バロムス辺境伯
そんな騒ぎから少し経った後。馬車の扉がコンコンと叩かれる。
「……何?」
「バロムス辺境伯閣下がおいでになりました。ミーファ姫殿下にお取次ぎ願います」
「だってさ、ミーファ」
頷くミーファと一緒に、私は馬車を出る。一応習った通り私が先に出て、ミーファが私の手を取り後に。
その先には、膝をつく偉そうなおじさんと、騎士っぽいのがたくさん……随分仰々しいわね。
銀の髪に精悍な顔つき、立派な髭……服もあの中で一番立派なもの着てる。あの人が辺境伯閣下とやらでいいのかしら?
「バロムス辺境伯。お久しぶりですね」
「姫様。ご無事で何よりでございます」
「此方の方々のおかげです」
まず始まったのは、そんな会話。まあ、なんか普通の会話に聞こえるけど……貴族的なアレなのかしらね?
「そう、ですか……」
ほら、こっちっていうかアルヴァ見てるし。アルヴァはアルヴァでどうでも良さそうな顔してるし。
「其方の少女と奥の魔族の男は……ヴェイリア魔国の使者と伺っておりますが」
「はい。アリス様とアルヴァ様です。失礼のないようにお願いしますね」
「姫様の恩人とあらば当然です。しかし……」
ん? なんか辺境伯とかいうおじさんがこっち見てるけど……何なのかしらね?
「そちらの少女は、その。人間に、見えるのですが……」
「アリス様はヴェイリア魔国の魔王陛下とも懇意です。そのくらい凄い方だと心得てください」
「……ハッ」
そう言うと立ち上がり、辺境伯は私の目の前までやってくる。
「カルレイ王国の国王陛下よりバロムス辺境伯の地位を賜りし、ゴルダス・バロムスです。アリス殿、アルヴァ殿。此度はカルレイ王国に仕える貴族の一員として、深くお礼を申し上げます」
「気にしないで……ください。人間に捕まってるのを見たときはビックリした……ましたけど」
「……どうぞお気軽に」
「なんで魔族の国まで人間がお姫様誘拐してきてるのかってビックリしたけど、色々大丈夫?」
あ、凄いスッキリした。アルヴァがため息ついてるし騎士たちがザワついてるけど、なんかこう言いたいことを直接言わないのってもやもやするわよね。
なんだかポカンとした顔をしていた辺境伯は、やがてハハハと笑い出す。
「いやはや、仰る通りです。何故こんなことが起きたのか……徹底的に調べるつもりです」
「ふーん、ならいいんだけど」
「ええ。ひとまずは私たちのほうで姫様を……保護……」
私の服をキュッと掴む感触。ん……? なんかミーファが私の後ろに隠れて服を握ってるんだけど……。
『反応せずに聞け。その娘には貴様無しでは不安な演技をするように言ってある』
アルヴァのやつ、また念話を……頭の中で響くから妙な気分になるのよね、これ。
『何処に敵が潜んでいるか分からん。とにかく原因を潰すまで、ずっとその娘と行動しろ』
ずっとって言われてもなあ……まあ、いいけどさ……。
「バロムス辺境伯。何処に私を誘拐した者の手先がいるか分からない現状で、アリス様のお側を離れるつもりはございませんわ」
「し、しかし姫様……」
「王都で誘拐されたのです。此処が王都より警備が厳重であると……そう仰りたいのですか?」
「そういうわけではございませんが……」
おーおー、困ってる困ってる。ま、そうよね。いくらミーファ直々の紹介っていったって、私は何処ぞの知らない美少女、アルヴァは魔族だし。
……勿論、実は辺境伯が裏切り者で私たちを引き離したがってるって説もあるかもだけどね。
「私が今信じられるのはアリス様とアルヴァ様だけです。引き離そうというのであれば、此処にはもう一瞬たりともいられません」
「ひ、姫様……分かりました。とにかく王都に伝令を出しますので、しばらくは此処に留まってくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
「……引き離しませんか?」
「勿論です」
「では、しばらく留まりましょう」
うーん、よく分かんない。つまりしばらく此処にいるし、その間一緒に居るってことだけは分かったけど。でも事件の現場は王都なんでしょ?
そっちもどうにかしないといけないと思うんだけど……。
『これは1つのテストだ。いきなり来たことで辺境伯には特に罠を張るような時間は与えていない』
ふむふむ? まあ、そうね。毒殺とかは大した手間も要らないと思うけども。
『故に辺境伯、あるいはその周囲に敵がいるのであればかなり直接的な手段になる。まずはそこを確かめる。いいか、貴様の役割が重要になってくるわけだ』
なーるーほーどー? つまり毒だの暗殺者だのを私が身体張ってどうにかしろと。
『貴様の護りは毒や暗殺程度でどうにかならんのは知っている。どうにかしろ。以上だ』
あはは。以上だ、じゃないわよアルヴァのアホ! つまり全部私に放り投げてんじゃない!
魔族の中で頭良い連中が集まって出した策が私を盾にする作戦ってどうなの!?
ええい、仕方ない! やってやろうじゃないのよ!
「ど、どうされましたアリス殿。貴方を結果として疑うようなことを申し上げたのは謝罪しますが」
「気にしないで。別に怒ってないから」
「そ、そうですか」
怒ってるのは魔族の頭の良いアホ三人衆にだから。ほんと全部終わったら覚えてなさいよ……。




