036.リンゴ勧誘
土曜日。
リュウイチは40人と37人に説明会を行った。
入社希望者は毎日増える。もう手に負えない気もする。ただ人数を確保できるのは今しかないとも思っていた。
人数が確保できるのであれば、できることがある。
まとめ役が足りないのでそこを解決する必要はあるのだが……。
昨日、金曜日に懸念がいくつか解決したが、別の懸念もうまれた。
社員がリュウイチしかいないというのはリュウイチが独断でいろいろと決められる一方で致命的な欠点があった。
それは、リュウイチがいなくなると会社が解散するというものだ。
いなくなるというのはつまり死亡。法で定められていることなので合同会社という形態をとった以上、社員がいなくなったらその時点で解散することになるというのは避けられないリスクなのだ。
ダンジョンに関わっている限り命の危険はゼロにはならない、というのはまだ、リスクコントロールできなくもない。
しかし、先日のように命を狙われた場合が問題だった。
リュウイチは全能でも万能でもない。本気で命を狙われた場合裏をかかれるだろう。
前回はスキルの力で無事だったが、次回狙ってくる者が対策をしていないと考えるのは楽観が過ぎる。
サポーターが拡散された時点でリュウイチを狙う価値はなくなるので杞憂かもしれないし、リュウイチが死んだ後のことなんて気にしても仕方がないという考えもある。
しかし、実際に狙われた実績があり、残る人のことを考えればこのリスクを減らす必要はあった。
社員が二人になったことで、リュウイチが死んでも即解散ではなく対処の猶予が生まれる。
もっとも、マリカと一緒に行動して一緒に居なくなった場合はどうにもならないのだが。
リュウイチ死亡時にはミイナに継承するようにもしてあるが、ミイナと3人一緒に以下略だ。
もう何人か社員に迎えるべきなのだろう。
だが現在の無茶苦茶な会社の状況と命の危険を受け入れてくれなければならない。
そう、社員は命を狙われる危険があるとリュウイチは見ていた。
R・ダンジョン支援合同会社にリュウイチしかいないからリュウイチが狙われたのだと考えている。
社員が増えれればそちらも狙われてもおかしくない。
ミイナとマリカは当初からともに活動していたので例外だ。もともとターゲットでもおかしくない。
なおかつリュウイチたち同様に氾濫に対処しつつスキルを独占せずシェアも独占せず安全と自由を模索する方向で合意できるという都合のいい相手。
条件が厳しすぎる。妥協すべき点はあるだろうが、状況と最終目的を考えるとこのあたりが最低限だとリュウイチは思う。
とはいえ一つ心当たりはなくもないのだが。
「正気!?」
「気が狂ってるのかと疑われるとは思わなかった」
リュウイチは、ピーチガールズのモモとリンゴを呼び出して、話をしてみた。
その結果がこれである。
「あなたの都合ばかりじゃないの! ピーチガールズにメリットがないわね!」
「俺が死んだら乗っ取れるぞ」
「私たちお金も名誉も持ってるから苦労して稼がないといけないお仕事をずっとやりたいとは思わないのよ!」
「ですよね」
リュウイチの都合をある程度理解していて命を狙われても対処できる。
余裕があるので独占に力を割いてまで稼ごうと思わない。
会社の状況もリンゴが把握している。
ピーチガールズは都合のいい条件を満たしていた。
だが、条件を満たしているからといって、いや満たしているからこそわざわざR・ダンジョン支援合同会社に所属する必要がなかった。
「うちの名声とリンゴ目当てなんでしょうけど、おまけで全員抱き込もうってのは通らないわよ!」
「人聞きが悪い!?」
「私は条件次第ではかまいませんが」
「リンゴ!?」
「条件とは?」
リンゴが出した条件は以下の通り。
ピーチガールズの活動を優先することを認める。
リンゴの1年間『疫病のダンジョン』で活動するという制限を開放し、ピーチガールズの活動を制限しない。
R・ダンジョン支援合同会社が新たなサービスを提供するごとに1度、ピーチガールズはこれを受ける優先権を持つ。
つまり当初の契約の白紙撤回と自由の保証、そして優先権。
R・ダンジョン支援合同会社に係るピーチガールズの現在過去未来を改善しようという要求だ。
「あ! これならピーチガールズとして検討してもいいわよ!」
「あー。これだと受け入れられないですね」
モモがアヒル口でリュウイチを見る。
「なにが気に入らないのよ!?」
「これ飲んだら明日からうちの仕事しなくていいことになるから俺が死ぬ」
「チェッ」「うふふ」
現状を知っているリンゴがそんな無体な真似をしないとは思うが、やろうと思えばできることは問題である。
リュウイチは条件を訂正して示す。
1年間R・ダンジョン支援合同会社の業務を優先しその間に職務を引き継ぐものを育成する。
特例として、社員の過半数の同意を得た案件においてピーチガールズの活動を優先してもよい。また非常時にピーチガールズの活動を優先してもよい。ピーチガールズの活動中は業務執行権は凍結する。非常時の定義は別途。
リンゴの1年間『疫病のダンジョン』で活動するという制限を、1か月もしくは100階攻略まで『疫病のダンジョン』で活動するに変更。
R・ダンジョン支援合同会社が新たなサービスを提供するごとに1度、ピーチガールズはこれを受ける優先権を持つ。
「ごちゃごちゃしすぎね! こうよ!」
リンゴはリュウイチと結婚し、互いに誠意をもって尽くす。
「いやそれは無理」
「なんでよ! うちの子が気に入らないってぇの?」
「こないだミイナさんと入籍したからですよ」
「え、いつの間に同性婚OKになってたの!?」
「なんでそうなる」
モモはリンゴをリュウイチとくっつけようとしていたらしい。
「だって珍しくリンゴが積極的だからさあ!」
「余計なお世話ですね」
「偶にはお世話しようって思うじゃない!」
「余計なお世話ですねえ」
リュウイチの知らないピーチガールズ内のあれこれがあるのだろう。
女性の友情については口を挟まないのが吉であると判断してリュウイチは黙った。
しかし、わあきゃあやっているのを聞きつけたミイナが寄ってきた。
「うちの旦那が既婚で申し訳ないです。結婚式は招待させていただいてもよろしいですか?」
「あぁん!?」
「ミイナさん煽らないでこの人ノリがよすぎるからぜひ出席させてください」
火でも吹きそうなモモを後ろから抱き着いて止めるリンゴ。
首元に腕がするりと巻き付く。
極まっている。
モモがリンゴの腕をタップする。
リンゴ緩めない。
緩めない。
緩めた。
「げほっごほっ。あ、そうだ。『健康』ダイエットの情報広めといたわよ! あとあの日もめっちゃ楽になるって!」
「ありがとうございます。ピーチガールズの拡散力は助かりますねえ。リュウイチさんこの人たち飼いましょうよ。わたし面倒見ますから」
「誰がペットか! あ、でも興味ありそうな子がいるわね」
「うちペット禁止だし……じゃなくてなにそれ聞いてない」
事態が新たな局面にはいる引き金が引かれていた。
しかし明日はリュウイチはお休みである。
「ちょっと待ってください、私が対応するんですか。権限無いって月曜に投げますからね」
リンゴを社員に迎える交渉は持ち越しになった。
回想終わって土曜の深夜。あるいは日曜日の未明。
以上がこの一週間の出来事だ。
改めて、濃厚だったな、とリュウイチは思う。
これからどうなるのか、どうすべきか。
氾濫はいつ来るのか。
わからないことばかりである。
それでも明日は休みを取る。
いつまで続くかわからない非常事態。ずっと働き続けるわけにはいかない。もしかすると『健康』でどうにかなるかもしれないが。
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