80.ヴァンと幼馴染と司書さんについて 2
また更新です。夜中起きてたら続けて更新するかもしれません。
ヴァンの問いかけに、ツィリアと他の司書は互いに目を合わせる。
英雄の弟子であり、この国でも注目をあびている存在に、声をかけられて、驚愕してしまうのも無理はないことだろう。
第一いきなり自分の目の前に、国内でも大注目の少年が現れれば固まるのも当然である。
「あの……?」
ヴァンが、固まったままの司書たちに向かって不思議そうに声を上げる。
その態度は何処にでもいる少年である。自分が有名人であるなどといった自覚が相変わらず存在しないのか、司書たちの態度が理解できないといった様子だ。
そんなヴァンの呼びかけに、真っ先に硬直から立ち直ったのはツィリアであった。
「お聞きしたいこととはなんでしょうか、ヴァン様」
笑顔で問いかければ、ヴァンはまた不思議そうな顔をしている。
ヴァンは相変わらず注目されている自覚はそこまでないため、自分よりも年上の存在に様付されていることが不思議なのだ。
ツィリアはあどけない表情を浮かべるヴァンをまじまじと見つめる。
(……本当、見た目だけならどこにでもいる少年としか見えないわ。前情報がなければ、この子が英雄の弟子で、《ドラゴンキラー》なんて、全然わからないわ)
ヴァンは本当に、見た目も態度も普通の、何処にでもいる少年でしかない。だというのに、目の前の少年は確かにこの国を騒がしている一人なのだと思うと、ツィリアは不思議で仕方がなかった。
「魔法具についての本ってどこありますか?」
ヴァンの問いかけに、ツィリアはまた不思議な気分になった。
(魔法具の本って……魔法具について知りたいなら『火炎の魔法師』様に聞くとか、他の王宮魔法師様に聞けばいいのに何故ここに? それに王宮の書物の方が魔法具について詳しく知れると思うのだけれども)
何故、わざわざ王都の王立図書館にまでヴァンが足を運んでいるのか、正直ツィリカからしてみれば謎で仕方がなかった。
ヴァンの師であるディグ・マラナラは魔法師としての腕はもちろんの事、魔法具作りの知識にも詳しい事は国内外問わずに有名な話である。ディグ・ラナラが『火炎の魔法師』として名をはせた当時からもそのことは言われている。
ツィリカの疑問は最もであろうが、ヴァンからしてみればどうせプレゼントを作るならナディアを驚かせたいと考えており、ディグを頼る気は特になかった。第一、あまり周りに興味のないヴァンはディグがどれだけ魔法具作りに詳しいかなどとあまり知らなかった。
「魔法具についての書物ですか?」
「できれば作り方についてのをお願いします。どこにありますか」
作り方についての書物と聞いて、ツィリアは息をのむ。そんな本を求めているということは、目の前の少年が魔法具を作る事を考えているという事だろうとわかったからだ。
ただの平民であったヴァンが魔法や召喚獣についての本をなんとなく読んでいるのを「使えもしないだろうに」と思いながら見ていたツィリアは、多分、この少年は作れないけど読むではなく、作るために読むのだろうと思考していた。
二年前からこの図書館に勤めている司書たちも、ヴァンがありふれた少年であるために覚えていなかった。だけれども、ツィリアは記憶力があるが故に覚えている。
二年前に、目の前の少年が何を読んでいたかを。そして二年後の現在、目の前の少年がどういう事を成し遂げているかを。
両方を知っているからこそ、戦慄するのだ。
まだ僅か十二歳にして、魔法具を作ろうとしているという事実に。
「……それでしたら、二階の奥にございますわ。案内しましょうか?」
「あ、お願いします」
ツィリアが目の前の少年がこれから何を成し遂げるのだろうという興味もあって告げた言葉に、ヴァンは疑いもせずに頷く。
(……この子、英雄の弟子だけど、警戒心が全然ないわね。大丈夫なのかしら?)
あまりにも英雄の弟子にしては警戒心がないヴァンに、少し心配になってしまうツィリカであった。
そうしてツィリアが案内をしようと歩き出す中で、
「ヴァン、待ちなさい!」
硬直から立ち直ったビッカが、またヴァンへと声をかける。
ヴァンはその声に、不機嫌そうに表情をゆがめる。
「ビッカ、俺忙しいんだって」
「何よ、その態度は! 王宮魔法師の弟子としての仕事でもあるの?」
「違う。やりたいことがあるんだって」
「実家に帰っている時ぐらい、仕事の事は忘れてゆっくりしたらどう? うちの両親もヴァンとゆっくり話したいっていっているのよ。ね?」
ビッカはヴァンににこやかに話しかける。本人としては、幼馴染であるヴァンに対して思いやりを持って話しかけている。
幼馴染同士のほほえましい光景のように見える。が……、ヴァンの目の前にいて、ヴァンの表情が良く見えるツィリアは青ざめていた。
(ヴァ、ヴァン様の顔が、怖い)
ヴァンの表情は、無である。
別にヴァンだってビッカの事を嫌っているわけではない。面倒だとは思っているが、ナディアの事がかかわっていない時なら酷い態度だろうが、それなりに対応はするだろう。
が、今のヴァンは「ナディア様のために時間はないけど、魔法具について学ぶ! そしてナディア様の身を守るためのものを作る!」と考えており、思考の九割をそのことで染めている。
残り一割はディグに何時までにかえってこいと言われているかどうかとかそういうことばかりである。
要するにビッカの事は全然考えていない。
「本の場所、案内してください」
「え」
「案内してください。行きましょう」
「ちょっと、ヴァン!?」
「え」
「行きましょう」
ヴァン、ビッカの事を完全無視することを決めたらしく、ツィリアに話しかける。え、あの子放っておいていいのと固まるツィリアの手をヴァンは取る。
ビッカが手を伸ばすものの、軽く払われる。
無視していてもビッカが話しかけてくることが面倒だったらしいヴァンは、
「こい、《ブラックキャット》クラ」
そう一言告げた。
それと同時に、図書館の床が光り輝き、一匹の黒猫が現れる。
『んー?』
どうやら異界で昼寝をしていたらしいクラは、突然呼び出されて不思議そうな表情である。ちなみに、小型化した状態で呼び出されている。
ビッカもツィリアも、図書館に訪れていた住民たちも突然、召喚獣なんてものを呼ばれて固まっている。が、そんなの気にせずヴァンはマイペースである。
「クラ、ちょっとビッカが煩いから黙らせて」
『んー、ビッカってあれか。ヴァンがいっている煩い女か』
「そう、煩いから黙らせて」
『殺していい?』
「ダメ。黙らせるだけでいいから」
『はいはい』
そんな会話が目の前で交わされるのを、ツィリアはただ見ていた。
そして固まっているビッカはというと、巨大化(といっても、本来のサイズよりも小さい)したクラに何か魔法を使われたのか、口が開けなくなるのであった。
「邪魔もいなくなったんで、案内お願いします」
「……はい。ご案内しますわ」
恐ろしさにツィリアは、ヴァンの言葉に頷くのであった。
――-ヴァンと幼馴染と司書さんについて 2
(ヴァンはそうして魔法具について書かれた本の場所へと案内してもらうのです)




