021.期待
「質問いいかな、お兄さん。ああ、走りながらでいいんだけど」
「どうぞ?」
一人抜けて5人パーティになり、6階に戻った後、サーチ&デストロイ&スキルアップ&クラスチェンジのサイクルを再開する。
5人になると3体でレベル11になるので一人当たりの効率はあがる。
改善できそうなのは索敵と移動速度。ダンジョン端末操作の効率化だろうか。クラスチェンジ時に未使用スキルポイントが消滅しなければよかったのだが、スキルを選んでレベルアップさせてからクラスチェンジするのでやはり時間をとってしまう。
これも慣れだが、新規のお客様にそれを要求するのは無理があった。
ある程度浸透したら事前説明で上げるスキルを先に検討しておいてもらったほうがいいかもしれない。そんな人手はない。ミイナたちの勧誘に期待しよう。
なんてことを考えながら索敵していたところ、5千万円の少年から声がかかった。
順調にいけば次に離脱することになるだろう。90分で30体は、なんとか届くペースだ。
「このやり方だと本命とそれ以外のクラスでポイント2倍なんだけどいいの?」
「本命クラスの増加分のみを計算して請求させていただきます。他はサービスということで。ただし、2回に1回本命クラスになっているものとみなして計算させていただきますのでご了承いただければ」
クラスチェンジの仕様上、同じクラスにチェンジしてレベル1になることができないため別のクラスを挟むことになる、ということを気にしたらしい。
リュウイチはこれに対して、実際にどのクラスにスキルポイントを振ったとしても2回に1回分を計算して請求すると答えた。
戦士のスキルをとりたいと言って1度だけ戦士にクラスチェンジし、のこり7回をほかのクラスで受け取ったとしても1回分ではなく4回分請求するよ、ということ。
「大サービスだね」
「お知り合いに宣伝していただければありがたいです」
「ははは。それで、これはサポーターのスキルだってことでいいの? 秘密かな?」
「いえ、かまいませんよ」
少年が、直接的な質問をぶっこんできた。他の4名も気になる様子で耳をそばだてているのがわかる。
「ちょうどサポーター育成の方がいらっしゃるので確かめてもらいましょう」
そういって、ピーチガールズの女性に『パーティ取得スキルポイント増加』の取得法を説明する。他の3人にも聞こえるように。
といっても、最初に『パーティ取得経験値増加』を上げるように言ってあるので気づいていたようだ。
「彼女のスキルで上がった分はこちらからは請求しませんのでご安心ください」
「私から請求してもいいでしょうか?」
「もめごとの原因になりますのでこの時間の間はご遠慮いただけると……サポーター希望の方は別にまとめたほうがいいでしょうかね」
「試行錯誤してるねえ」
「お恥ずかしい限りです。何分新しい試みで、皆さんが最初のお客様なものでして」
そして敵を倒す。レベルが上がる。
「たしかに取得量が増えたね。レベルあたり5ポイントかな? いや、これはすげー。すげーわ。というか経験値増える量もちょっとおかしいよね。お兄さんうちこない? 浦和レッドドラゴンズっていうんだけど。一応関東の準トップチームなんだけど。年棒3億でどう? いやわかってるよ? 全然足りないよね。俺なら300億でも行かねーわ。まいったな」
「魅猫子ファンクラブ。10億出そう。魅猫子ちゃんの直筆サイン入り使用済み鈍器をつけてもいい」
「瀬戸内釣り同好会は8億と釣り漁船生涯フリーパス権を」
「ピーチガールズは言い値でいいです。会社の皆さんと一緒でかまいません」
「あれ、意外と安い?」
安いと評したレッドドラゴンズの少年が3人ににらみつけられる。
それよりリュウイチは男性に2名の所属が気になった。
「リュウイチ殿、正直このやり方ではR・ダンジョン支援合同会社の価値が落ちていくことでしょう。どういう目的で?」
魅猫子ファンクラブの角刈りマッチョの男性が尋ねる。
ちなみに魅猫子というのは有名なアイドル探索者だ。
彼の言うこのやりかたというのは、ピーチガールズの女性のようなサポーターを育成して、スキルポイントを増やす方法を教えることを指しているのだろう。
独占すればいくらでも儲かるのになぜあえて自らの価値を下げるようなことをするのか。
そういう問いだった。
「そうですね、まず、我々の目的の一つは、この『疫病のダンジョン』で有力な探索者の方に活動していただくことにあります。ですので、契約通り1年間このダンジョンを攻略していただければ。この事業で我々がいただく利益は必要十分で結構。少なくとも使いきれないほどには必要ありませんね」
「『疫病のダンジョン』の攻略が目的ということか」
「もう一つ。少人数で独占してしまうと、誘拐などの対象にされそうなので。そう思いませんか? ねえ?」
若干一名目をそらす女性を視界の端でとらえつつ、リュウイチは理由を告げた。
「確かにそれだけの価値はあるね。うちは悪いことはやらない方針だけど、黒いうわさがあるチームも耳にする。利益と危険性を天秤にかけるなら拡散するのは一つの手だ」
瀬戸内釣り同好会の男性は小柄だががっしりした体格で日に焼けた肌がまさに漁師、海の男という風情である。
「じゃあ300億の価値はないの? 3億じゃダメ?」
「我々の提示額のほうが高額で拠点も近い」
「ですよねー」
レッドドラゴンズの少年が肩を落とす。
使えそうなら勧誘するように言われていたのだろうが、こちらの能力が想定外だったのだろう、とリュウイチは想像した。真偽はまあどちらでもいい。
「しかし、そういうことなら、当面よからぬことが起きないよう街の連中に言っておこうか。漁協と農協、役所や町内会にはつてがあるからね」
「なにそれ、役に立つのおじさん?」
「人の目があれば拉致などしにくくなるだろう。農家のもんはレベル持ちも多いしな」
レベル10未満でも、ステータスがあれば身体能力があがり、力仕事が楽になる。
ダンジョンがある地域では農家に限らずペーパー探索者も少なくないのだと瀬戸内釣り同好会の男性は言う。
「まあ困ったら声をかけてくれれば力になるよ」
釣り好きおじさんはそう言って笑った。
90分が経過し、解散となった。
リュウイチも次のコマの準備に入ろうと移動しかけたところに、ピーチガールズの女性が話しかけてくる。
「あの、今朝は申し訳ありませんでした」
「ああ、いえ、手段は選んでくれますよう皆さんにお伝えください。ところであなた、ピーチガールズを抜けてうちに来る気はありませんか?」
「は、勧誘ですか?」
「ですです」
今朝のピーチガールズの謎行動、まあ一種の勧誘活動だったのだと想像されるが、これについての謝罪であった。
リュウイチとしては見なかったことにしたい。関わり合いを最低限にしたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、意趣返しを思いついたので言ってみた。つい。
「考えさせてください」
元メイド服風ゴシックドレスの女性はまじめな顔をして答え、失礼しますと去っていった。
ピーチガールズは独力でスキルポイントを稼ぐすべを確保した。
それも数あるトップチームの中で一番最初といっていい。
今後おそらく最初に伸びるパーティになるだろう。
あまり関わりたくないが、期待はしていた。
100階サクっと攻略してくれねーかなと。
そしてその日の夕方、第2陣をなんだかんだとさばいたのちに連絡があった。
「しばらくお世話になります」
「えっ」




