028.樹海ダンジョン
自衛軍というのはかつて自衛隊と呼ばれていた組織が名前を変えたものだ。
他国でダンジョンの氾濫が起きたことを受けて憲法が改正されて再編された。
何が変わったかというと、行動ルールが変わったそうだ。
かつては、やっていいことがルールで決められていて、ルールに沿った行動のみ許されていた。
軍となってからは、やってはいけないことがルールで決まっていて、非常事態においてはそれ以外のあらゆる手段を選択肢に入れられるようになったらしい。
前者は、想定されていない状況では行動できない。極端な話、モンスターはルールに書かれていないので攻撃できない、などという状況が生まれるのだ。
書けばいいじゃんと思われるかもしれないが、あらゆる状況をルール化することは整備も運用も現実的ではない。それでも当時は可能な限りの状況を想定して設定していたそうなのだが。
やはり何が起きるかわからないダンジョン災害には対応できないと、氾濫の経緯とその結果から判断されて、根本から改正されたのだ。
もしそれより前に氾濫が起きていたら恐ろしい被害が出ていたかもしれない。
つまり、自衛軍の存在意義は対外戦争に限らず、なんならダンジョン対策にこそあった。
そのため、いくつかのダンジョンを管理という名目で独占しており、元ダンジョン協会職員であるリュウイチはそれが事実であると知っていた。
そのため、自衛軍人はダンジョン経験を積んでいる。民間と違い利益を追求しなくてもよいことから、サポーターなどの支援クラスも高レベルに達している。
「めっちゃ楽ですね」
リュウイチが正直なところを口にすると。
「下手に手を出すと効率が落ちそうですな」
横を歩いていた警官の一人が頷いた。
『樹海ダンジョン』は自衛軍が管理するダンジョンである。
この度、リュウイチは自衛軍人と警官、内閣調査室の人を連れてスキルポイントを稼ぐにあたり、自衛軍から使用の提案があった。
最初の2度のクラスチェンジを『疫病のダンジョン』11階で行い、自衛軍人の『帰還』で移動して、そして自衛軍人2人が主導している。
二人で互いに死角を埋めつつ先に先行し安全を確保して後続の4人を呼び寄せモンスターを見つければハンドサインで状況を伝え、奇襲、あるいは強襲を行い撃破する。
正直そこまでしなくとも無傷で殴り倒せるのだが、感知系のスキルを使いながら普通に移動するのとさほど変わらない早さだった。
『樹海ダンジョン』のモンスターはゾンビなどのアンデッドで、首を落とすか頭を砕けば倒せるのだが、流れるような動きで狩っていく。これがサポータークラスだというのだから驚きだ。
リュウイチの子どもの喧嘩スタイルとは比べるのもおこがましい。
というかハンドサインかっこいいよね、とリュウイチの男の子の部分が反応してワクワクする。
「実に手慣れていますな」
「スキルに依存しない技術ですね。フルメンバーでなくともこれだけ動けるなら6人になるとどうなるのか」
「トップ探索者のみなさんもこんな感じなんですか?」
「どうでしょうね、実際にトップ探索者のパーティに入ったことはないですし、手の内をあまり広めたがらない業界なので」
後ろから後を追うだけのリュウイチたちは邪魔にならない程度に気を使った声量で雑談をしながらついていく。
警察は基本的に対人で、さほどダンジョン探索には力を入れていない。むしろ探索者対策がダンジョン利用の中心だ。
今後ますます探索者が強化され、またできることの幅も広がるため、求められる仕事の量と質は増えるだろう。
長距離を一瞬で移動する『帰還』なんて広まったら大変だ。時刻表トリックも不要になってしまうし密室殺人も簡単だ。しかし広まるだろう。大変だ。
フィクションはともかく、スキルの犯罪利用にどう対応していくか。
警察の苦悩は続くだろう。
リュウイチは心の中で合掌する。
なお内閣調査室についてはリュウイチはさっぱりわからないので想像もできない。移動に『帰還』を用いていたあたり、少なくともダンジョンの情報はおさえ、利用しているようだが。
『樹海ダンジョン』は木の幹や根、下草といった障害物が多く、頭上には枝が張り出していて時折ゾンビが降ってくる。
『疫病のダンジョン』と比べても迷いやすい。通路がわかりにくいし通った路も枝に隠れて分からなくなる。
迷いの森とも呼ばれ、遭難者が続出、また演習場が近かったこともあり自衛軍が管理することになった経緯がある。
そんな場所をすいすいと進む自衛軍人の2名。
単純に慣れもあるだろうが、より明確なノウハウが、そして訓練の積み重ねがあるのだろう。
陸の男性はともかく、海の女性も樹海に熟達していて手法を共有しているのだから自衛軍の力の入れようがわかるというものだ。
「ああ、それは違うんです」
というのは海の人。
ダンジョン端末操作ついでの小休止の際尋ねてみると、そう答えが返ってきた。
任意で受けることができる研修があるそうで、毎回のように参加しているらしい。
この研修に幾度も参加する人数はさすがに限られるのだそうだ。今回の二人はその数少ない中に入っている。
普段はカレー作ったり以前はヘリに乗ったりあるいは穴を掘ったりコンクリ混ぜたりしていたとのこと。
一般人が面白がりそうなところを抜粋しているのだろうとリュウイチは受け取った。
「基礎的な知識や動きを共有して別パーティと組んでも一定の連携をとれるようにするのは民間でも導入できると思いますか?」
せっかくだから参考にできればと、リュウイチは尋ねた。
「どうでしょうね。規律と訓練を維持できればでしょうか」
「それじゃあ難しいですかねえ。新人探索者の研修プランを検討していまして」
「ほうほう」
自衛軍のやり方はスキルだけに頼らず技術と知識を磨き、組織にフィードバックしてさらに更新していくことを繰り返してきた結果生み出され今も更新され続けているものだ。
今後、スキルがより普及すれば個人の持つノウハウよりもスキルの価値が上がり、スキルに頼らない技術や知識が軽視されるようになるかもしれない。
しかし、スキルポイントが豊富にある環境に変わっても、突き詰められていけば結局使い手の運用次第で優劣が決まる環境に回帰するだろう。
ゲームで最強キャラが実装されたらみんな最強キャラを使うので結局プレイヤーの腕の勝負になる、といったような話。
一時的に不要に見えても後々重要になることはわかっているが、今後の新人にそれを伝えるにはどうすればいいだろうか。
リュウイチは相談してみた。
「では訓練を体験してみるのはどうでしょう」
「うぇっ!?」
思わず嫌がって変な声を漏らしたリュウイチは5人にそろって笑われた。
軍の訓練など、いや警察の訓練であっても、デスクワークメインだったリュウイチではついていける気はしないし単純にしんどいのは嫌だ。
とはいえ、自衛軍からノウハウ吸収出来ればそれは今後の活動において武器になるだろう。
「といいますか、そういうことができるんですか」
「話の持っていき方でしょうか。民間の自衛力が上がれば自衛軍の負担も減るでしょうからね。警察の苦労は増えるかもしれませんが」
海の人はちらりと警官二人を見る。
「まあそこはダンジョン協会の自浄作用にも期待する形で。ここだけの話、探索者の確保に上位の探索者の方の力をお借りすることもありまして」
警官の一人がそう答えた。
探索者の能力に最も精通しているのは探索者だ。またある程度のレベルになると身体能力の差が大きくなり非探索者では太刀打ちできなくなる。
民間人とはいえ、頼らざるを得ない状況があるのだろう。
と。そんな話を挟みつつ、無事国からの依頼は終了した。
3時間と少々の付き合いだったが話の流れで連絡先を交換し今後につながる、かもしれない関係となった。
サポーターは面倒見がいい傾向にあるというのは事実かもしれないと。そして訓練の話通ってしまったらどうしようかとリュウイチは思った。
彼らはこれからそれぞれの所属組織で育成役を務めることになるのだろう。
当面は忙しいだろうから、大丈夫だろう。
何がどうして大丈夫なのかは考えず、リュウイチは安心していた。
これで懸念の一つ、偉い人に使い潰されるというものを回避できたはずだ。
それにしても今日は気疲れした。いっぱいやって寝よう。そう思いながら『帰還』するのだった。
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