変異
「……そういえば」
「ん?」
「デートとやらはどうだったんだ?」
ありゃ、アルヴァからこの話題振ってくるなんて。
意外と気にしてたのかしら。
「どうって……上手くいくはずないじゃない」
「だろうな」
「ですわね」
「2人して何を納得したのよ」
「貴様が性格の合わない男に合わせられるはずもないだろう。たとえそれが演技だとしてもな」
「それだと私が社会不適合者に聞こえるんだけど」
私がそう言えば、アルヴァとリーゼロッテは顔を見合わせる。
「……自覚がなかったのかしら」
「まあ、そうだろうな」
「たぶん普通の住宅借りたら早いうちに追い出されますわよね」
「トラブルを呼び込むのが得意だからな」
「アンタ等……」
私を何だと思ってるのよ。私のはほとんど望まぬトラブルだし、全部この国っていうか世界の抱える問題でしょうが。そんなのに巻き込まれる私の身になりなさいよ。
「しかし、そうなると作戦はどうなった?」
「作戦? 何の話ですの?」
「……にゃんこの楽園創設作戦」
「詳しく聞きますわ!」
「聞かなくていいから」
「いーやーでーすーわー!」
ええい、もう。呪薬の名前出したら面倒そうだから適当なこと言ったのに!
「呪薬の撲滅に関する話だ」
「にゃんこは⁉」
「居ない」
「そんなあ……」
アルヴァの慈悲のない言葉にリーゼロッテが力を失った隙に引き剥がしてその辺に置いておく。
ふう、やれやれ。
「私のやってる事を黙ってサポートしろって言っといたわ」
「また貴様は勢いでそういうことを……」
「だってムカつくんだもん」
あのメガネ、私と性格合わないし。仕方ないと思うのよね。
「貴様の心情はともかく、実際にどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「偽りの恋人作戦は終了した。連中のアジトは未だ割れていない。今後どう動くつもりかと聞いている」
あー、そういうことね。でも……。
「問題ないと思うわよ?」
「何がだ」
「つまるところ、私が狙われる状況を作れば恋人作戦はそれでよかったわけよね」
「だろうな」
「私はもう狙われた。でも生きてる。魔族至上主義者とやらが犯人なら……私が別れてフリーになったとして、次の行動は?」
答えは決まっている。魔族の中でも尊いと考えている魔人をたぶらかした女が、今は1人。
しかも何故か、殺すために刺客を向かわせたのに生きている。
そんなことを、魔族至上主義の犯人が許すはずがない。
「……再度刺客を送り込んでくるな。今度は確実に殺せるとそいつが思う戦力で、だ」
「そういうこと。で、此処は?」
「魔王でも入り込めない要塞だ。フッ、なるほどな……『外』に驚くほど知り合いの少ない貴様相手では、そこのポンコツ魔女以外に人質となる者もなく、その為に突破すべき此処を突破するのは不可能だ」
「いちいち余計な言葉が混ざってるけど、正解よ」
つまり犯人は私とガチンコ勝負をするしかない。
もっとも、私を殺すことを諦めるなら話は別だけど……。
「禁止薬物を使ってでも革命をしようってくらい魔族至上主義に傾倒してる奴が、私を放っておくはずがない。絶対に殺しにくるわ」
「……ちょっと嬉しそうですわね」
「そう?」
自分じゃ気付かなかったけど……笑ってたのかしら。思わず口の端に触れてみる。
……うーん、よく分かんないわね。
「ま、解決の道筋も見えてきたしね。そうなっちゃうのも仕方ないかもしれないわね」
「そういうのとは……違った気もしますわ」
「んー……?」
「なんか、こう……ちょっと、怖かったですわ。アリスさんが一瞬、違う人に見えたような」
「違う人?」
「ええ。アリスさんそっくりだけど、何か違う……黒い人でしたわ」
ブラックアリス。その言葉を口に出そうになって、やめる。
アレはスキルだけの存在のはず。「変異:ブラックアリス」にはそういう効果はないはず。
……本当に?
使っているうちにブラックアリスとかいう奴が私と逆転しないと、本当に言える?
「変異」って言葉は、そんなに軽いものだった?
「……」
考え込む私を、リーゼロッテが心配そうに見てくる。
「なんだか、心配ですわ。アリスさん、私に出来る事はありませんの?」
「……大丈夫。私は、私だから」
そう、私は私。アリスだ。他の誰でもないし、他の誰にも私であることは譲らない。
それだけは、ハッキリしているんだから。
「アルヴァ。アンタから見て、私は『私』よね?」
「……その質問の意図が何処にあるのかは、ひとまずさておくが」
そう前置きして、アルヴァは私に答えを返してくる。
「今の貴様は少しだけ、だが。『前の貴様』に似ている気もするな」
「……そう、ありがと」
前の私。それって、どんなだったかしら?
覚えていない、私のようで「私」ではない私。
それに想いを馳せながら、私はアルヴァにお礼を告げた。




