027.圧迫面接
リュウイチはさらなる追求が来るかと思ったが、厚労省の人は黙り込んでしまった。
そして再び正面の内閣調査室の人が口を開く。
「次の質問に進めます。クラスチェンジ後のトップ探索者を『疫病のダンジョン』に拘束しているというのは事実かね?」
「1年間『疫病のダンジョン』で活動するという条件をつけて契約しているのは事実です」
「なぜそんなことを?」
「信用していただけないと思いますので言いたくありません」
いきなり正直に言ったところであまりに現実的ではない。
リュウイチは手続きとして一度回答を拒否した。
「嘘かどうかはわかるスキルを持つものが居るのだが?」
「あのスキルは本人が事実だと信じていれば反応しません。例えば、他者に吹き込まれた嘘や夢や幻覚で見て事実と錯覚しているものには」
これが『嘘感知』スキルの弱点。
他に、パニックを起こしたり正気を失って自身が何を言っているか理解できない場合や、体を乗っ取られたり何らかの手段で操作されている場合なども穴である。
「では君が事実だと信じていることを話したまえ」
「はい。氾濫への対策です」
リュウイチは、ようやく黄昏の世界であったことを話した。ミイナとマリカが同行していたことは言及しなかった。調べはついているだろうが、あえて言う必要もない。
「聞いているとまるで神様にでもあったかのようだな」
「そうだったとしても驚きません」
室内に並ぶ面々の表情は渋いものだった。
何せ証拠がない。
氾濫がおこる、かもしれない。
日曜晩の時点で、今日明日ではないが近いうち。つまり今日、水曜はすでに起きてもおかしくない時期に入っている。
止めるための条件は、100階の鬼を倒すこと。現在の最深攻略階層の2倍以上だ。
また、ダンジョン内の鬼をたくさん倒すことで時間を稼ぐことができる。どれだけ倒せばどれだけ延長できるかは不明。
いちいち情報があやふやで、仮に信じても対応が難しいものだった。
非常事態を宣言して付近の国民を避難させるとして、どの程度の範囲をいつまで避難させればいいか見当もつかない。
神様と見まがうような存在の時間感覚が、人類のそれと同じとは限らない。
近い内というのが明日か1年後か10年後かわからない。
この国にはほかにもダンジョンがある。
いつ来るかわからないがそのうち来るという災害に一か所だけ備えるというのは国としては難しい。備えるならすべてのダンジョンに手配することになる。そして規模が大きくなると時間がかかる。
近いうちに起きるとされている『疫病のダンジョン』で起きる氾濫に間に合わないかもしれない。
『疫病のダンジョン』の立地もあまり都合がよくなかった。
いわゆる車がないと生活できない地方都市の、過去合併した人口の少ないほうの側にある。開発が進んでいるのは新道沿いだけで、一本道を入れば昔ながらの田舎町だ。
旧街道沿いにある盆地で、東西に道が伸びており、川を下るように新市街につながっている。
輸送力のある公共交通機関は新市街側にあり、ダンジョンまでは数十分、接続が悪く渋滞しやすいためもっと時間がかかるかもしれない。
何かが起きた時、即応し戦力を集中することも、危険地帯から避難することも、難しいのだ。
国内で氾濫はまだ起きていない。そのせいもあってか、地震や台風への備えほど、対策は進んでいなかった。
そして、移動が難しいなら常駐するしかない。
副産物として、ダンジョンでモンスターは間引かれ、攻略も進むかもしれない。なんなら100階まで到達する可能性もある。
いくつか穴や希望的観測が含まれるが、『疫病のダンジョン』の氾濫対策だけを考えるなら、探索者の攻略ダンジョンを制限することは意味があるし有効だった。
しかし。
内閣調査室の人が尋ねる。
「ほかのダンジョンはどうするのかね?」
「それを考えるのは一民間人の私ではなく、ダンジョン協会やダンジョン庁あるいは行政の仕事だと思います」
リュウイチがそう言うと、内閣調査室の人は淡々と返した。
「無責任では?」
改めて、リュウイチは自分に向けられる視線が強くなったことを感じた。
しかしそれをはねのけるように口を開く。
「国内の氾濫対策が足りてないことが開業したての一企業の責任になるのでしょうか」
暫時、沈黙が落ちた。
「次の質問に進めます。R・ダンジョン支援合同会社に業務停止を要請することは可能かな?」
「氾濫対策をお任せできるなら。それと休業補償をいただけるのなら弊社はかまいません」
「補償か」
目下の課題を丸投げできるならもろ手を挙げて賛成する。
しかし、国という規模の組織は初動に時間がかかるのもわかっている。リュウイチが独自に動いているのはそのためで、この呼び出しも思ったより早かったと感じているくらいだ。
そして、すでに人を巻き込んでいる以上、安売りはできない。ここで引いたら詐欺師か何かと思われるかもしれない。それも相手は天下のトップ探索者たちを筆頭としたダンジョン業界だ。仮にひっこめるなら相応の代償を。できれば現状を維持できるよう、理屈の上では妥当な要求をする。
「はい、実績からして7億ほどいただきたい」
「欲張りすぎではないかね」
「サービス開始初日に4.5億、2日目に9億程度売り上げまして、今日も私もいれば10億前後売り上げが上がる見込みでした。一日7億は少なめに見積もっていると思うのですが」
「1日だと?」「ぼったくりすぎでは」「むちゃくちゃだ」
ざわつく室内。これまで黙っていた者も思わず声を漏らしていた。
実際のところ、スキルポイントの価値は今から下がる。暴落する。応募キャンセルも多く出る。なのでこの価格はそう長くは続かない。
トップ探索者が金を持っていて焦りもあるため成立する価格だ。
逆に、この一番の稼ぎ時に業務停止を求められるならこれくらい請求したいのはリュウイチの本音だった。
「ああ、それから」
「なんだね?」
「要請を受けた結果探索者の方々がどう思うかは弊社が関知するところではないです」
「そうか。そうなるだろうね」
国からの指示でもうやめますと言ったらどうなるか。
恨みは国に向かうだろう。リュウイチは恨みをそらすため国からの指示ということ全力で強調して頭を下げて回るつもりなので。
その後はすでに受けたサポーターたちの奪い合いになるだろうか。
R・ダンジョン支援合同会社が活動を停止してもそれ以外のものには関係ない。
すでに便乗して募集を始めた者も、明らかに詐欺っぽい者も出現している。ダンジョン協会を経由しないで金をやり取りするようになっているのはほぼクロだろう。
まあリュウイチには関係ないこと。同業他社が出るならいいぞガンガンやれと思うし取り締まるのは警察のしごとである。
「次の質問に進めます。警官や自衛軍の人員の育成を優先して受けてもらうのは可能かね? その費用はどうか」
「喜んで承ります。サポーターをこちらで育成してしまえばあとはそれぞれの組織で独自に育成できるようになるかと思います。サポーターに限り1万円で承っておりますが割り込みになりますので他クラスの場合と同じだけ請求してもいいでしょうか」
「それで利益は出るのかね?」
「100ポイント100万円、一般のお客様には5千ポイント程度持ち帰ってもらうことが多いです。即対応できるのは皆様合わせて5名までとさせていただきたく。お待ちのお客様がいらっしゃいますので。5千万の5倍で2.5億というのが見積もりとなります」
「それはそれで、高すぎないかね? いやそれであの売り上げということか」
「はい。正直に申しますと近い将来値下げするでしょう。この価格は少しでも早く育成を受けるための特別料金と取っていただきたい」
1日あればどれだけのスキルポイントを稼げるか、あるいは何人の育成が可能か、と考えた場合、大きな組織は少しでも早くサポーターを獲得したほうがいい。サポーターがいればいるだけ、鼠算式に増えるのだ。大きな組織ならサポーターに就ける素養の持ち主にも事欠かないだろう。
集団行動にも慣れているだろうし、効率はR・ダンジョン支援合同会社を超えるに違いない。
「次の質問に進めます。他国の工作員の育成をしないことはできるかね?」
「できません。我々では見抜けません」
ただの協会職員だったリュウイチにそんな技術はない。
「他国人をすべて断ることは?」
「政府からの指示と伝えてよければ。それと、質問なんですが、他国の工作員は他国人だけでしょうか? また外見と探索者証を偽装された場合わからないかもしれません」
「現実的ではないか」
他国の探索者を断ればバッシングを受けることは間違いない。他国人差別がどうとか以前にその他国からもだ。世界の土台を塗り替える技術を独占するのかと。
そして制限しても流出は避けられない。国というものは必要とあらば手段を選ばないだろうからだ。金、人質、ハニートラップ。従わせる手段は古来数多くある。
リュウイチたちがすでに広めている育成手法とその成果であるサポーターは今も増えている。そのうちすべてが誘惑や脅迫にあらがえるかというと、この場にいる者はそこまで楽観的ではなかった。
「よくわかりました。私は先行者利益を確保すべきと上申するつもりです」
「やむを得んか」
「彼を使う必要はないのでは?」
「ほかを探すにしてもどれだけ使えるかの調査からになりますから」
「実績がある相手が目の前にいるんだ。即応できるというなら任せればいい」
リュウイチの前で口々に感想を述べる方々。
あえて聞かせているだけで結論は出ているのだろう。
リュウイチは黙って待った。
そして、サポーター適性がある自衛軍人2名と警官2名、そしてリュウイチを迎えに来た内閣調査室の人を今日2コマ使って育成することに決まった。5億の売り上げの見込みである。
それから圧迫面接は終了し、リュウイチは退出、自衛軍人と警官の招集を待つための控室に案内される。
控室の扉が閉じられたあと、リュウイチはつぶやいた。
「あー怖かった」
面白かった、続きが気になると思ったら、いいねと評価をお願いします。




