024.臨時職員
火曜日の朝、リュウイチは課長に5名の臨時職員を紹介された。
「よろしく、R・ダンジョン支援合同会社のリュウイチさん!」
「よ、よろしくお願いします」
リュウイチの顔は引きつっていただろう。
ピーチガールズのリーダー、モモ。
そしてほかのメンバー4名が並んでリュウイチに手を振っていた。
昨日と違うのは、彼女たちがダンジョン協会職員の制服を身に着けていることと、後ろにいるのが金髪ガンナーシトラスではなくリンゴであることか。
そう来たか。
リュウイチは昨日のリンゴの言葉を思い出した。
今後世界はサポーターを中心に動くことになる。
その予測への回答がこれだった。
サポーターはダンジョン協会御用達のクラスである。
「悪いが、この5人を優先してくれ。桃太郎ダンジョン支部からの強い要請でな。ちょうどいい新入社員が入ったんだろう?」
「課長が権力に負けた……!」
「人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ」
ピーチガールズの5名は桃太郎ダンジョンで臨時職員となり、出向という形で派遣されてきたらしい。
トップ探索者パーティの地元のダンジョン協会への影響力は恐ろしい。
これほどの動きに対応してくるとは。
リュウイチが課長や部長を通してお願いしているのとは格の違うコネクションの強さがあるのだろう。
「わかりました。協会職員枠でいいんですよね。つまり今後の育成計画に協力していただけると。期間は?」
「まず1ヶ月。以降1年まで自動延長ということになった」
「了解です。それで、サポーターには就けたんです?」
「もちろんよ!」
モモの声はよく通る。指揮官向きだなあとリュウイチは思考をそらした。
しかし並行して実務の指示・提案を続ける。
「ではリンゴさん、彼女たちを朝の2コマ分。午後は2人ずつに分かれてリンゴさん組は一般応募者を、他2組はダンジョン協会枠とサポーター育成をお願いするということで。何コマ行けます? 朝2昼2を基本としているのですが、追加できれば残業代が出ますよ」
「基本ペースでお願いします」
「ではそのように」
夜はピーチガールズでスキルポイント稼ぎを行うのだろう。いや、意外と何もせず酒飲んで寝るかもしれない。
「課長、前例ができたのでよその職員も派遣してもらいましょう。他のダンジョンもあれの心配はありますし拡散の素地をつくる機会です。すぐに忙しさは倍増しますよ」
「心配すんな。すでに部長が動いてらあ」
「さすが。では今日もよろしくお願いします」
ピーチガールズの6人全員サポーター経由という構成は今後のスタンダードになるかもしれない。
ダンジョン協会の臨時職員が増えるのは間違いないだろう。
ダンジョン攻略wikiにまずダンジョン協会でバイトをしてサポーターになれと赤い字で書かれるに違いない。
しかしピーチガールズから2億5000万(推定)ほどとりっぱぐれたな。
リュウイチはこの件も炎上の原因となりそうだと思った。
朝からダンジョンに入る従業員たちを見送って、リュウイチは昨日連れていかれたビル、その3階を訪れた。
ピーチガールズから借り受けたのだ。事務所として。使わないから使っていいよとのこと。メンバーの一人の親戚が経営しているビルだそう。
他に従業員や職員の警護を依頼したがこれも快諾。利用している民間警備会社を通じてこっそり守ってくれるらしい。ニンジャデースと金髪の子が言っていた。
馴染みの民間警備会社だって。日常では聞かない。さすがトップ探索者である。
地元の目と合わせればそれなりに安心できる、といいなとリュウイチは思った。
「盗聴器の類はないみたいだな」
『探索』『罠感知』などのスキルをフル稼働で確認したが異常はなかった。スキルだけで十分かはわからないがひとまずは安心しておく。
事務所はそのうち必要だが、現状はダンジョン協会の会議室に間借りしているほうが都合がよい。
契約と業者に内装を整えてもらう手配をしておく。役所で事務所の登録地を自宅から書き換えた。
そして急いでダンジョン協会に戻り、本日午後以降の育成計画を割り振る。ピーチガールズの応募は当然だがキャンセルされていた。
人手が増えて枠が増えたので応募者の消化が加速するはずなのだが、応募者自体が十倍以上に増えており、育成待ちの数は溜まる一方だ。
月曜日の結果、つまり嘘や詐欺ではなかったという情報がSNSから流れたことが大きいだろう。
さらに開設した会社のSNSにも問い合わせが来ていた。処理してくれる人を雇いたいがまだ応募がない。希望日指定のものと順次のもの、優先順位は受付順。サポーターの従業員が増えれば手が増え、処理できる数も増えるので当面毎日リュウイチの人力で調整だ。
なので応募窓口はダンジョン協会の依頼ネットワークと強調してガン無視する。
ダンジョン協会臨時職員という裏技も近いうちにばれるだろう。おそらく近いうちに大量キャンセルが来る。
だが、実行するコネがある者は限られるしダンジョン協会側が協力に動くかは未知数だ。
最終的にダンジョン協会がサポーター職の提供を行うのが基本になるかもしれない。その体制ができるまでが稼ぎ時である。
まあそうなれば、ダンジョン協会の下請けをすれば――?
作業を進めながら考えていく中でふと気づく。
新人探索者の研修委託のはずがサポーター育成の委託にすり替わっているなと。
いや、状況が変わったのだから仕方がない。
ことは氾濫案件だ。
もっとこっそりじっくり進めるつもりだった。これほど大騒ぎになってしまったのはリュウイチとしても本意ではないのだ。
幸い今日も氾濫の兆候は見えていない。
日曜に今日明日はないと言っていたから、今日からはずっと危険域ということを忘れてはいけない。
とはいえ、新人研修の段取りも用意しておくべきだろう。部長あたりが突然言い出してきてもおかしくない。
しかし環境の変化で研修内容も変わってくるはずだ。これまでのマニュアルは通用しないか。
あれ、結構大変な案件では。リュウイチは気が付いた。
リュウイチの、元職員でノウハウがあるというアドバンテージがなくなったも同然だった。
まずいまずい。今の一過性の大騒ぎが終わった後の安定した収入源が確保できなくなるかもしれない。
リュウイチは研修についても考えなければならなくなった。
ああそれに。
昨日ミイナとマリカが勧誘してくれた子が明日から来る。マニュアルを用意しておくべきだろう。まずは水曜休みのマリカの代わりに入ってもらって、ミイナに任せるのは指揮系統上マズい気もするが、勧誘の現場にいたわけであるし、なんとかしてくれるはず。
忙しい忙しい、とぼやきながら手を動かす。
憂いをなくしてミイナとゆっくりしたい。
やはりリュウイチはすでにミイナにからめとられているようだ。
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