53.ヴァンに会いたいと告げる者たちについて 上
「父上、そういうわけで私どもとそのマラナラの弟子が会えるように取り計らってほしいのだが」
「あ、父上、俺もそいつに会ってみたい」
現在、カインズ王国の国王陛下であるシードル・カインズの前には、二人の存在が居る。
それは、王太子であるレイアード・カインズと第二王子であるライナス・カインズである。
シスコンここに極まりともいえるほどに、妹を心配してたまらないレイアードは、
(ナディアに近づく悪い虫には私もあっておかなければ!)
とよくわからない使命感に燃えている。もちろん、そういう態度は一切外には出していないわけだが。
キリッとした表情でシードルを見ているレイアードとは違い、ライナスはここにいるのが父親と兄と、そして気心の知れた宰相であるウーランだけだからか、面白そうに笑っている。
「………ヴァンに、お前たちも興味を持っているのか」
執務室で仕事をしていたシードルは、書類から顔を上げて溜息混じりにそういった。
現在、多くの人々がヴァンへの関心を募らせている。
あの、ディグ・マラナラの弟子にして、十二歳にして《竜殺し(ドラゴンキラー)》の称号を持つヴァンに。
その対処で疲れている中で、息子二人までもそういうことを言ってくるわけだから何とも言えない気分である。
「そうです。会わせていただけないでしょうか。私は将来王位を継ぐものとして、彼と親しくしておく必要があります。その機会をいただけないでしょうか」
最もらしいことをいっているが、実際はナディアに近づく悪い虫が気になるという思いの方が大きい。
「そんなことをいって兄貴はナディアに近づくやつのこと気になっているだけだろーが」
「ばっ、何を言う!」
「というか、ナディアの事を可愛がっている父上が傍に置くことを許可しているんだから、奴がナディアに害をなすとかそういうことではないんでしょう?父上」
兄をからかって少し遊んだライナスは、シードルの方を向いてそんな風に問いかける。
「………それはない」
ただシードルはそれだけ告げる。
そんなシードルの言葉に補足するようにウーランが口を開く。
「ナディア様の事以外どうでもいいというほどナディア様の事大好きで、ナディア様を守りたくてしかたがないからと自身の召喚獣を傍に置くぐらいですから、そういうことはありえないのですよ」
「召喚獣をナディアの傍に?」
「シードル様、レイアード様とライナス様にきちんとヴァンの事を説明してくださいませ。お二人には言っておいた方がいいことでしょう。……いくらナディア様とヴァンが仲良くなっているのが嫌だとしても、きちんと説明してくださいませ」
レイアードの不思議そうな声に、ウーランはシードルを見てそう告げた。
シードルはヴァンの詳しい事を二人の王子には告げていなかった。ディグからこの国につなぎとめるためにナディアと結婚させた方が良いと進められたことも。―――……そしてその話をナディアは乗り気だということも。
二人の王子に話していない理由なんて、そうやって話してしまえば本当になりそうだったからというか、シードル的には「まだ認めていない!」という心情だったためだ。
しかしこうしてレイアードたちがヴァンに興味を持っているのもあり、言うべきだろうと、シードルは渋々口を開いた。
「実はだな―――」
そしてシードルは、その口から語った。
まずヴァンという存在について。平民でありながらナディアを守りたいという理由で召喚獣を従え、魔法を覚えたことからが始まりである。
そしてナディアはヴァンの事をとても信頼していること。ディグの提案した結婚させればよいという言葉にさえ乗り気であるということ(ちなみにその話を聞いているレイアードの表情はそれはもう強張ったものであった)。
ナディアが頑張ろうとしているのは、ヴァンに守られるのに相応しい王女になりたいと思っているからということ(この話を聞いている時、レイアードはわなわなとふるえていた)。
「というわけで、あ奴がナディアに危害を加える事はありえないだろう」
と、そこまで話しきった時にはレイアードは強張った顔でわなわなとふるえており、ライナスは面白そうに笑っていた。
「ナ、ナディアはまだ10歳なのですよ!? それなのにそいつを引きとどめたいからといって無理やり――」
「いや、兄貴。父上の話聞いてたか? ナディアは乗り気なんだっていってただろう」
「はい。ナディア様は乗り気です。寧ろこの話はヴァンの方にはまだいっていないはずです」
上からレイアード、ライナス、ウーランの言葉である。
「で、でもナディアが乗り気でも、ナディアに相応しいかどうか確認しなければっ」
「……俺もまだ認めてはいない!」
「そうですよね、父上! まだ、認めるなんてできないです。私のナディアに相応しいか試す必要があります。父上、やっぱり私にヴァンに会わせてください!」
「うむ……それはナディアに相応しいか見極めるのは頼みたいが、会わせるにしてもあ奴はまだ礼儀作法が出来ていないという話だ」
「いえ、この際、礼儀作法とかはどうでもいいです。そんなあとから身に着くものはどうにでもできますから。それよりも人柄を含めて見極めたいのです」
「そうか、ならばディグにいってみるとしよう!」
最初レイアードたちがヴァンに会わせろというのを断ろうと思っていたシードルだが、話しているうちに勢いのままそういってしまったらしい。
「兄貴も父上も相変わらずだなぁ……。まぁ、俺も将来の義弟になるかもしれないっていうなら会ってみたいな、なおさら」
「「まだそうなるとは決まってない!!」」
笑いながらいったライナスの言葉は、シスコンと親バカによってそういわれるのであった。
――ヴァンに会いたいと告げる者たちについて 上
(シスコンと親バカは本人が乗り気でも認められなどしないのでした)




