76 エピローグ 2
数日後、アリシアは光には少なくともしばらくは自分の事は言わないと決めた、と報告された。
私はアリシアの言葉を考えていた。
『そんなこと許されるの? 世界が大きく変わってしまうかもしれないってことよね』
そうだ、それを一番わかっているのは自分だ。
そもそも異世界間転移を初めてしたとき、あれが全ての始まりだったのだ。
「アリス、そんな難しい顔してないでお茶にしないか?」
アランが、コーヒーを淹れてテーブルに置くと、ドカリと自分も座った。
「ちょっと焙煎の方法を変えてみたんだ、なかなか本物に近づいたぞ、これなら販売できる日も近いな」
満足そうに自分の分のコーヒーをすする。
最近アランの雰囲気が変わったような気がする。
表情もほとんど動かなくて、周りから恐れられていたのに、今では親しい社員には自分から挨拶している。
それに以前から、二人の時は敬語じゃなかったけれど、店や事務所では他人行儀で、一線ひかれていたのに、それがなくなった気がする。
何か、吹っ切れたと言うか………。
なぜだ?
「冷めるぞ。この前から何をうだうだ悩んでいるんだ? らしくない」
らしくないか。
でも、頭の痛い問題が残ったままなのだ。
「ライトのことはどうしようかと思って」
「ライト?」
アランは不思議そうに首を傾けた。アランの中で、ライトのことはもうすでに解決したことの様だった。
でも、ライトの依頼は元の世界に帰りたいだ。
「召喚魔法はもう解けたんだ。あとはライトが自分で元の世界に戻る方法を見つけると言っていた。それにあいつはもううちの社員だぞ」
それのどこに問題が?
アランの薄紫色の瞳はそう言っていた。
「でも、このまま私が異世界間転移で日本に行けることを黙っていていいのか………」
もしも、ライトが知ったら騙していたと思うんじゃないかな。
そこまで考えて後ろを振り返る。
ライトが、両手いっぱいにチューリップを抱えている。
部屋に転移して来たので、まったく気配が読めなかった。
「それって、聞いちゃいけない話だった?」
ライトが顔を引きつらせて聞てきた。
私は立ち上がり、ライトから花束を受け取った。
「私の好きな花。覚えててくれたんだ。ありがとう」
「うん」
気まずそうにライトは目をそらす。
「初めて会った時には、ライトがどんな子だか分らなかったから、すぐに話すつもりはなかった。でも今はライトにどう説明したらいいのか、迷ってた。複雑だし、私が思っているだけで間違っているかもしれないし」
私は、チューリップを花瓶にいれ、窓際に置いた。
春の匂いがする。
「座って」
私が椅子を引くと、アランがライトの分のコーヒーを置いた。
「どこから話せばいいかわからないけれど………」
私はアリシアのこと以外を説明した。
黙って私の話を最後まで聞いていたライトは、話し終えてもしばらくじっと考えていた。
「つまり今のアリスは、この世界でできるだけ生きていくために、日本には用事のある時、最小限の時間しか帰っていないという事?」
「そう。私が二十歳の春を迎えるとこれまでは必ず似ているけど違うこちらの世界に召喚されてしまう。ライトの履歴書を見る限り、ライトが召喚されるとき私はもう日本にはいない。今、日本に転移すると8歳のライトには会えるけど………それじゃあまり意味がないよね」
役立たずでごめんね。
「僕と一緒に転移したらどうなるの?」
「ライトと一緒に?」
「そう、僕が召喚された時間はだいたいわかる。そこを目指して転移すれば、アリスも僕も同じ世界に2人存在することにならないだろ」
ライトは目をキラキラさせてひらめいたことを披露した。
「それはだめだ」
アランが凄みのある声ですぐに否定した。
「なぜ?」
「うーん。私が日本に転移するときは、自分の魔法の軌跡をたどって、こちらに来た瞬間に転移するようにしているの、きちんとした正確な軌跡をたどれないと、ライトが召喚された瞬間には戻れない」
「それが問題なの?」
ライトにはいまいち、ぴんと来ていないようだった。
「そうね、これがなかなか問題なのよ。私が二十歳で召喚されるとき、決まってライトが落ちてきた森なんだけど、微妙に違う世界なの。アランに会えない時もあるし、会う時期もまちまち、ライトを拾ったのは今回が初めてだし。いわゆる並行世界ね。だから行くときも戻るときも、ぴったりの瞬間じゃないと、戻って来た時よく似た違う世界かもしれないの」
「よく似た違う世界」
ライトは、眉間にしわを寄せ言葉を繰り返した。
「じゃあ、もしもアリスが同じ瞬間に転移するのに失敗したら、この世界には戻ってこれないの?」
ライトは私のことを心配してくれているようだ。
ふふ、かわいい所がある。
「そうだ」
アランが、怒ったように答える。
「わたしなら、きちんと軌跡をたどれるから大丈夫。でも、今思えば初めて異世界間転移した時、あれがそもそもの間違いの始まりだったんじゃないかと思う」
この運命の始まり。
「卵が先か鶏が先か」
?
アランもライトもキョトンとした顔をしている。
「初めて自分で転移して日本に行ったとき、私この格好だったのよ。そこはね、空が突き抜けるように青くて、何処かの公園。数えきれない桜が満開で花びらが風に舞っていた」
久し振りにみる桜は、綺麗で自分の格好を忘れるほどだった。
「どれくらい桜に見とれていたかわからないけれど、ふと、私に向けられる人々の視線に気づいた。だって、こちらの格好をしてコスプレのように見えたのね」
あの時のは顔から火が出るほど恥ずかしかった。
慌てて戻ったのに、きちんと自分の軌跡をたどるのを忘れなかったのはお手柄である。
「その後、すぐにもう一度確かめるために、今度は自分の部屋に戻った」
これが二つ目の間違い。
「その日はありすの16歳の誕生日だった」
私は、グッと胸の奥から沸き起こる後悔を飲み込んだ。




