004.4016
昨日は3話投稿しており、この話は4話目です。
「……レベル4016か。99が上限じゃないんだな」
疫病のダンジョンの1階で餓鬼を撲殺したのちにダンジョン端末を確認したリュウイチは人類の未来に軽く絶望した。
疫病のダンジョンは状態異常特化といわれており、危険度の高いダンジョンの一つとして認識されている。
分類としては上から三つ目。極めて危険だが対策可能という評価にあたる。
とはいえ、浅い階層はどこのダンジョンも似たようなものだ。
さらに1階ともなれば、無手の人間と互角かそれ以下のモンスターしか出現しないものなのだ。もちろん例外はあるにせよ、この地方都市にあるダンジョンにおいては例外には属さなかった。
つまるところこの角が生えていてがりがりで腹だけが膨らんだ人間の子どもを醜悪にしたような餓鬼というモンスターは特殊な能力を持たず、さほど強くない。攻撃方法はしがみついてかみつくというもの。集団に襲われでもしなければ今までのリュウイチでも問題なく対処できるし、群れていても切り札を切れば撃退なり逃走なり可能なのである。
今回リュウイチは手持ち式の丸盾と金属製の警棒、そして各部を守るプロテクターをレンタルして挑んだ。1日2千円。普通に買うと十万単位であることを考えると安いと思うが、餓鬼が落とすことがある『餓鬼玉』の売却値3百円を考えるとなかなかシビアなコストに感じる。
リュウイチの目的の一つはその餓鬼玉をあつめることである。先ほどダンジョン協会で受注した依頼がそれだ。
餓鬼玉は、神社に奉納して祈るといいことがあるかもしれないというアイテムで、ガチャ玉ともいわれている。
いいことというのはスキルを獲得したり、能力値が伸びたり、運気が上がったという者もいる。
何が起きるかはランダムだし何も起こらないことも多いが稀に当たりがある。
一度にたくさん奉納したほうが当たる確率が高いというオカルトな噂もあり、集める者はいなくならない。そんな品であった。
そしてもう一つがレベルアップである。
レベルアップはモンスターとの戦闘勝利時に行われることが分かっている。
先ほどまで、リュウイチは大量の経験値を持っていたが、レベルは今までのままだったのだ。
そしてようやくレベルアップしたのであった。
一度に4千以上もレベルが上がった。
ちょっと何が起きているかわからない、と現実逃避しそうになる。
こういう時は体を動かしながら考えるほうがいい。
リュウイチは疫病のダンジョンの1階を端から埋めるように徘徊し始めた。
現在知られているうちで最も高レベルの探索者はレベル51であるらしい。
ということを聞けばリュウイチの絶望がわかるだろうか。
ダンジョンという不思議システムの中を探索する人類。
まるでゲームのようなシステムで、人類を奥へ奥へといざなうダンジョンであるが、人類はまだその表皮一枚ほどしか進んでいないということが分かったのだ。
少なくとも4千レベルまではその仕様のうちに想定されているシステム。
しかし人類は最大レベルが99ではないかと推測しているのだ。
海でいうなら波打ち際で遊んでいるようなものであった。
広大な海を相手にしなければならないにもかかわらず。
「――うん、まあ、いいか」
1階のマップを半分ほど歩き9個目の餓鬼玉を拾ったリュウイチはようやく気を取り直した。
ダンジョンがこの世界に現れて三十年。
リュウイチが生まれる前から存在するダンジョンだが、今のところ人類は滅亡していない。
ならばこれからも問題なく人類はダンジョンと付き合っていけるだろう。
妙なイレギュラーがなければ。
「……やっぱり公開すべきだろうか」
妙なイレギュラーに該当しそうなリュウイチは改めて頭を抱えた。
依頼キャンセルによる経験値増殖法はリュウイチしか知らない、と思われる。少なくとも実践したものはいないだろう。
なぜなら、誰かがすでに発見していたら現状はないはずだから。
リュウイチと同じようにだんまりを決め込んでいる可能性はある。
が、そうであればいないのと同じことだ。
一度のキャンセルで得られる経験値は、普通にモンスターを倒したり依頼を遂行するのと比べると圧倒的に少ない。
普通にやれば誤差である。
しかし、25日置いておくだけでレベル4千を超えることができるとしたらどうだろうか。
ゲームだったらバランスブレイクってレベルじゃねーぞ、という話である。
とはいえ20時間程度でクリアできると考えれば600時間かかっているのなら逆に非効率かもしれない。ゲームならば。
話がそれたが、リュウイチは考えた末、保留にした。
先に考えるべきことがあったからだ。
公開するかどうかはまあ明日までに考えてもいい。
とりあえず、レベルが上がったことに対する処理を済ませておかなければならないということを、10個集める依頼の9個目を入手して10個目が出ずにさまよっていることで思い出した。
さて、レベルというのは探索者クラスと呼ばれるものに紐付けられたものである。
探索者クラスというのはゲームでいうところのクラス、職業などと呼ばれるシステムと似たようなものであると考えてよい。
探索者クラスのレベルが上がることで、身体能力などの『ステータス』があがり、さらに『スキルポイント』を得る。また、スキルポイントを消費して獲得する『スキル』が新たに解放されることもある。
ステータスは探索者クラスによって偏りがある。例えば『戦士』というクラスだったら攻撃力と防御力が上がりやすいだとか。そして解放されるスキルもまた、探索者クラスによって変わってくる。
要するに探索者クラスがその探索者のスタイルを決めるのだ。
そしてどのような探索者クラスに就けるかは、その人物がそれまでどのように生きてきたかによって決まるといわれている。例外的に戦士、僧侶、魔法使い、盗賊の4クラスはすべての探索者がつくことが可能である。実にゲームのようである。
リュウイチは『サポーター』というクラスに就いていた。
つまり、サポーターレベル4016であるということだ。
サポーターになるのに必要な条件の一つはダンジョン協会の職員であることがある。
この条件はandではなくorであり、職員以外でも確認されているが、職員であれば例外なく就くことができるため、ダンジョン協会御用達クラスとして有名だ。
ステータスの傾向は体力と精神力が平均よりやや高め、ほかは平均より低めというもので、確認されているクラス全体の中では下の方だ。
ただし、このクラスの本領はスキルである。
パーティ全体をサポートするスキルに恵まれているのだ。
例えば『パーティ取得経験値増加』というスキルは、スキルレベル1で10%、5で30%も増やしてくれる。
ほかに有名なのが『帰還』である。
サポーターがホームと設定した場所へパーティメンバーごと瞬間移動できるというものだ。
さらに『所持量増加』というスキルは、自身が持っている収納の大きさを増加してくれる。ポケットや背負い袋などに、本来の容量の何倍もの体積を詰め込めるようになるのだ。
ほかにもパーティを支援するスキルが盛りだくさんで、応急処置やパーティ全員の特定の能力を向上させるなど、パーティに一人いると非常に快適にダンジョン探索を行えるだろうクラスなのである。
欠点としては、戦闘用のスキルがなく、戦力としては足手まといになりやすいことが一つ。
また、パーティ全体に効果がある分、支援効果が緩やかであることも挙げられる。
これらの欠点はパーティ内の役割が固まっていくほどに、また強敵を相手にするようになるにつれ顕著になっていく。
ゲームでいうなら、強いボスを倒すのであれば、稼ぎ要員ではなく攻略パーティで挑みたいし、アタッカーに特化した支援スキルを使いたい。パーティ全体の魔力を10上げるよりも、魔法使いだけ50上げるほうが役に立つ。といったような話だ。
さらに、現実であれば余剰人員を維持するのは難しい。
固定された人員で挑むほうが連携も深まるし報酬でも揉めにくい。レベル差がついてしまうと脱落しやすくもなる。あまりにレベル差があるとパーティによる経験値分与ができなくなるのだ。
また、レベルとスキルポイントの兼ね合いもある。トップが51なのである。最前線に居られないサポーターはもっとレベルが低いだろう。取得できるスキルポイントも限られていて、誰もが満足できるほどの支援スキルを確保することも難しいのである。他のクラスなら主軸になるスキルが一つあれば割と何とかなるかもしれないが、支援役となると難しい。
このように欠点が多く、初心者の引率や強力なパトロンがついているパーティのサブ要員以外ではほとんど見かけられないクラスなのだった。
だが、レベル4016ともなれば話は変わってくる。
スキルもたくさんとれるし、攻撃スキルが低くとも素のステータスで圧倒的差があるならばごり押しも可能だろう。
ここまでくるとクラスによるステータスの差異は誤差である。現状の最前線程度であれば。80倍だ。80倍の効果を持つスキルは見つかっていない。少なくともリュウイチはしらない。
とはいえ、トップ探索者になりたいのかというと、それはリュウイチの望むところではなかった。
今回は好奇心に負けてやらかしたわけだが、そういうのを望むならダンジョン協会職員なんかに就職していない。
だったら何を望むのかといえば。
遊んで暮らす生活である。
金の心配をせず趣味に没頭したり、旅行に行ったり、おいしいものを食べたり。そんな生活が欲しい。命がけで何かをするとかそういうのとは縁遠い生活。大変なぜいたくである。
ミイナよりひどかった。
宝くじの一等でも当たればそういう生活を始めていたかもしれない。
だが、現実にそういう生活をするのはなかなか難しかった。
それはあほみたいな高レベルを手に入れた今でもだ。
好き勝手するにはその他大勢である必要がある。唯一無二では替えがいない。
レベル4016で活動し、その能力がばれてしまえば自由な生活は失われるだろう。
これだけレベルの差があれば力で好き勝手出来るかもしれない。だが、煩わしい思いをするのではなかろうか。助けを求める者や足を引っ張ろうとする者が集まってくるだろうことは想像できる。宝くじに当たったら知らない親戚が増えるというのとおなじような話だ。
「制約を潜り抜けて公開する方法を考えるか」
高レベル者が大勢になればリュウイチの存在も埋没するだろう。
リュウイチは隠ぺいにあたり上司たちとの間で制約スキルによって結ばれた緘口契約を潜り抜ける方法を考えることにした。あとで。
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