
いやなおっさんは免れたぜ、と。
昼休みを丸ごと使って、リュウイチによるチェックが終わった。
「うん、一旦持ち帰って見直すけれどおおむね十分な出来。よくできました。手は入れるけど大部分採用できると思う」
「あ、ありがとうございます!」
「いやいや。一発でこれだけの提案を持ってくるとは思ってなかった。えらいよ」
リュウイチからすれば、驚くべきことだ。
あるいは学校でそういう経験があったのかもしれない。学生会やイベント実行委員会などの経験があれば素地があってもおかしくはない。
もちろんミイナが手伝ったこともあるだろうが。
「二人に手伝ってもらったので」
「だったら二人が過保護すぎたかな」
「そ、そんなことは……」
焦るマリカを見てリュウイチは笑い、それを受けてマリカは恐縮した。
「それじゃ俺は先に行く。休憩時間使っちゃったから一時間ほど休憩取ってね。もう何品か取ってもいいよ、ここのパフェ人気らしい。それじゃまたあとでね」
冷めた明太子パスタを一瞥して、リュウイチは席を立った。企画書と伝票をもって、休憩の指示を出してから個室を出る。
そして店長に会社に請求するように頼んでから事務所へ戻った。
ちなみにこの請求書は後にカミエによってリュウイチに差し戻された。
アルティメット×ハイエストDXパフェ~シェフの気まぐれを添えて~(6千円)は許されなかったらしい。
社内研修お泊りダンジョン体験会。
目的はダンジョン深部での活動が可能かを見極めると同時にダンジョン活動の経験を積むというものである。
ネーミングにちょっと味があるのは置いておくとして、期待以上の仕上がりだった。
ミイナとリンゴが協力したとして、先ほどのリュウイチの質問攻めにきちんと答えられていたのは本人が理解しているということだ。
まだ学生で初めてのことだとするとできすぎである。あるいは何かしらのスキルが効果を発揮しているのかもしれない。企画立案に役に立つスキル、『戦術』とか『洞察』とか。『直感』や『思考力』あたりも怪しい。
もっとも、すごそうな字面のスキルはいろいろあるが、それでもドジはなくならないし見落としもある。スキルは全能ではなく使う人間にも依存するのだろう。
評価すべきは本人だ。
マリカは予想以上の拾い物だったかもしれない。
経験を積んで育てば補佐として活躍してくれるだろう。なんなら立場を譲ってもいい。重職を任せることができるだけでも助かるが。
株式会社に再編して株だけ持ってフェードアウトする未来を夢想してリュウイチはほくそ笑んだ。
で、話を戻す。
一つ重大な問題があるとすれば参加メンバーだ。
3パーティ18人の内訳が、ピーチガールズ6名、自衛軍から3名。
リュウイチ、ミイナ、マリカ、あと6名を班長から選抜となっていた。
このうち、まずミイナは会社のメンバーではない。
そしてこちらが本題なのだが、現在の会社の状況で、ピーチガールズ全員とリュウイチが一度に二日間抜けた場合、仕事が回らなくなってしまう。
班長6名も抜けるとなるとさらにひどいことになるだろう。
特に、スキルポイント獲得業務だ。
現状ピーチガールズに依存している部分が大きく、ほかに担当しているのがリュウイチとミイナくらいで、一癖二癖あるトップ、準トップ探索者たちの相手をするのはただの新人ではまだまだ心もとないのだ。
そもそもピーチガールズに依存しているのがまずいというのは正論だ。
ただ、他のダンジョンへの派遣人員のこともある。班長の中でも比較的リーダーシップに優れたものを優先して派遣すると、残ったメンバーは。相対的に。
そこからさらに6名をお泊り拘束するとなると。
「リュウイチさん過保護すぎじゃないですか?」
「えぇ?」
「カミエさんどう思います?」
「カミは言いました。ノーコメントで」
「右に同じ」
事務所でミイナに相談したところ、そんな言葉が返ってきた。
「まあ正直言いますけど、わたしそこ突っ込まれて再提出になると思ってましたよ」
「そう思ったのに提出させたのか」
ミイナは一度失敗を経験させようとしていたらしい。意地悪な先達である。
もっとも、リュウイチとしてもその考えは理解できるのだが。
「あれはあれで一理ありますからね。あの子が自分で思いついたことでしたし」
「そうなんだよ一理あるんだよ」
ピーチガールズの協力を得られるのならいろいろ欲張るのはありだ。
トップ探索者パーティのダンジョン内での野営ノウハウなんて垂涎ものである。
会社の体勢を整えれば実現できるのだ。
そんな話をしていると、カミエが一言。
「子育ての方針で争う夫婦かな」
「はい、3歳の時の子どもです!」
「初対面より若いじゃねーか」
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