43、バンドマン
漫画を買いに来た。
だが、いつもは閑古鳥が鳴いてるのに今日はやけに人が多い。
というか猫獣人の雌が多い。
通路が塞がれていて奥にいけない。
「まじかよ、魔混み苦手だからこんな鄙びた店に来てんのによー。店主マタタビでも雌用に改造して撒きやがったか?」
捕まるぞ?
捕まって潰れてもいいがせめて目当ての漫画を売ってからにしろよ?
せめて新しい鄙びた店が見つかるまでは頑張れよ?
後ろから来た濁流に雑巾の如く押される。
にゃーにゃーミャーミャーうるせえ
「っつーかそれもこれも司書長が漫画置いてくんねーからだよなー。リクエストボックスに毎度入れてやってる貴重な意見を蔑ろにしやがってよー」
客ぜってー増えるんだろーから置かせてくれてもいいよなー
品位とか気にしてもしゃーねーって
漫画買うのも高いんだよ
仕事しなくなりますよね?と聞かれたらそりゃ漫画がそこにあるからとしか言えねーけどよ
にゃにゃー!
「あー、マジ何の騒ぎだ」
呆れていると凄まじい目をしたバケネ…、猫獣人の主婦に話しかけられた。
三毛柄で二足歩行の猫だが、身長はトカゲの胸程までしかない。
しかし小柄ながら目と雰囲気が血走っている。
マジで薬キメてんのか?
「アンタ何呑気にしてんのよ! 写真撮らないんならさっさとどきなさいよ」
「は? こっちだって先に進みたいんだけど」
「私だって近付きたいわよ! 伝説のバンドグループの五百年ぶりのゲリラ撮影会なんだから決まってるじゃない!?」
「ご!?」
「何よ、俄じゃないわよ! ちゃんと512年ぶりだって知ってるわよッ。私だってこの場所の情報掴むために二百魔円は払ってるんだからッ。プレミアム会員の年会費だけじゃない真のファンにしか分からないようになってんのよッ。メンバーとのショットは絶対に命刈っても勝ち取るわ。負けない……」
「刈っても…」
ガリガリと爪を噛んで砥ぐ修(羅の)婦(人)の上にアナウンスが響き渡る。
えー、ただいまからご本人方の意向により新曲を披露して頂きます
GINYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!
ひぃぃぃぃぃ
熱気が、マグマドラゴンのマグマブレスばりの熱気が巻き起こった。
マタタビ改造薬どころの騒ぎじゃねえ
血飛沫が舞っている。
主に鼻血の。
現に隣の修婦が鼻血で顔面と爪を染めながら跳ね回っている。
何処の切り裂きリッパーだ
ああ、確かにトリップはしているな
「聞いた? 聞いた? ああ、生きててよかった!! ああ魔神よ!」
猫混みの向こうから辛うじて音楽が聞こえる。
『きみのはーとに にゃふっにゃふっ』
何が何でにゃふにゃふなんだ
分からずツッコンでいると隣から流れ球リバーブローが飛んできた。
な、修婦やめっっにゃぶッ
「にゃふっ! にゃふー!!」
はーい、今の新曲をシングルで収めたものがこちらです。
二枚でサイン入り、三枚でメンバー一人とツーショットの写真撮影も込みとなりますー。
全員とのツーショットはまた新しく3枚ご購入くださーい。
それでは準備致しますので少々お待ちを
ぼ、ぼったくりじゃにゃーか
「行くわよ」
「え、行くんすか」
聞き間違いとしてスルーされた。
つらい
「大事なのは素早さと度胸よ。気付かれぬよう足元から忍び寄りあたかも最初からそこに並んでたかのように振舞うのよ」
「それ又の名を割り込みだよな。必要なのはクズさとバッシングに耐える忍耐では」
「皆やってるわ。戦争なのに甘いこと言ってたら死ぬわよ」
「死ぬのか、当たり前なのか」
常識とは
後ろ組である臨戦体勢の修婦猫とその周囲。
対して前方組は振り向いて防衛体勢を固めている。
しかしアイドルを見るのに必死な猫もいるようだ。
あっ、前方組でも仲間割れが
「今よッッ、一人でも多く勝ち取るのよッ、栄魔をこの手に!!」
「や、やけくそじゃー!」
「いい!? 一千魔円で売ってと言われても誘惑されちゃダメよ! 誘惑はあいつらの十八番なのだから!」
「おりゃー! 一千魔円寄越せやー!!」
速攻誘惑された。
必死で群がった。
にゃふ! にゃふ!
二十分後
奮闘の結果1枚ゲットする。
本代が飛んだが一千魔円ならいいだろ
ボロ雑巾の如く地べたにべしゃっと倒れつつ戦果を掲げていると、目の前にワニが立った。
「おー、トカゲどうしたー? 何か草臥れてんなー」
「ワニか、ふっふっふ、いや今戦果を噛み締めていたところよ」
パンパンと砂を払って立ち上がる。
金が入ったらケーキ一個くらいは奢ってやるよ
「それ何だー?」
「五百年ぶりにゲリライベントしたアイドルだってよ」
「トカゲ好きなんかー?」
「そういや顔見てなかったな」
改めて音盤を見る。
覆面タイプで顔すら分からなかった。
辛うじて胴体から猫獣人というのは分かった。
いや、一人だけ明らか犬っぽい奴いるが誰も突っ込まないんだろうか
尻尾とかこれ完全に犬族だろ
ぎにゃーとまだ騒いでいるが疲れたので早々に撤退する。
あの修婦は勝ち取ったのだろうか
バハムートくらいは狩れそうだったが
「ふーん、まあトカゲが楽しかったならいいんじゃねーかー?」
「楽しいっていうのかこれ?」
「笑ってるしなー。トカゲ好きだぜー」
「まあ笑えはするしな。はいはい世辞のに乗ってケーキ買ってやるよ」
「おー」
機嫌がよかったのでケーキを奢ってやった。
ふっ、一千魔円からしたら微々たるもんだしな
ふっふっふ、一千魔円で何するかな
まずあれだろ、高級飯だろ、家だろ、服の予備だろ
やべぇ想像が止まんねえ
にまにまと音盤片手に話半分でワニの相手してたら、何を思ったかワニが急に立ち上がる。
何だ、ついでに私の分のジュースも注文してくれ
呑気に空のコップをひらひらさせていると逆の腕を音盤ごと喰われた。
...は!?
一千魔円が!!!???
確認するが既にない。
あるのは無残に半袖になった片腕だけである。
再生した手をグーパーと握っては開く。
…ない
信じられない
……ない
「ワニマジ許さんっっ、買ってこいやっっ!!!」
「おーやっと目があったなー」
「ならこの殺意も伝わったな!?」
「おー、気分いーわー」
「こんの脳内筋肉ど腐れイカれワニめ!!!」
食いかけケーキを投げつければ機嫌良さそうに食いやがるワニ。
跳ねた生クリームまで指で掬って舐めてやがる
こいつの変態具合がにゃふっにゃふっ
もう知らね
ぐってぇとテーブルに不貞寝を決め込む。
髪食うな。店員困ってるからケーキ頼めよ
「なートカゲ」
「…」
「なー」
「……」
「なーなー」
うるさいが怒り冷めやらんので無視を続行するのだった。
◇バンド:弐矢猫星◇
結成六百年のご長寿バンド(という触れ込み)
本当かどうかは謎に包まれている
メンバーは五人組で全員覆面に包まれている。
一匹だけ明らかに尻尾や体つきが犬獣人のものがあるが誰も触れない
謎に包まれている。
熱狂的な猫獣人のファンが多い
なお、なんと今なら九九九九番目のプレミアム会員番号を九九魔円から販売予定らしい。
どれだけ高騰するかは謎に包まれている―――




