026.会議室
水曜日の朝。
ダンジョン協会の会議室で行われる打ち合わせで、リンゴのメイド服姿が皆に衝撃を与えた。
「なんでメイド服やねん」
「アサシンメイドなので」
「はははのは」「ふふふのふ」
一番ダメージの低かったリュウイチはツッコミを入れた。
新人さんは自分もコスプレしなければならないのかと真面目な顔で質問をしてきた。
ミイナはにこやかに「ずいぶん仲良くなったんですねー」と、リュウイチに詰め寄った。
ピーチガールズの面々は目を丸くしていたし、ダンジョン協会職員は写メを頼んでいた。
メイド服はもちろん、探索者の装備として一般的ではない。
リンゴのようなメイド系クラスであれば意味がなくもないが最上位の装備と比べると劣る。そして今のリンゴはサポーターメインである。
つまり見た目だけの趣味の格好だ。人目を引くので客寄せにはなるかもしれない。客寄せの必要がないくらい応募が来ているが。
装備は消耗品なので、ピーチガールズの他の面々も一線用装備はつけていないが、それでもコスプレはしていない。ネタバレになるが木曜にはコスプレをしてダンジョン協会に叱られることになる。一応職員扱いだから制服を着なさいと。
そんなささやかなお茶目に始まり、新人の紹介、続いて今日の予定を配布しようとしたところで。
「リュウイチ、急ぎだ」
「課長。すぐ行きます」
課長が現れ、リュウイチを呼び出した。
リュウイチはリンゴに後を任せ、リュウイチが一日動けない可能性を考慮したプランBを指示した。
今日は先日のユウキくんの再育成を予定に入れていたのだが、残念だ。
課長に連れていかれた先はダンジョン協会の支部長室だった。
そこには支部長と、知らない男性が待っていた。
「R・ダンジョン支援合同会社のリュウイチさんですね。我々はこういうものです」
名刺交換を行う。
彼らは内閣調査室の人間だった。
「内閣調査室? ダンジョン庁ではなく?」
ダンジョンおよびダンジョン協会は、ダンジョン庁の管轄だ。
その頭越しに内閣調査室からリュウイチに面会に来る?
「恥ずかしい話だが、いくつかの省庁でどこが主導するかでもめてね。」
「はー。聞きたくないでーす。どうすればいいでしょう」
フィクションの世界ではこの国のスパイ機関のように扱われることの多い内閣調査室だが、現実ではどうなのかはリュウイチは知らない。ただ、なんだか大変そうだなと思いました。関わりたくない。そのためにこそこそしていたのに。氾濫なんかあるから。
リュウイチは心の中でため息をついた。
「『帰還』で案内する。細かいことは聞きたくなーい、と思うのだがどうかな?」
「了解しました。一応確認ですが、断ることは可能ですか?」
「可能だが、聞きたくなーい理由からやめたほうがいいだろうね」
「すみません、吹き出しそうになるので許してください」
「ははは。では行こうか。支部長、彼を借りていきます」
「うちの所属ではなくなったが大事なビジネスパートナーです。早めに戻していただきたい」
「善処いたします」
「支部長、課長、うちの部下たちをよろしくお願いします」
「気をつけてな」
さてどう気をつければいいのか。リュウイチはわからなかったがとりあえず課長に頷いておいた。
『帰還』によって連れてこられたのはおそらく首都だろうと想像するが根拠はない。
内装も窓もない小部屋に出現し、そこから廊下とエレベータを乗り継いで移動した。
そして一つの立派な扉の部屋にたどり着く。扉の上にはそっけなく第4会議室というプレートが付いていた。
「ここだ。失礼いたします。リュウイチ氏を案内してまいりました」
「入りたまえ」
室内には、10人ほどの壮年の男女が、コの字型に設置された長机についていた。
コの字の空いた場所には椅子が一つ置かれており、リュウイチはそこに座るよう指示される。
リュウイチは、彼らの見回して全く見覚えがなかったことから、著名な議員や閣僚ではないと判断した。次官以下の官僚だろう。
そして実際に紹介されてみると、予想は当たっていた。
ダンジョン庁、厚労省、防衛省、法務省、文科省のナンバー2から4あたりの肩書を持った人たち。絶対忙しい人たちである。よくリュウイチのために集まったものだ。
内閣調査室所属がリュウイチを連れてきた人と合わせて2名。
そして自衛軍から4名。万一の際の制圧要員だろうか。こわい。
「さて、R・ダンジョン支援合同会社代表、リュウイチ殿。この度は君に尋ねたいことがあって御足労いただいた」
正面に座っている内閣調査室の人が話を主導するらしい。
リュウイチは大きくうなずいた。協力的な態度を見せなくてはならない。
「はい。何なりとお聞きください。でも、あまり脅かさないでもらえるとありがたいです」
「申し訳ないが我慢してくれ。彼らも仕事だからね。それと、嘘感知のスキルの持ち主もいるので発言には気を付けてくれ」
「わかりました」
自衛軍の人がめっちゃにらんできて怖いとリュウイチは震えたが改善されなかった。
「さて、我が国が抱えるトップレベルの探索者をクラスチェンジさせているというのは事実かね?」
「事実です」
そこで横から口が挟まれた。
「なぜそんなことをする? 彼らは抑止力としても重要なのだがね」
左側に座っている防衛省の人が低い低ーい声で。リュウイチは怖くてそちらを向けなかったので正面を見たまま答えた。
「調べてないんですか? 私がやっていることを知っているから呼んでいただいたのだと」
「なに?」
「スキルポイントを大量に稼いでもらうために、クラスチェンジしていただいております。この条件は本人も納得の上ですし、彼らは抑止力についてはなにも仰いませんでした」
リュウイチが直接担当しただけで、すでに20人。ピーチガールズを合わせるとさらに5人に、リンゴが担当した8名。トップ級かそれに準ずる探索者をクラスチェンジさせている。
レベル40前後はすでに常人の域を超えた戦闘力を持っており人によってはスキルや魔法によって物理法則を超越する。大量破壊兵器の実戦投入を避ける場合、探索者は非常に強力な兵器となりうる。手軽さとコストは大量破壊兵器とは比較にならない。
そしてそれはお互いさまで、各国に強力な冒険者が居ることで、いざというとき互いをけん制しあうと考えられていた。
「そのスキルポイントを稼ぐとどうなるのかな?」
厚労省の人が片手をあげて発言する。
「探索者の力の源の一つであるスキルを今までになく強化できます。レベルが下がった分を補填できるかは人によるでしょう。同じレベルまで上げなおせば何倍も強力になるのは間違いありません」
「強くなるだけかな?」
「スキルと使う人によるでしょう」
「『健康』というスキルがあると聞いたのだが?」
来たか、とリュウイチは思った。
厚労省と聞いた時から嫌だなあと思っていたのだ。
「ありますね。体調がよくなり、体質も変わります」
「医療に対する影響はどうだろう」
「判断できるほど医療に詳しくありません。医者ではないので」
「そうか。所持しているなら個人的な感想を聞かせてもらいたい」
「『睡眠』の効果と合わせてですが、寝起きがいつも最高潮の時のようになります。便通もいいです。筋肉痛を覚えることがほとんどなくなりました。鼻炎気味だったのもなくなりました。疲労からの回復も早くなります。あとは夜の調子もいいです」
「もういい。なるほどね」
健康のレベルをとことん上げた場合、医者の仕事が大きく減るかもしれない。それはいいことだが悪いことでもある。
さらに回復魔法もある。
高度な使い手が少ないことであまり影響がなかったといえるが、今後はそうはいかなくなるだろう。
スキルポイントの増殖は医療業界にとってはとんでもない逆風なのだ。
医者にかからずに済むということは幸福なことだが、技術や知識の蓄積継承に支障が出るようになるレベルだと話が変わってくる。
そして利権。
世界が変革する時には、利権問題が必ず立ちはだかるものだ。
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