037.デート
日曜日。
ミイナとデートである。
今日は仕事のことは忘れることにした。目をそらしているわけではない。多分。
「あら素敵。お嫁さんにしたいくらい」
「なーに言ってるんですか。ええと、まずは不動産屋でしたっけ」
「もうちょっとセキュリティ考えたいからな」
一度家に帰っていつもより着飾って現れたミイナを誉める。若干照れが入って茶化したようになったが、ミイナもそらした目が泳いでちらちらとリュウイチを見るので効果はあったようだ。
今日の予定そのいちは住居探しだ。
二人はまだ同居していなかった。
といっても以前のようにリュウイチのアパートに泊まることは多いのだが。
それぞれ独身向けのアパートに住んでいるので本格的に同居するにはいささか手狭。なのでファミリー向けの物件でも探そうか、ということで引っ越しは進んでいないのだった。
そもそも入籍が急な話であったこともある。あと忙しいし。
「忙しいのを理由に妻を放置したらだめですよ」
「してから言って」
「する前だから言ってるんです」
「んん? ああ、そうか。そうだよな」
ミイナの言いたいことを理解したリュウイチは手をつないだ。
いつも自分を気にしてくれとはいじらしい。いや、中身は周到に引きずり込もうとするアリ地獄のような女だとは知っているけれど。
今日は運転中以外はこうしておこうと決めた。ただ、まるで学生のようでものすごく照れくさい。
物件を見て回る。
セキュリティしっかり目のマンション。
探索者を呼び込むための建売。
古い家をリフォームした庭があるおうち。
とりあえずで早めに入れることを条件にすると候補も減る。
現在不動産屋は繁盛しているらしい。
200人から住居が必要になったせいもあるだろう。
それどころか多数のトップ探索者が一年このあたりに住む。
めぼしい物件は押さえられているのは当たり前だった。価格も高騰気味なんだとか。
「でも引っ越しは必要ですよね」
「いっそ会社でビル買って、社宅にでも……いや重たい資産は要らないか」
ピーチガールズから借りてろくに使ってない事務所を思い出す。
いっそあそこに住むか?
だが会社で使うようになったらトラブルの原因になるだろうか。
それにあそこは上の階にピーチガールズが住んでいる。
「訊いてみたらいいですよ」
「仕事中にデート先から電話があったらブチギレ確定じゃねえ?」
「まあまあ。あ、もしもしー。リンゴさん? そう。デート中。許して。ちょっと相談が。事務所のビルの。そうそう。許してって。え、おっけー? ありがとうございますリンゴさん素敵。それじゃまた明日」
ミイナの判断と行動が早い。
ビビって動けなかったリュウイチとは大違いであった。
「管理人さんに連絡入れておくから確認してどうぞ、だそうです。あと明日覚悟しておくようにって」
「こわい」
ということで事務所があるビルに移動した。
ピーチガールズの警備の都合、開けている部屋があるそうで。
そこでよければ入ってよし、ということだった。
管理人に案内されて部屋を見る。
「思った以上にちゃんと住居してますね」
「防音もしっかりしてありますよ。ご存知の通り、ピーチガールズが遠征する際の拠点の一つなので、彼女たちが満足する程度のお金はかかっています」
「なるほど」
案内されたのは事務所の上の階である4階だ。5階のピーチガールズの部屋の予備の部屋でもあり、増員や来客に備える意味でも確保され、結局使っていなかったという。
警備の都合関係ない者に貸すわけにもいかないのであまり使われていない。そんな事情を抱える部屋の一つ。
3LDK風呂トイレ家具付き。当座二人で住むには十分な物件だ。
特に風呂と洗面所は特に金がかかっているのがわかる。何ならすぐにでも住めるらしい。
同じ階に警備員の待機室があるのを気にするかどうか。
「いいですね。ベッドはシングル二つよりダブルに変えたいですけど。これでおいくらです? あ、今の2部屋合わせたより安い。どうですリュウイチさん?」
「世話になるか。借りを作ってばっかりだな」
「そこまで含めて彼女たちの狙い通りでしょうから、いいんじゃないですか」
というわけで入居先が決まった。
「ではもろもろの手配はこちらで進めておきます。引っ越しはいつになりますか?」
「来週日曜、でいいか?」
「他に適当な日はないですからねえ」
「ということで」
「かしこまりました」
後日、ベッドがキングサイズになっていた。リンゴの仕掛けたジョークだった。部屋が狭くなってしまったが寝室ならさほど困らなかったし買い替えると金がかかるのでそのままになった。
それから、昼食をとった。
ミイナはリュウイチの口に入るものを自らの手で支配したい系女子なのであまり一緒に外食はしないのだが、今日はいろいろあってお弁当を作る時間を作れなかったのでやむを得ず、ということで。
せっかくなのでカップルシートのあるレストランで食事をとった。
夜に行くとお高めだがランチはギリギリ手ごろな範囲に収まる程度の店だ。
ミイナが真面目な顔でじっくりと味わっているのでリュウイチが気になって尋ねると。
「リュウイチさんが気に入ったみたいなので味を再現できればと」
「いきなりキュンとさせに来るのやめてくれる?」
「ダメデース。キュン死確定です」
ゆっくりいちゃついて店を出る。
その後、軽く服などを見て、本日のメインに辿り着く。
宝飾店にはあまり縁がなかったリュウイチだが、一応人気店はリサーチしてあった。ソースは妹と母親である。年代が違う二人が同じ店を薦めていたのでハズレはあるまい。地方で選択肢が狭いということもあるだろうが。
丁寧な女性店員に話を聞きながら指輪を選ぶ。
「ダンジョン産の効果付きはさすがに値段が桁違いですね」
「無理しても買えるレベルじゃないな。微妙な効果の物を買うのもなんだし」
店内には通常の宝飾品のほかに、ダンジョン産のアイテムの特設コーナーがあった。
しかしその値段が高い。
特別な効果がついているのだから仕方がないともいえる。
いや安い物もあるのだが、それは効果が微妙だ。
取得経験値上昇+10%という効果の指輪が300万円。
一度だけ即死ダメージを肩代わりしてくれるという指輪が2億円。
使用するとパーティごと部屋の外に瞬間移動する指輪が8億円。
産出量と効果の兼ね合いでか、リュウイチには値段の法則がさっぱりだった。
「実はダンジョン産の品で特価品がありまして」
わーたかいなーすごいなーと二人が見ていると、店員がそう声をかけてきた。
「それがペアリングなのです。もちろんいわくがあるからこその特価なのですが、見ていかれませんか?」
「ペアリング。ちょっと興味がありますね」
「いわくってどんなだろうな」
店員が語ることには。
その指輪は、愛し合う男女の心を結びつけるというもので、条件付きでテレパシーのような効果を得ることができるのだという。
その名も愛の絆の指輪。
『これと同じ効果か』
『ですね』
『パーティ内意思疎通』スキルの限定版と考えればいいか、と二人は思ったが、単純な下位互換でもないらしい。
「愛は距離を超えるということでしょうか、これと同種の指輪は、地球の反対側からダンジョンの中まで会話できたという話で」
「すごいじゃないですか。なんでそれで安いんですか?」
スキルはパーティの効果が通じる範囲でなければ効果がない。
例えばダンジョンの内外、ダンジョン内でも階層が変わると。あるいは距離が離れすぎると効果を失うことがわかっている。
「愛し合う男女、というところが曲者でして」
「……あー」
「……うわあ」
聞く前から察しがついた。
例えば。
つけてみて実は愛し合っていなかったことがわかるとか。
つけていて、愛が離れてしまったことがわかるとか。
そんな事例が多数、報告されていたのだそうで。
想像するだに悲惨な話。
「別れたら要らなくなって手放すということで別れの指輪と呼ぶ者もいます」
「それはひどい」
「縁起が悪すぎる」
「というわけで、こちらの指輪は効果を利用できる方だけに、ただし格安でお譲りさせていただいております。どうですか、挑戦しませんか」
「格安の絆って」
「まあまあまあまあ。特別な絆と。実際はもっと価値のあるものですから。試してみるだけでもいかがですか?」
「カップル破壊したいのかな?」
店員さんの押しが強い。
爆弾を押し付けるかのような所業に対し、この店員さん大丈夫かなと思いつつリュウイチはミイナの様子を窺う。
ミイナは、妙に神妙な顔で考え込んでいた。
「ミイナ?」
「あ、はい。その。せっかくですから試してみませんか?」
「まじすか」
これうまくいかなかったら考えるのも恐ろしいことになるし、うまくいってもめちゃめちゃ気恥ずかしいやつではないのか。
リュウイチは正直気が進まなかったが、ミイナが乗り気なので挑戦することになった。
「じゃあ行きますね」
「ああ。せーの」
店員がニコニコと見守る中、お互いの指に指輪を通す。
『リュウイチさんどうですか聞こえますか聞こえますよねううん絶対聞こえる信じてる(リュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさんリュウイチさん)』
『え、なにこれ怖っ(え、なにこれ怖っ)』
「なにこれこわってなんですか!」
「いやだって名前連呼って一種のホラーじゃん」
『あーよかった。リュウイチさんが実はそんなでもなかったらどうしてくれようかと』
『どうされるの? あいやイメージ伝わってきたからいいよ、うん。大丈夫。ちゃんと通じてるから。監禁して朝から晩までお世話するのはやめよ?』
「やだ恥ずかしい」
「怖いわ」
愛の絆の指輪の効果は、スキルよりも開放的というか伝えようと思っていないことまで伝わってしまうようだった。
このせいで喧嘩になったカップルもいるのかもしれない。
しかし、慣れれば制御も可能らしい。スキルによって慣れていた二人は制御できそうだと判断する。
「じゃあこれと、普通のも一つ選ぼうか」
「そうですね」
「え!? お、お買い上げありがとうございます! 素晴らしい! ブラーヴォ!」
「案内してくださいよー」
リュウイチはめちゃめちゃ気恥ずかしかったが素知らぬ顔をしてごまかした。
しかし指輪のせいでがっつりミイナに伝わっており、ミイナは指輪による会話とイメージでリュウイチをからかい倒しながらリュウイチの腕を抱きしめていた。
店員はなぜかやたらテンションが上がって個室でお茶まで出してくれた。
そして互いの誕生石の指輪を注文した。
その後はスーパーに寄って帰宅。
ミイナは上機嫌で、料理の腕を振るった。
そして二人は幸せなキスをして以下省略。
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