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55 エルフの企み

 螺旋階段を駆け下りながら、ちらりと外を見ると、高い城壁がどこまでも続いていた。その向こうには港が見える。


 学院も港からそんなに離れてはいないが、この窓からは見えなかった。


 閉じ込められていた部屋は貴族用のものらしい。

 魔の森を権勢する砦なら、位の高いものを幽閉するような部屋は作らないだろう。

 丘の上に建てられていることから考えても、関所的な役割ではなく、何かの拠点として建てられた砦なのかもしれない。


 下の階に行くほど、人の気配はするものの、兵士の姿は見当たらなかった。


「おかしい」

 いくら何でも、こんなに警備が薄いなんて。


 そう思った時、目の前のドアが開いて、ソルトが立っていた。


「魔力がないのにあの部屋から逃げ出したのは、あなたが初めてですよ。さすが平民ですね」

 平民関係ないのでは?


「言っておきますが、この砦からは出られませんよ。この砦はイスラの魔術院です。勇者を召喚するためにあちこち目に見えない結界を何重にもかけてあり、砦自体が檻なのです。だからどこにいてもあなたの居場所が筒抜けです」

 それって、勇者が来たら逃がさないように閉じ込めようとしてたってこと?


 信じられない。

 ライトがここに召喚されなくてよかった。


「せっかくここまで降りて来たのです。いいものを見せてあげましょう」

 ソルトは私の手をつかむと、部屋の中に引っ張って行く。

 そこには、エルフが優雅にソファーにすわり、テーブルに置かれた薔薇を眺めていた。


「ガラスの薔薇…………」


 私の声に視線を上げたエルフは、満面の笑みで私を見た。


「どうしてここに?」


「おや、これはアリス嬢。あなたはこの薔薇を見たことがあるんでしたね。魔王様はこれをどこから持ってきたかわかりますか?」

 ぶんぶん、と私は首を横に振った。


「別にどうでもいいですけどね。この薔薇は先代の魔王が聖女に贈ったとされる薔薇です。ずっと行方不明だったのですが………第一王子は知らないと言うし、王が隠し持っているのかと思っていましたが、どうやらそうじゃなかったらしい」

 エルフは可笑しくてたまらないと言うように、肩を震わせながら言った。


「誰もこの薔薇の本当の力を分かっていないんですよ。魔王でさえもね」

 もったいつけるように、グラスのワインをゆっくり飲むと、エルフは立ち上がり、私の側まで来て耳元でささやいた。


「第一王子がこれと引き換えに、何をしてくれると思いますか?」

 ぞくり、と背筋に寒気がして、思わず身体を離す。


「その薔薇の本当の力って何なの? おとぎ話にあるように寿命が延びたりするわけ? それとも本当に薔薇が枯れると、国が亡びるの?」

 エルフが私以上にこの薔薇に詳しいとは思えなかった。

 何せ、作ったのはガリレだ。あれ以上何か隠しているとは思えない。魔王が後から魔法をかけたにせよ、ルークは何も言っていなかった。

 しかし、他に何かあるのなら聞いておきたい。


「これからわかりますよ。そうだ、魔王の思い人には特等席を用意してあげましょう」

 もったいぶった言い方をして、エルフは私の腕をギュッとつかんで、窓際へと連れていかれる。


「ほらあれが魔の森です。本当ならあのずっと先の峰に魔王城が見えるのですが、今は瘴気で見えませんね」

 窓からは城壁の向こうに、灰色の霧が立ち込める森が見えた。

 まるで生きているように、霧はうごめいている。


 私は、目を見開いてその瘴気を見つめた。

 城下で見た瘴気よりも、圧倒的に黒く広範囲だ。

 朝、森の方を見たときには、こんなに大量の瘴気は存在していなかったはず。

「信じられない。何があったの?」

 思わずつぶやいた言葉に、エルフは機嫌をよくしたのか、楽しそうに説明した。


「魔の森の古いダンジョンの地下にたまっていた瘴気をいっきに解放したんですよ。そうそう、聖女候補が浄化を試みたものの、魔力切れで倒れたそうです。期待の聖女があれでは、もうあの瘴気を浄化できるのはあなたくらいですね」

 可笑しそうに、私の顔を見たかと思うと、腕をぐいと持ち上げて、腕に鉄の枷をガチャリとはめる。


「それももう無理ですが」


「ちょっと何するのよ」

 枷は鎖で地面とつながっている。

 何でこんな鎖が、地面につながってるのよ。


「魔獣を繋げておけるように作ってあったのですが、役に立ったみたいだな」

 ソルトが、にやにやあざ笑うように見ている。


「今頃、魔王は森の瘴気に気づいた頃でしょうね。聖女もあなたもいなくてどうするのでしょう?」

 ふふふ、と笑いをかみ殺した声でエルフは肩を震わせていった。 


 目障りだ、とさっきエルフは言った。第一王子の目的はレオン様を亡き者をするためだとわかるが、こいつの目的は何だろう。

 たとえ、魔界が瘴気でいっぱいになっても、それで魔王が死ぬわけじゃない。代替わりがどういうものか分からないが、どちらにしろ新たな魔王が生まれるという事だ。

 仮にこいつの言う通り、魔王が失脚したとして代わりにエルフの王が、魔王の代わりを務めるという事だろうか?


「こんなことをしてあなたは何がしたいわけ? 勇者もいないのに、第一王子が魔王を討伐できるわけない。むしろ、こんなことをしでかしたと知れたら、あなたの方こそ罪になるんじゃない」


 いくら瘴気が大量に発生したとはいえ、広大な魔の森を埋め尽くすほどではない、現に瘴気は城の周りに集中しているが、地平線の向こうまでは広がっていないようにだ。

 こんな中途半端な状況で、エルフが裏切っていたと知れれば、魔王を倒す前に自分が破滅してしまうことくらいわかりそうなのに。


「もうそろそろ第一王子殿下が戻ってくる頃でね」

 私の質問を無視して、エルフがソルトに尋ねる。


「さっき、城の方でちょっと問題があり、到着が遅れそうだと連絡がありました」


「そうですか、5時には決行したいと言ったのは殿下ですから、私の方は問題いありません。むしろ、夜になれば風が完全に山風に変わるので、そちらの方が都合がいいです」

 エルフはそう言って、バルコニーへとつながる扉を開けた。

 私も鎖の枷に繋がれたまま腕を引かれる。


 バルコニーからは、螺旋階段から見えた港が右手に、中央に魔法学院、その奥に王宮が見えた。

 そして、魔の森は王宮を中心とした3重の城壁の向こうに広がっている。

 この魔法省は、一番外側の城壁に続いていた。魔の森を監視する役目も果たしているのだろう。


 今は城壁の上に20人くらいの魔術師の姿が見える。

 魔の森の瘴気を警戒しているのかもしれない。

 すぐ横の、元凶を見上げる。


「彼らが何をするために、あそこにいるか分かりますか?」

 凶器が浮かんだ瞳に、不安がこみ上げてくる。

 何をたくらんでるの?

 私は城壁に立つ魔術師たちを観察した。

 彼らは両手を広げ、砦に吹く風の流れを読んでいるようだった。


 風使いか………。

 夜になれば山風が吹く。

 エルフの言葉に、嫌な予感が現実味を帯びて確信に変わった。

 このイスラでは昼間は海から山へと風が吹き、どんなに風が強い日も数時間、風がぱたりとやむ。日が落ち、止んでいた風は夜になると向きを変え今度は山から海へ風が吹くのだ。


 そうなれば、瘴気は風に乗り街に降りてくる。


「まさか…………」


「その通りです。楽しみですね」

 エルフができの悪い生徒の正解を喜ぶように満足げに頷く。


 私は、ソルトを振り返って睨んだ。

「あなた人間でしょ、こんなこと許されるはずない」


「心配するな、街の住人には被害が出ないように、きちんと風魔法で標的まで誘導する」


 ソルトは得意げに言ったが、何かがずれている。


「標的だって人間でしょ、いったい何処を………」

 そこまで言って、時間を確認したエルフの言葉を思い出す。

 5時に、第二王子がいるところ。


 格技場…………。

 サアっと、血の気が引く音が聞こえる気がした。


 アリシアもアランも浄化魔法は使えるが、さすがにこれだけの瘴気は浄化できない。


 私が青ざめると、計画が理解できたのかとばかりにソルトが鼻で笑った。


「ダグニア卿、私は殿下が気になりますので、教会に行ってから城へ寄り、そのあと予定通りリベラとの国境の砦に行きます」

 リベラの国境とは、ちょうどこの砦から王宮を挟んで反対側だ。

 ここからと、両方から風の操作をするのだろう。


「ああ、殿下が到着したら通話石で連絡するから、それから実行です。万が一魔王が現れたら、こちらの居所を教えてください」

 エルフはそう言うと、私を見た。


 人質として使うつもりなのかもしれないが、私にその価値はない。

 好きにしろとでも言われそうだが、そんなことは教えてあげない。


 音もなくソルトが消える。


 何とかこの腕輪を外さなくちゃ。


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