64.第一王女様の暴走について 3
「……フェールお姉様、何の用でしょうか?」
その日、ナディアはフェールに呼び出されていた。場所は、フェールが住まう一の宮の一角。
フェールから呼び出しを受けたナディアは自分より立場が上なフェールからの誘いを断ることもせず、そこにやってきた。
この場にヴァンはいないものの、姿は見せないが召喚獣たちは居る。そのことを確信しているからこそ、彼らの事を信頼しているからこそ、ナディアはこの場におとなしくやってきた。
ナディアはヴァンとそれに従う召喚獣たちの事を心から信頼していた。
(……私はヴァン様と召喚獣たちが居るからこそ、こうして色々なことが出来る。ヴァン様が、居てくれたから―――)
そんな思いに駆られる。
(だからこそ、ヴァン様は、私にとって特別な人。他の誰がフェールお姉様のモノになったとしても、ヴァン様の事をフェールお姉様にあげるなんてそんなの嫌。ヴァン様が、私の元から去るのは嫌)
それが正直な、心からのナディアの思い。
「ナディア……、よくきたわね」
そう告げるフェールの表情は笑みを張り付けているが、瞳は冷たく光っている。
この場にいるのはナディアとナディア付きの侍女であるチエと、フェールとメウだけである。
いつも多くの侍女たちを引き連れているフェールがたった一人しか傍に置いていない事は珍しい事であった。
それをナディアは不思議に思う。
「フェールお姉様、私を呼び出したのはヴァン様の事ですか?」
椅子に腰かけ、直球でそう告げればフェールが忌々しそうにこちらを見た。
(キリマお姉様は、フェールお姉様は今まで手に入れられないものはなかったといっていた。実際フェールお姉様は綺麗な人で、なんでもできて、評価も高い)
ナディアはそれだけ見れば、フェールはナディアにとってなりたい王女像なのかもしれないと考える。
(私がフェールお姉様のような存在だったのなら、なんでも持っていたならば、ヴァン様に守られるに相応しいって周りは思ってくれたかもしれない。私は目立たない第三王女で、それだけで……)
フェールは、第一王女。母親も健在で、母親の実家は貴族で、沢山のものを生まれながらに持っていた。
母親からの言いつけを守っておとなしく目立たないように過ごしていたナディアとは違って、社交的で、派手に生きてきた少女。
自分を偽ることもなく、我慢をすることもなく、そうして生きていくことが許された華やかなお姫様。
「ええ。ヴァンは『火炎の魔法師』の弟子でしょう? そんな存在をナディアが独占しているのはどうかと思うのよ」
「独占しているわけではありませんわ」
「独占しているでしょう? 第三王女のナディアよりも、この私の傍にいる方がヴァンのためにもなると思うわ」
それはそうだろう。ヴァンが名を上げたいとかそういうことを考えているなら、ナディアの傍にいるよりもフェールの傍にいる方がいいだろう。
「だから、ナディア。貴方から言いなさない。”私ではなくフェールお姉様の傍にいって”って。ね、それでいいでしょう? 代わりに何か欲しいっていうならあげるわ。交換条件としては丁度良いでしょう?」
そういってナディアを見る。
その目はこの私が妥協して上げているんだから、頷くわよね? といっている。これでもフェールは妥協しているつもりなのだ。
「いいえ、言いたくありませんわ。それにヴァン様は私がそういったところでそちらにはいかないでしょう」
「なっ、私がここまでいっているのに」
「フェールお姉様、人の心というのは欲しいといったところで手に入るものではありませんわ。フェールお姉様がいくらヴァン様を欲しがったとしても、あの方はそれに頷くことはないでしょう」
断言するのは自惚れではなければ、ヴァンはナディアの傍に居たいと願ってくれている。守りたいと願ってくれていると知っているから。
「………そう」
「はい。お話がそれだけなら私はもう行きますわ。ヴァン様の事はあきらめてくださいませ。あまりしつこいとヴァン様も怒りますわ」
ナディアはそういって椅子から立ち上がる。
「待ちなさい」
フェールがナディアを引き留める。
「なんで、貴方もヴァンも思い通りにならないの? 私が望んでいるんだから思い通りに動きなさいよ」
「………フェールお姉様にはわからないかもしれません。でも私はヴァン様が傍からいなくなるのは嫌だってただそう思っているだけですわ。ヴァン様がディグ様の弟子にならなければ私とヴァン様は出会わなかっただろうけれど、私もヴァン様がたとえそういう存在でなかったとしても良いのですわ。フェールお姉様のようにヴァン様が『火炎の魔法師』であるディグ様の弟子だから傍に置きたいわけではありません」
そんな風に言われても、そういう気持ちはフェールにはわからない。
「……わからないわ。貴方もヴァンも。私が望んでいるのに」
与えられ続けたからこそ、わからない。
「私が一番なのに、私が――――」
虚ろな瞳でそう言い続けるフェールに背を向けて、ナディアは一の宮から出た。
「どうして、ナディアなのかしら。やっぱりナディアを消すしかないのかしら。でも、それではお母様と一緒になるわ」
フェールは、窓際に立ち、去っていくナディアとその侍女を見ながら言葉を放つ。この場にはフェールとメウしかいない。
「……欲しいものが手に入らないから殺すというのも美しくないわ。それに人を殺すというのはあまりしたくないわ。殺してしまったらナディアの悔しがる顔も見れないもの。ねぇ、メウ。貴方はどう思う?」
フェールは、メウに問いかける。
つい先日新しい侍女になったメウの事をフェールは重用していた。それはメウがフェールを肯定していたから。
いら立ちの中に身を置くフェールに近づいて話を聞き、そしてどうすればよいか一緒に考えてくれたから。
「………フェール様が」
「え?」
冷たい声に、フェールが驚いた声をあげる。そして、次の瞬間、どんっという音とともにフェールは宙に浮いていた。
「フェール様が死ねば、全てが上手くいくと思いますわ」
冷たい声と共にフェールは落ちて行った。
――――第一王女様の暴走について 3
(第一王女様は暴走し、手に負えない。そんな第一王女様に近づいた存在。メウは、第一王女様を突き落した)




