赤毛エンカウント2
「あ、そういや自己紹介もまだだったな。俺はアレックス。人間の国カルレイ王国で冒険者やってる」
「ふーん」
「ふ、ふーんって。君の名前は?」
「ほとんど知らない人に名前知られるのはちょっと……」
「うぐっ」
良い人っぽいのは分かったけど、火種っぽくもあるし……そんな人に友達面されたくないわよね。
どう関わっても面倒ごとに繋がる気がするし。
「ま、まあ……いいか。君の言う通りではあるしな」
「あら」
物分かりが良いわね。前回会った時は結構しつこかったのに。
それとも、もしかしてこっちが本来ってこと?
……凄く納得いかない。まあ、いいけど。
「でもまあ、早めに帰った方がいいぜ。思ったより治安は良さそうだけど、此処って結局スラムだしな」
「それはどうも」
スラム、ねえ。
まあ、スラムなのは間違いないけど……ね。
「そもそも、この王都廃棄街って勇者戦争で勇者が暴れた跡地らしいのよね」
「勇者戦争……? ああ、聖魔戦争か。その話は知ってるけどさ、なんで直さねえんだろうな」
「さあね」
アルヴァからそれっぽい話は聞いたことがある。
王都廃棄街なんてものが残っている理由。色々理屈はつけられてるらしいけど……結局、魔族は人間が嫌いなのだ。魔王を殺された怒りを忘れたくない。だから、王都廃棄街はそのまま残されている。
そこに底辺の連中とか私みたいな訳アリが住むことで風化すらしないままに、未だ廃棄街は此処にある。
ほんっと、とんでもない悪循環だ。ま……その利点を享受してる私が言えたクチじゃあないけどね。
「聖魔戦争……ね」
「ああ。勇者は魔王と相打ちになったって話だが……その戦いを経て、今の薄氷みてえな平和があるんだ。守らないとな」
「勇者の力で?」
「いざという時はそれもあるだろうさ」
うーん、相互理解は遠そうねえ。今の話からすると人間側では「勇者の活躍により平和は守られた」なわけよね。で、いざとなれば再び勇者を先頭に戦争も辞さない、と。
聖魔戦争とかって、魔が魔族なら「聖」が人間だっての? それとも今まで全く気にもしなかったけど聖なる神様でもいるってのかしら。
「ま、いいわ。それじゃあね」
「あ、待った」
身を翻して歩き出そうとした私を赤毛……もといアレックスが呼び止める。
「妙な事を聞くんだけけどさ。呪薬……って知ってるか?」
「昔の変な方向に頭いい人間が作ったってやつでしょ?」
「ああ、いや。魔族が人間を改造して手先にする為に作った薬らしいけど……まあ、そこはいい。今の反応で大体分かった」
「そうなの? じゃあね」
何が分かったんだか知らないけど。うーん、違う方向の事実認識を見てしまったぞ?
人間が魔族の高い魔力に対抗するために作って、その結果生まれるのが呪薬人間。
魔族が人間を手先にするために作って、その結果生まれるのが呪薬人間。
どっちでも理屈は通るわよねえ。
通るけど……その人間の研究所潰したのはアルヴァなんだから、後者は間違いだと分かる。
つまり、人間の国では呪薬の罪を魔族に押し付けてるってことで。
そうなると、人間と魔族が仲良くなれてない理由ってのも見えてくる気がする。
「……ん? そういえば」
振り返ると……うげっ、まだこっち見てる。脇道入ろうっと。
脇道に入って、追いかけてこないのを確認すると、私は壁に背中を預ける。
「アイツって……なんで呪薬の話題出したの?」
アレックスが追ってるのって違法奴隷の事件じゃなかったっけ?
確かに呪薬の件と連動してるっていうか根元は同じっぽいけど……まさか自力で辿り着いたってこと?
でも、それを「私」に聞く理由は? お嬢様……この王都の上流層に居そうだったから?
それとも、まさか。
「私を……疑ってる? 話しかけてきたのは偶然じゃなかった?」
でもどうして? ブラックアリスの姿では初対面のはずだけど。
シーヴァと一緒にいるところを見られた?
魔族の中でも上位層の魔人の恋人……装ってただけだけど、そういう立場にいる人間が知っているかをカマかけてみた、とか?
いや、それじゃ弱い。そんな魔族の中の力関係と複雑な感情を察せるほど長く魔国に居たとも思えない。
なら、考えられる理由は……と、そこまで考えて私はハッとする。
「まさか、闇魔法……?」
闇魔法はロストマジック。それを使ったところを見られていた?
アルヴァを普段見てるから感覚がマヒしてたけど、人間の国で闇魔法がどう思われているかを考えたこともなかった。
自分を「聖」の側に置くくらいアレなら、闇魔法を「悪」に分類してる可能性も十分にあるじゃないの。
つまり……此処から考えられる結論は1つ。前回会った時の対応と今回の対応の差も自ずと分かる。
「前回の態度が素。今回の態度は私に敵意を抱かせず近づくため。闇魔法を使える私が呪薬に関わってる可能性を探りに来た……ってわけね」
追いかけてこないところを見るに、私への疑惑は「白寄りの灰」ってところでしょうね。
……はー、すっごく面倒。なんでこうなるのかしら?
私は変異を解除すると、拠点へと転移する。




