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59 第一王子

「兄上!」

 城の温室で婚約者のマリーと優雅にお茶をしていた所を、偶然を装い声をかける。

 近衛が数人側に控えていたが、俺は気にせず、兄に近づいいた。


「マリー様と仲睦まじい所を邪魔して申し訳ありません。これから、王妃宮に向かおうと思ったところ、こちらに兄上がいるとお聞きしたので、お知らせだけでもしておこうかと思い寄らせていただきました」

 兄上はわずかに眉をひそめたが、すぐに作り笑いを浮かべて、腰かけるように促した。


「レオンは確かこれから、格技場で練習じゃなかったのかい、クラス対抗戦は学校祭のかなめだ。その練習を欠席するとは、よほどの事態が起きたようだね」

 自分はどうなんだ、と言っていやりたいのを飲み込み兄上の顔を観察する。

 平静を装って入るが、予想以上に驚いているようだ。


 俺がここにいちゃ悪いのか?


「ご存じだと思いますが、ここ数日瘴気の量が増えてきております。今日は学院の研究棟に行って積算量を聞いてきましたが、これまでで最大です。このまま風が山風に変われば浄化に甚大な被害が出るでしょう。今から母上に報告に行く所です」


「そうか、わかった。瘴気のことは私も気にしていた。ソルトと対策を練ってあるから報告が終わったら、レオンは学院に戻っていいぞ」

 俺を気遣っているような優しい声だったが、明らかに俺を学院に戻したいようだ。


「それはありがたいです。1組が負けるわけにいきませんからね。瘴気のことは兄上に任せられれば安心です」

 ネコを被るのは俺の方が上だな。

 にこやかに、今まで通りの無害な弟役を演じる。


 その言葉を聞き安心したのか、兄上はマリーの手を取り温室を出て行った。

 それと入れ違いにカイが入ってくる。


「城の影にも確認しましたが、ここにはアリス嬢はいないようです」

 声を潜め、周りの近衛に聞こえないように配慮する。


 近衛のほとんどは、兄に取り込まれているようだと、今回国に戻った時、母から注意されていた。


「母上は?」

「お部屋においでのようです」

 俺はうなずくと、足早に王妃宮に向かった。



 侍女が恭しく頭を下げて俺を出迎えたが、その白髪交じりの髪を見て俺は扉の前で足を止めた。


「お久しぶりです、殿下。今は王妃様は執務中にてお会いできません」

 口調は柔らかだが、取り次いでくれる気はないようだ。


 明らかにこの王妃宮では俺より権力を持っている。

 彼女の了解なしに、この部屋に入ることは誰一人として許されないだろう。


「エレナ。久しぶりだね。すっごく元気そうで安心したよ。しばらく見ないから引退したのかと思った」

 得意の王子スマイルを使ったが、エレナはにこりとも返してくれない。


「母上は何をそんなにご機嫌斜めなんだい? 今日は母上としてじゃなく、王妃陛下に会いに来たんだ。取り次ぎ頼むよ」


「面会のご予約は受けたまわっておりません」


「エレナ。本当に緊急事態なんだ」


「……承知しました。至急の用事だと殿下のお立場を利用し面談を申し込まれていると、伝えてまいります」

 眉一つ動かさずにエレナは言った。


「エレナ。君も怒っているんだね」

 その質問には答えず、エレナは部屋の中に入って行った。


 はぁ。と一つため息をつく。

 エレナは母が生まれたときからの侍女だ。どう転んでも俺にはかなわない。いや、母上でさえかなわないだろう。


「どうぞ、坊ちゃま」

 しばらく扉のそばで待ち、エレナが戻ったかと思ったら、俺を坊ちゃまと呼んだ。

 どうやら、何かのお仕置きは終わったようだ。

 いったいなんで怒らせたんだっけ?


 黙って、エレナの後に続いて部屋に入ると、母上がソファーに座り、こちらもなんだか嫌な予感のする笑顔で迎えてくれる。


「あら、うちのバカ息子は確か反抗期で母の言うことも聞かず、好き勝手しているはず。まさか困ったからと言ってこちらに助けを求めてきたりする腑抜けじゃなかったわよね」

 優しそうに微笑む姿は、まさに国母と呼ばれるにふさわしく、見た目だけは慈愛に満ちていた。


「母上、お気に召さないことはわかっています。今日はお見せしたいものがあってまいりました」

 本当はもう少し周りを固めてからと思っていたが、どうやらその時間はないらしいからな。


「見せたいもの?」

 俺は母が座るソファーの前に立ち、横に置かれたもう一つのソファーに視線を送る、それから「人払いを」というと、母は仕方なさそうに頷いた。



 俺は部屋のどこかからする気配が去るのを待ってからソファーに座ると、胸ポケットからアレキサンドライトを取り出し、母に差し出した。


「これは………。まさか薔薇の宝石ですか?」

 信じられないと言うように、母上は宝石を目の前にかざし覗き込んだ。


「そうです、これで呪いは破られましたね」

 母上は、なおも信じられなさそうに、アレキサンドライトを見ていたが、気を取り直したのか「証拠は?」と聞いてきた。


「お手を」

 俺は手のひらを向けて差し出すと、母上はしぶしぶ宝石を俺の手のひらに戻し、そこに自分の手を重ねた。


 一瞬大きく目を見開くと。俺をじっと見つめる。

 自分に流れる込む魔力を確かめるように、考え深げに目を閉じた。


「わかりました。どうやら本物のようですね。これをどこで」

 真剣なまなざしは、詳細を語りなさいと言っていた。

 しかし、今はそれよりも重大な報告がある。


「それは後日詳しくお話しします。今日は瘴気について、ご報告をしにまいりました」


「瘴気ですか」

 さっきまでの、母親の顔がすっと消え、無表情の王妃の顔になる。


「瘴気の増加の件なら、報告を受けています。すでに教会と魔法省に、結界を張るように命じてあります」

 俺の意見など、了承済みと言うわけか。


「その瘴気、兄上が深くかかわっております。教会はともかく魔法省はきちんと己の役割を果たさないかもしれません」

 母上は俺の言葉に、これ以上話を続けるのは許さないとばかりに眉間にしわを寄せた。


「第一王子が、裏でこそこそ企んでいることは把握しています。しかし、あれも愚かだが馬鹿じゃありません。よほどのカードがない限り、わたくしに歯向かうことはしないでしょう」


 いつもならここで黙っていたが、これからは違う。


「母上。兄上は何かカードを隠し持っているようですよ」

 俺は簡単にソルトが瘴気を発生させているらしいことを話した。


「わかりました。こちらで調べて魔法省がどこまで侵食しているか探りましょう」


「助かります」


「レオン。あなたは覚悟を決めたのですか?」

 母親とも王妃とも言えない顔で質問され、俺はなんだかおかしくなった。

 俺のことは母親としてしの立場でしか見てくれたことがないのに、今の質問は王としての立場からの質問に感じたからだ。


「もちろんです。王妃陛下」

 母上は、ため息をつくと微かに笑ったような気がした。


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