029.ミイナと
「え、10人も?」
「ええ、さすがはトップ探索者ですよね。勧誘力が違います」
「勧誘力ってなんだよ」
「外見と肩書にいっぱいついてくるやつです」
「やつかー」
水曜晩、帰宅するとミイナがすでに料理を作って待っていた。
こちらに戻った時点でほかの従業員は解散しており、ミイナが今日の資料の類を持ち帰ってくれていた。
ダンジョン協会の会議室で残業させないため。それは食事の提供タイミングを計るためだ。ミイナはそういうことをやる。
そして今日の報告書に目を通したところ、従業員を10名勧誘成功したというのだ。一日で。
いずれもピーチガールズが担当した組による勧誘だった。
今日はミイナと新人さん、ピーチガールズ2名ずつ2組がサポーターおよびダンジョン協会職員育成、リンゴとピーチガールズのリーダーモモがそれぞれワンオペで2組、100ポイント100万のスキルポイント獲得させます業務を行っていた。
本来はR・ダンジョン支援合同会社の従業員ではないリンゴ以外のピーチガールズにこちらの業務を、それもワンオペで任せるつもりはなかったのだが、リュウイチが抜けた穴を埋めるため、やむを得ず任せることになった。こちらの都合でキャンセルとなるのはいろいろな意味で都合が悪い。
こちらはほとんどがトップ探索者であることもあり、初日の新人に任せるほうが無茶だった。
報酬とか契約とか面倒な都合はリンゴが調整し、ピーチガールズの5人はダンジョン協会の臨時職員でありながらR・ダンジョン支援合同会社への出向従業員という形に整えてくれたのでセーフということにしておく。ピーチガールズの内部で調整がきくからできた荒業だ。
というわけでスキルポイント獲得業務はピーチガールズの顔のでかさもあって問題なく終わった。
問題は、というのもおかしいが、サポーター育成業務の方であった。
10名勧誘。今日の新人と明日から3人、リュウイチ自身とマリカ、リンゴ。4人から14人になるわけだ。普通ならそんなに新人を入れたら回らなくなるだろう。
「リュウイチさん、残念でしたね。ハーレム終了のお知らせ。男性が5人も入るそうですよ。うち一人は先日のユウキくんです」
へっへっへと笑うミイナ。
ユウキくんはマリカと一緒にサポーター育成を受けた男子高生だ。その時と状況が変わり、与えたスキルポイントが少なすぎてちょっと申し訳なかったので月曜に声をかけておいたのだ。それで今日の最終枠に入って改めて育成を受けていた。
学生だから入るといってもアルバイトになるだろうか。土日か平日の最終枠か。
ピーチガールズの勧誘内容の一部を再現しよう。
「今R・ダンジョン支援合同会社がサポーターの従業員を募集してるデース。入社したらワタシたちとペアで働くことになるかもしれないデース」
「マジっすか。やります」
以上。
ピーチガールズは近隣での知名度は高いしグラビア写真集が出るくらい人気がある探索者パーティだ。
リュウイチも初対面がまともな格好であれば認識できていただろう。
男性ファンも女性ファンも多い。サポータークラスでくすぶっていたダンジョンに興味はあるが能力や経緯から進めなくなった層にとっては特にあこがれの的だろう。
自分で頑張ると言っていたユウキくんもその誘惑に負けたのだろうか。
そして、一応R・ダンジョン支援合同会社とダンジョン職員の二人一組で動くようにしたい。したいと言いながら今日はそうできなかったが。ミイナはリュウイチの、ピーチガールズはリンゴを介した身内枠ということでセーフ。多分セーフ。
「毎日増えるかもしれないな」
「上限決めます?」
「うーん、会議室に入れる範囲で」
「だと50名までですかね。リュウイチさんそんなに管理できます?」
「わかんねえ。あてにしてる」
「ああ、早く退職したいです」
湯飲みに口をつけてミイナがぼやく。
「じゃあこれ書くか?」
「はい? え、ちょっと。何考えてるんですか」
それを聞いたリュウイチが取り出したのは婚姻届だった。
ここのところ役所やら回ることが多かったのでついでにもらってきたのだ。どうせそのうち使うと考えて。
「どういうタイミングですか。もっといい感じの雰囲気で書きましょうよ」
「今更そんなでもないだろ」
ミイナの本性は先日ばれているし、早く退職したいというのは早く結婚したいと催促しているのだと解釈したのだが。
「なに言ってるんですか。何歳になってもどんな関係を築いていても女はいつだって乙女なんですよ! ちゃんと考えてくださいよ。はいどうぞ」
「文句言いながら書くのめっちゃ早いじゃねえの」
リュウイチから奪うように婚姻届を取り上げすらすらと記入するミイナを見ると正解だったらしい。
会社はしばらくバタつくだろうが、コネクションと実績から見てなんとかなりそう。
一か月もかけずに目途は立った。条件は満たした。
ここのところ、女性と知り合う機会が多く、ミイナが笑顔ながらもピリピリしていたことには気づいていた。
何かしらの形で安心させようと、リュウイチは考えていたのだった。
「当たり前ですけどちゃんとプロポーズしてくださいよ」
「じゃあ週末指輪買いに行こう」
「はい行きましょう……あ、今のはプロポーズに数えませんからね。じゃあはない」
「えー。それでいつ提出する? 日付にこだわりがあるなら調整できるって。24時間休日でも出せるらしいぞ」
「知ってますよ。今から行きましょう。ほら早く。はりーはりーはりー」
「まじすか、じゃあちょっとまってくれ」
リュウイチはミイナに向き直った。
「ミイナ、愛してるから一緒になってくれるか?」
「愛してますから一緒にいてくれるならいいですよ」
しばらく見つめあい、お互い顔を赤くして視線をそらした。
「おっけ?」
「おっけ」
その後、片道30分かけて夜間窓口がある市役所へ車を走らせ、婚姻届を提出。なにやら受け取るべき書類は改めて取りに来る必要があるらしい。しかし受理はされた。
その後は燃えた。
面白かった、続きが気になると思ったら、いいねと評価をお願いします。




