032.攻略
いつも誤字報告ありがとうございます。とても助かっています。わざと誤字ってるわけではないのです。
木曜日。
今日もネットは燃え上がっていた。
SNSやアングラ寄りの掲示板ではスキルポイント獲得支援について激論が交わされている。
まだ開始1週間も経っていない。トップ探索者が次々にクラスチェンジしてスキルポイントを得たと発信しても、未だ知らない者も多く、新たに知ったものはまず何かの冗談かエイプリルフールじゃないんだぞ、といったような反応をするので話が混乱し続けている。
落ち着いて情報を分析しているものは黙って応募に走ったり、育成を受けたものにコンタクトを取ろうとしているようだった。
その陰に隠れてサポーター育成支援を行っているという情報が徐々に拡散されてきており、今まであまり日の目を見なかったサポーター界がにわかに活気づきつつある。
一方大手情報媒体やその傘下のサイトでは、外国人探索者による爆発事件とこれに関する政府の対応の是非を問う記事が多くを占めていた。
被害者については伏せられていたが、そのうちリュウイチまでたどり着くものがでるだろうことを考えると、リュウイチは憂鬱になる。
他に近隣国との関係悪化を憂う記事と超大国の大統領が緊急来訪するという記事が上位にあった。
ダンジョン協会は大忙しだ。
ただでさえリュウイチたちのせいで忙しいところに、他支部からの応援を受け入れる準備があり、さらに急遽自衛軍パーティをも受け入れなければならなくなった。
市内の宿泊施設も埋まりつつあり、ダンジョン協会から市へ要請をかけた。旧街道沿いは大昔はともかく現在は再開発の結果宿が少ない。ダンジョン需要の宿泊施設は不人気ダンジョンであることとやはり旧街道ゆえの古式ゆかしい土地柄から規模が限られていた。盆地にはそもそも平地に限りがある。
駅がある新市街にはホテルが固まってはいるのだが、絶妙に交通の便が悪いのがネックだった。
急遽旧ゴルフ場をキャンプ地として開放しようかという案まで出たらしい。ダンジョンの裏山ともいえる立地はそれだけ見れば悪くない選択にもみえるが荒れたゴルフ場を整備するのにも時間と金が……と言っていたら自衛軍が請け負ってくれるという思わぬ決着を見た。余談だが、木曜のうちに野営地として稼働を始めることになる。
近所のスーパーで総菜が一時的に売り切れたというハプニングがあったが関係あるかはリュウイチは知らない。
R・ダンジョン支援合同会社はそんな時勢を受けて、黙々と仕事をこなしていた。
新人多すぎ問題はシフトの調整で対処した。
一日業務に携わったら翌日には新人教育を担うという恐ろしい会社である。リュウイチだったらそんな会社に入りたくない。一応時間をとって順に社員面接を行いまとめ役や事務、経理ができそうな人を見つける予定である。
ピーチガールズがいてくれて助かった。いや居なければこれほど一気に増えていないからピーチガールズのせいだというほうが正しいのだろうか。
しかし一人でも多くのサポーターを世に放流するという目的をピーチガールズのカリスマが後押ししてくれているのは事実なので感謝するべきだろう。
100階を攻略してくれればもっといいのだが。
ダンジョン混雑問題がさらに深刻になったことでサポーター育成業務を他のダンジョンまで広げるか検討を始めた。問題は逆によそのダンジョン協会から応援を呼んでいることだ。育成後すぐに送り返せば勝手にやってくれるだろうか。
それから、社用車を即納できるリースで調達した。
国産の大型D式バン。荷物を載せるにはいいものだ。『秘密のポケット』があればさほど困らないが。人も乗る。『帰還』があればどうとでもなるが。
とりあえずリュウイチが必要に応じて乗り回すことになるだろう。
入籍とミイナの退職はしばらく伏せておくことになった。
とはいえ気づくものは気づくようで、元同僚のアリスと会った際には軽くからかわれた。
結婚式や双方の家族へのあいさつなども予定に組み込む必要はあるが、現状では現実的ではない。状況が落ち着いて暗殺とかテロとか心配しなくてよくなるまで待つということで合意。
電話だけはしておいたが。
ミイナの母は心配性なようで、以前遊びに行って顔を合わせた時同様、大丈夫か、うちの娘で大丈夫かと何度も確認してきた。リュウイチは早く孫を見せられるよう頑張りますと返した。
リュウイチの家族のことは割愛する。
以上のように、木曜はここ数日と比べると平穏だった。
この時までは。
「自衛軍パーティが40階攻略したってよ」
「マジかよ。到着初日だろ。こりゃトップタイもすぐなんじゃねえの?」
「自衛軍パネエな!」
様子見として『疫病のダンジョン』に進入した自衛軍パーティは4組。うち3組は6階から16階を巡回している。
そして残り1組はダンジョンの奥を目指していた。『帰還』地点を増やすことと様子見が目的である。
彼らはあっさりと攻略済み層の最深ボスを撃破した。
その情報がもたらされたのは夕方で、同時に自衛軍がさらに50階を目指して準備中という噂も流れていた。
リュウイチは自衛軍パーティが帰還した時間、午後2コマ目のスキルポイント獲得支援業務にあたっていたため直接見てはいなかったのだが、帰還直後に聞かされた。
「おいおいおい、いきなり出てきてやってくれるじゃねえの」
そして偶然にも、同行していたお客様が地元のトップ探索者だった。
『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』というガチ勢で、規模も地方ダンジョンにしては大きく子飼いのサポーターもいるため、今日以降伸びるだろうとリュウイチが予想していたチームのひとつだ。
ちなみに、パーティは6名までのダンジョンの仕様で連携できる集団を指し、チームはパーティを含む協力してダンジョン攻略に当たる組織や集団を指す。簡単に言えば予備人員を一つの集団として抱えていればチームと呼ぶわけだ。逆に例えばピーチガールズの様に警備を外注しているような場合はチームとは見ない。
チーム名の通り、ダンジョンの産物に難病に有効な治療方法につながる物を求めているチームである。
『疫病のダンジョン』はその名称から期待されている。
例えば火山のダンジョンには火に関する産物が出やすく、中には耐火性能の高い装備や耐火ポーションという火によるダメージを軽減・無効化する消耗品が手に入ったりするのだ。
ならば疫病のダンジョンでは、病気にするものから病気を防ぐものまで手に入るのではないかということである。
実際に風邪の特効薬が産出される。だが所詮風邪である。されど風邪ともいうが。手洗いうがいをしていれば予防できるし既存の治療法もあるので極端な高額で売れるほどの需要はない。医者に掛かって既存の薬を処方してもらう倍ほどという末端価格なので買取価格はもっと下がる。それだけを目当てにするには労力に見合わない。さらに言えばここでしか取れないというわけでもない。
とはいえそんな、ダンジョン以外では画期的な薬が手に入るくらいなので難病の治療手段が出てもおかしくはないというわけだ。
『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』は真面目に希望を求めていた。
「初討伐を譲るわけにはいかねえなあ」
ボスをそのダンジョンを通じて最初に倒すと、そのボスが落としうるすべてのアイテムが手に入るといわれている。
リュウイチはもちろんその場に立ち会ったことはないが、その最初の一度でしか確認されていない物もあるという。
もちろん入手しても他言しない場合はあるだろう。
しかし、ドロップ率が極端に低い場合はそういうこともありうる。
そしてドロップ率が低いアイテムは効果が高い傾向にあった。
さらに。
他言しない可能性は、初討伐の際にもありうることだ。
確実に把握できるのは討伐したパーティのみ。
公開したとしても、それがすべてとは確定できない。
貴重なアイテムはそれを求めて奪い合いが起きることすらある。
身の安全のため、入手しても秘密にする選択はある。
「なあリュウちゃん、俺らは50階を攻略できると思うか?」
『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』のリーダーが、リュウイチに尋ねる。
リュウイチが就職したころには彼はすでに『疫病のダンジョン』のトップ探索者パーティだった。
新人時代からいい意味でも悪い意味でも可愛がられてきた馴染みである。
「それは皆さんが一番わかってると思いますが、あえて言わせてもらうのであれば、力押しが通じるなら楽勝、そうでなければこのダンジョンに一番通じている皆さんが一番有利、そう思います」
「んだな。あとは何階まで行けるかだが」
「それはさすがに」
「ああ。……拙速なるを聞くも、いまだ巧の久しきを睹ざるなり、か。よし、お前ら、すぐに準備して潜るぞ。取れるところまで取る!」
「おう!」
こうして『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』はダンジョン攻略を開始した。
『ピーチガールズ』の方針とは逆の選択である。
リュウイチはどちらが正しいかの判断はできなかった。
ただ、確かなのは自衛軍と『難病の治療法を探そう会疫病のダンジョン支部』に触発され、後を追うパーティがいくつか出たという事実である。
「ピーチガールズはいかないのか?」
リュウイチはちょうど通りかかったピーチガールズのリーダー、モモに尋ねた。
なぜかコスプレをしているモモ。鬼と戦う古い作品のものらしい。
今日5人そろってコスプレしてきて叱られていた。結局今日だけという条件で認められていたが。それぞれのメインクラスに合わせたコスプレらしい。先日のえっちぃやつと比べると露出は控えめだった。期待していたわけではない。
リュウイチは巫女さんの袴は動きにくいんじゃないかと思った。慣れたら平気なんだろうか。
「今のところ『帰還』地点の更新だけね! 行き詰まるか100階が見えてきたらかしらね!」
R・ダンジョン支援合同会社の業務終了後、ピーチガールズが集まってダンジョンに入っていることをリュウイチは知っていた。
サポーターを6人全員組み込める彼女たちは現時点で世界トップパーティになる素養があるといっていい。
モモはその力を保険として待機しながら力を貯め続けると言っている。
以前リンゴが言っていたチキンレース。いつどこで動くか。その焦点を100階と見たらしい。その根拠の一つはきっと氾濫の件だろう。
「もし私たちもだめならあなたの番ね?」
「そんなことにはならんだろうし、俺がアンタたちよりうまくできるとは思わないよ。っていうか縁起でもねえ」
リュウイチに顔を近づけてにやりと笑うモモ。リュウイチは少しだけ身を引きながら首を振った。
「ちょっと、フラグっぽいやり取りはやめてくださいよ。早く報告会いきますよ」
そしてミイナが呼びに来て。
まさかあんなことになろうとは、この時リュウイチは予想していなかった。
面白かった、続きが気になると思ったら、いいねと評価をお願いします。




