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ダンジョン協会をクビになってものすごいレベルが上がったけどヒーローにはなりたくないのでなんとかしたいと思います  作者: ほすてふ


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044.支部長に提案

 市の旧体育館は、『疫病のダンジョン』とくらべると交通の便がいい。

 駐車場もあるし新幹線駅からバスで10分かからない。


 とはいえ、『帰還』の通勤1秒を考えれば交通の便など意味がないと思うかもしれないが、拠点として帰る場所と認識しなければ『帰還』は機能しないので、設営準備のため最初に足を運ぶのは既存の交通を利用しなければならなかった。


 というわけで手配をしてくれた事務のコウジくんに現地に足を運ぶ役はまかせてあった。家が近いらしい。

 一人が辿り着けば鼠算式に移動できる。

 案内の張り紙と給水用のドリンクをもちこみ、現地で借りた折り畳み机とともに配置して完成である。

 さらに間違えてダンジョン協会へ直接向かってしまうお客様に備えてそちらにも『帰還』できる人員を配置。


「リュウイチ代表、あとは任せて、支部長のほうへ行ってください」

「わかった。よろしくリンゴさん。マリカさんは今日はリンゴさんと一緒に動いてね」「わかりました。リンゴさんよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 昨日、リンゴの休日に面接地獄と受け身天国を味わったリュウイチだったが、今日は旧上司たちとの面談という新たな戦場が予定されていた。

 その後また面接。


 現場の指揮をリンゴに任せられるのは大変助かる。

 同じくらいできる人材を増やさなければ。

 ということでマリカを張り付けて勉強してもらう。

 とはいえ、ピーチガールズのネームバリューまでは真似できないので悩みどころもなくならない。


 挨拶してからダンジョン協会へ飛ぶ。

 支部長室で面談である。





「で、今日はどういう?」


 挨拶もそこそこに尋ねる支部長の声には若干の疲れが感じられた。

 今日は課長や部長の応援はなく、1対1の話。皆忙しいのだそうで。


「支部長お疲れですね。『健康』スキル取ったらどうですか」

「現場の皆さんが優先ですよ。私のは会議続きの気疲れですからね」

「10分あれば十分ですから今から行きましょう」


 行ってきた。


「ああ。こんなに効くのか。20年、いや30年は若返ったようだよ」

「年齢が高いほど効果が実感できるようですね」


 顔色が明らかに良くなった支部長をみて、リュウイチはこれなら病床の老人などにも有効かもしれないと考えていた。とはいえストレッチャーで患者を連れ込むのはどうかと思うが。


「今日はR・ダンジョン支援合同会社から、ダンジョン協会への提案を持ってまいりました」

「拝見しましょう」


 リュウイチが差し出した資料を受け取り、目を通す支部長。途中で老眼鏡を外した。


「ダンジョン協会他支部へのサポーター派遣ですか」

「はい。現在この支部に応援に来てくださっている職員の方に率いていただいて、各支部にサポーター育成の負担を分担してもらおうという提案です」


 現在『疫病のダンジョン』は今までになく多忙で、混雑していた。

 それはR・ダンジョン支援合同会社の事業が原因なのは明らかだ。

 トップ探索者パーティを呼び込み契約で縛り、さらにサポーター育成。

 派生して探索者資格試験に自衛軍への配慮、臨時職員応募への対応。

 ダンジョン協会も、ダンジョンの中も、大変な混雑である。

 処理対応がパンクしているのはリュウイチだけではないのだ。


「我々としては渡りに船だが、そちらはこれでいいのかな?」


 支部長の立場からすると、非常に助かる提案だった。


 実は、R・ダンジョン支援合同会社を、そしてそれ以上にトップ探索者パーティを独占しているとして他支部から苦情が来ているのである。大量に。

 事情は共有しているが、根拠が薄弱なうえ、氾濫の可能性は『疫病のダンジョン』にかぎらない。しかも実力のある探索者を独占されるということは、他のダンジョンが恒常的に得ていた利益、ダンジョン産の資源の入手が滞るということでもある。

 それでいい顔をする支部はあるまい。支部長だってよそにそんなことをされたら苦情を入れるだろう。

 R・ダンジョン支援合同会社が他のダンジョンに進出すれば『疫病のダンジョン』の利益は減るだろうが、支部への圧力も混雑も減る。

 さらにはダンジョン業界全体の利益にもなるだろう。


 しかしR・ダンジョン支援合同会社の視点からするとどうなのか。

 彼らの目的は『疫病のダンジョン』の氾濫を止めることとサポーター育成ということになっている。

 人員を派遣するということは、その人手が減るということだ。

 そしてそれ以上に、開業1週間そこらのこの会社が毎日バタバタ忙しそうにしていることは支部長も知っている。

 その状況で目を配れない場所まで従業員を派遣して大丈夫なのか。

 下手を打って潰れてしまったら非常に困る。

 R・ダンジョン支援合同会社が受けとめているスキルポイント獲得、サポーター育成の需要を誰が対処できるのか。


「実は想定以上に入社希望者が多くて教育の手が回ってないんです」


 リュウイチは事情を正直に伝えた。

 なんかめっちゃ人が集まってて困る、と。


「なんで、ダンジョン協会の接客マニュアルを仕込んでもらえたら助かるなと」


 サポーター育成業務は先週受付分でサービス価格を打ち切ったが、いまだ顧客が増えている。ダンジョン協会臨時職員という抜け道が広まりつつあり加速しているほどだ。

 基本構成はR・ダンジョン支援合同会社から1~2、ダンジョン協会職員が0~1、自衛軍から1にお客様が3名というもの。

 そのうち、R・ダンジョン支援合同会社の従業員はほぼ入社1週間以内の新人なのである。

 社内教育がほとんどできていないのにお客様を担当している状況はもちろんよろしくないわけだが、接客経験者を軸に職員と自衛軍の存在を盾にしてクレームや失敗を回避している。


 従業員教育は将来的には必要だ。むしろ今必要だ。

 しかし現状その余裕はなく、だからといってR・ダンジョン支援合同会社が倒れるとダンジョン協会も非常に困る状況ができている。

 そこを利用してダンジョン協会職員の育成をかねて人手を借りているわけだが。

 『疫病のダンジョン』だけでは職員の数が足りなくなってきた。

 そこでよその支部の手をもっと借りようと提案したわけだ。ついでに従業員の教育も俎上に載せて。


「しかし、教育の手が不足するほどの人数を雇用しているのはどうしてです?」


 支部長はR・ダンジョン支援合同会社が新規の採用を止めないことに疑問を呈した。

 普通に考えて制御できない人数を抱えるのは悪手である。

 普通でない理由があるのではないか。まさか勢いで止められなくなったとかそういうことはあるまいと。


「実は、先日政府機関から聞き取りがありまして」

「なんですって?」


 リュウイチは昨日の内閣調査室タナカ氏とのやり取りを打ち明けた。

 国民全員に『健康』を取得させる構想。


「それはまた……」

「現時点で対応できるのはダンジョン協会と自衛軍、大きく離されて弊社です。他に可能な組織はまだいない。ダンジョン協会でやりますか?」

「いやそれは、現状で最も適任でしょうが、通常業務に支障が出ますね」


 現在最もサポーターを抱えている組織がダンジョン協会だろう。なんといってもサポーターはダンジョン協会御用達クラスといわれていたのだ。

 所属する人員全てがサポーターに就ける。そして育成能力を持つ職員も現在進行形で増えていっている。

 だが、人員は停滞していたこれまでのダンジョン業界に必要十分な数しかいない。

 現在騒ぎになっている臨時職員を合わせれば。いや、彼らはサポータークラスが欲しいだけであって業務は最低限しかする気はないだろう。クラスを得たらすぐやめてもおかしくないし、ダンジョン協会もそれを踏まえて臨時職員としているのだ。

 彼らに新人教育を施して正規職員とするのは期待できないとみるべきだ。

 そして『健康』取得の業務は一時的でしかない。そのために大勢雇ったとして、1年なりをかけて終わらせた後、余る人手はどうするべきか。

 一時的な役割なら外注するほうが間違いなく面倒は少ない。

 外注先があればだが。

 それこそ自衛軍から人員を抽出して行えばいいように思うのだが。それはそれでできない理由があるのだろう。

 であれば、R・ダンジョン支援合同会社がその外注先となるのは都合がいいわけである。


「ただ、競合する業界との調整がどうなるか私にはわかりませんから、なかったことになるかもしれないのではダンジョン協会はまだ動けないでしょう」

「とはいえ、それでそちらが負担をかぶるのもどうなのかな」

「うちは最悪探索者チーム化もできますから」


 現状の医療業界と利益が競合することは間違いない。

 また医療業界が衰退することは、『健康』があるとしても望ましくない。『健康』がどこまでのものか、まだ見極められていないし、世界でも屈指といえる医療技術とそれを支える環境が失われるようなことがあれば人類の損失だ。

 政府にはうまい着地点を見つけてもらいたいものだ、と支部長は思う。

 一方で今R・ダンジョン支援合同会社に消えられるのも大変困る。

 彼らの仕事はダンジョン協会で請け負えないわけではない。

 だが組織の規模が大きい分体制を変えるには時間が必要なのだ。

 できれば年単位。それが無理でも数カ月は欲しい。新規の会社のように昨日雇った者を今日からワンオペさせたり新人を任せたりというのは無理だ。組織の信用にかかわる。そんなもの知らぬとばかりに剛腕を振り回している誰かさんは異例なのだ。

 その異例に、何かあった際責任をかぶってもらえる。そんな都合のいい話が、あった。


 リュウイチからしてみれば、仮に会社がつぶれても退職した直後に戻るだけである。何なら条件は当時より良い。

 もちろんそんなことにはならないほうがいいのは事実だ。

 だが、これからまだ環境は変わるはずで、その中で活路を見出していけばなんとかなるだろうと楽観視していた。

 なにより今一番重要なのは氾濫対策なので。


「わかりました。大筋は賛成します。細部を詰めましょう。派遣先は、近くの支部からですか。自衛軍に期待しているわけですね」

「せっかく提携しているので力を借りようかと。あとは是非と手を挙げたところから、と考えています」

「まあそうですね、一度にすべてとはいかないでしょう」


 現状と同じ態勢でできればそのほうがいい。

 どうせなら各地に分散させたいところではあるが、まずはやりやすいところからというわけだ。

 人をとられて不満を持っているだろう場所に派遣するという意味でも配慮は必要だろう。


「では会議にかけます。通しますから人員の選定を進めておいてください」

「わかりました。よろしくおねがいします」


 こうしてR・ダンジョン支援合同会社の他のダンジョンへの進出がほぼ内定した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 文章中に何度も何度も繰り返し文字数稼ぎかって思うくらいR・ダンジョン支援合同会社って出過ぎてて正直ウンザリしてきた
[良い点] 今となってはありふれた世界設定(言い方悪くて申し訳ない)なのに切り口や進め方が上手くてほんと面白い。 この物語読み始めて何回『なるほどなあ』や『確かに』と思った事かw
[気になる点] リュウイチ→マリカがさん付けに戻っちゃってるけど まだ距離のとり方が安定しないってことでいいのかしら。 [一言] 最近更新たのしみにしてる小説のひとつです。 がんばってください。
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