23.皇女様のお願い
「お願い……ですか?」
「ええ。私から、あなたへの」
「……それは、帝国からの依頼ということですか? それとも……」
「言ったでしょう? 私からのお願いよ」
要するに、皇女様の個人的なお願いがあるということか。
帝国が直接絡んでいないことにホッとする。
冒険者をやっている手前、あまり帝国と関わり合いにはなりたくない。
さっきだって冒険者ギルドで。
おい、あいつなんかやらかしたのか?
冒険者やめて帝国の騎士にでもなるとか?
ラスト様、私たちギルドはいつでもあなた様の味方です!
とか、いろんな人に散々言われたからな。
それくらいこの街で帝国の人間が来るのは珍しい。
特に今回は皇女様だ。
きっと今頃、尾ひれのついた噂が拡散されているに違いない。
「ふふっ、あなたも大変そうね」
「ええ、まぁ……」
違和感。
また、変な感じがした。
なんだ?
この不可解な感覚は……。
「それでどう? 引き受けてもらえるかしら?」
「まだ内容を聞いていませんよ」
「聞いたら引き受けてくれるの?」
「内容次第です」
とはいいつつも、大抵の願いは聞くつもりでいた。
別の目論見があったにしろ、彼女が協力してくれたおかげでシータを無事に救出できている。
その恩を返したいという気持ちが俺の中にはあった。
「優しいのね」
彼女は笑う。
また、さっきからこの人は……。
「お願いは一つよ。あなたに、私の腹心になってほしいの」
「腹心? 帝国に騎士になれっていう意味ですか?」
「違うわ。この件に国は関係していない。あくまで私個人、私の手足になってほしいの」
「それは……なんのために?」
いろいろと疑問が生まれる。
一つずつ解消していこう。
結論を出すのはそれからでいい。
「今、帝国では様々な問題が起こっているわ。人災、天災、魔災……近年数が増えて対応しきれなくなっている。放置できない案件も、いくつか放置しないといけないくらいに」
「人手が足りてないんですか? だったら募集すれば」
「それで来るのは一般兵だけよ。私が必要としているのは数じゃない。一人でなんでも解決できるような……あなたみたいな人間なの」
彼女の俺に対する評価の高さが感じられる。
高々一回会った程度で、どうしてここまで言い切れるんだ?
ダンジョン攻略のことを知っているとか?
まさか俺の……俺たちの力を知っているはずもないし。
「腹心になって、何をすればいいんです?」
「さっき話した問題の解決に協力してほしいの。もちろん無条件じゃないわ。ちゃんと報酬も出すし、案件ごとに嫌なら断ってもいい」
「随分と自由ですね」
「束縛するつもりはないわ。私がそういうの嫌いなの」
腹心になっても今の生活は続けられる。
彼女はそう約束してくれた。
悪くない話だ。
受けてもいいと思いつつ、まだ不明点が多すぎる。
故に回答を渋る。
「それともう一つ、あなたとあなたのお仲間、ドールの人権と安全を私が保証してあげる」
「――!?」
「今、ドールって……」
「なんでオレたちのこと知ってるんだ?」
アルファとデルタが驚き目を見開く。
シータはじっと皇女様を見つめている。
「あら、あなたが教えてくれたのよ」
「俺が?」
教えた?
三人の視線が俺に向く。
俺は首を横に振った。
賭けてもいいが俺は教えていない。
少なくとも口に出してはいない。
「そうね。直接聞いたわけじゃないわ。でも、あなたが教えてくれたのは本当よ」
「……そういうことなのか?」
ずっと感じていた違和感。
その正体に思い当たる。
「エリーシュ様は……他人の心が見える?」
「正解よ」
やっぱりそうなのか。
俺が頭の中で浮かべたセリフに対して、彼女は反応していた。
まるで脳内を見透かされていたような……その感覚に俺は戸惑っていた。
「生まれつき持ってる力なの。目を見れば相手の考えていることがわかるのよ。天瞳、なんて呼ばれているわ」
「ユニークスキル?」
「ええ、そうよ。あなたも持っているでしょう? 他人と繋がることで力を共有できる。相手のことを知るという意味で、私たちの力は少し似ているわね」
コネクトのことまで。
じゃあ彼女たちの情報も。
「あなたの心を見させてもらったわ。残念ながら私の力は、彼女たちには通じないみたいだから。ドールだからかしらね」
「……」
その言い方は少しひっかかる。
まるで彼女たちに心がないような言い草だ。
「そんなつもりはないわ。ただ事実を言っただけ……気分を悪くしたなら謝るわ」
「いえ、はぁ……なんだか変な気分ですね」
「……やっぱり気持ち悪い?」
彼女は悲しそうな顔で尋ねてきた。
その瞳と、表情だけでわかる。
きっと多くの苦労をしてきたのだということが。
「驚きはしましたが、それ以上は思いません。すごい能力だと思います」
「……ふふっ、あなたは素直ね」
「嘘は苦手なので」
そういうと彼女は笑う。
嬉しそうに。
「わかりました。引き受けましょう」
「いいの?」
「はい。元からお願いは聞こうと思っていました。シータを助けられた恩返しに」
俺はシータの方を見てから、三人と向き合う。
「それでもいいか?」
「はい。ラスト様がそうおっしゃるなら」
「オレらはついていくぜ」
「恩返しなら、シータもしたい」
満場一致。
反対意見は、なかったな。
「俺たちでよければ協力させてください。エリーシュ皇女のやりたいことに」
「ありがとう。これからよろしく頼むわ」
「はい」
俺たちは握手を交わす。
皇女と冒険者ではなく、一人の友人として。




