47.ヴァンに興味を持つ者たちについて 下
「もー。ナディアの所にディグ様の弟子が行っているってどういうことなのよ!」
王宮の一室で、そんな声を上げる一人の少女が居る。
茶色の髪を肩まで伸ばしている、金色の瞳を持つかわいらしい少女である。今年十三歳になるカインズ王国の第二王女であるキリマ・カインズである。
自室の椅子の上で、不機嫌そうに立っている。何ともはしたないが、周りにいるのは信頼できる侍女たちだけなのだから問題はないのだろう。
さて、ヴァンに一度も会ったことのないキリマがどうしてそんなことを憤っているのかといえば、
「ディグ様の弟子がナディアのもとに通っているってことはあれでしょ。ディグ様もナディアの元へ向かっているということでしょう! なんて、羨ましい! そしてなんて気に食わない!」
第二王女であるキリマ・カインズは、ディグの事を好いていた。
それも、恋愛感情的な意味でである。
王族の一員としてディグと接しているうちに心惹かれてしまったらしい。そんなわけでディグ・マラナラの弟子であるヴァンがナディアの元へ通うということは、ディグともナディアが交流を持っているということで、憤っているのである。
長女であるフェール同様、次女であるキリマも自身の母親であるキッコのようにナディアをにくいという気持ちを持っているわけではない。確かに気に食わない部分があるが、正直どうでもいい存在であった。
この前のパーティーで、目立つ行動をしたということは聞いていたが、それでも正直どうでもいい話である。姉妹とはいえ、キリマはナディアとほとんどかかわりはなく、「お母様とアン様に睨まれてかわいそう」というそんな他人事のような感想しかキリマは持ち合わせていなかった。
「遊び相手にとか、王族に取り込みたいってことで、お父様がナディアを紹介したのかなーとも思うけどさ! それなら私の方がディグ様の弟子と年がちかいし、それならディグ様と私もかかわれるようになったわけで私でいいじゃない!」
キリマはパーティーなどではしっかり王女としての仮面をかぶっているが、実際の話を言うと素の姿はあまり気品や威厳といったものが見られない王女であった。
第一、民が夢見る王女様というものは椅子の上に立ってそんな不満を言うなんて真似はしないだろう。
「そうですね、キリマ様」
「さぁ、キリマ様椅子から降りましょうか。椅子は立つためのものではなく、座るものですから」
周りにいる数人の侍女たちといえば、慣れた様子でなだめるようにキリマに声をかけている。
「もー、そんなことわかっているわよ。それよりもなんでディグ様の弟子がナディアに会いに行っているのよ! ナディアより私の方に来なさいよ! そしたらディグ様にも声をかけてもらえるかもしれないっていうのに。ああ、ディグ様、ディグ様の顔を最近見れていないなんて私は悲しいですぅう」
不満をたらたら述べてたキリマは最後の方暴走気味に言葉を言い放った。
「ディグ様、麗しい方。完璧で、優しい方。ああ。ディグ様、ディグ様」
ちなみにいうと、キリマはディグの外面しか知らないため、現状魔法棟での情けない姿など知らない。
「私に魔法の才能があれば、ディグ様の弟子として傍に居る事も出来たのにぃ。あのフロノスとかいう弟子は気に食わないですわ。ああ、羨ましい。私と同じ年でディグ様の近くに居れるとかぁああああ」
相変わらず椅子の上に立ったまま大暴走である。
キリマはディグ・マラナラの事が大好きでたまらずに、それゆえにこの大暴走である。フロノスに対しても嫉妬していた。自分に魔力があればっ……と。
「ほらほら、キリマ様。椅子の上からおりましょーね」
「きぃいい。もう、何でナディアまでディグ様の弟子と親しいとかいう接点を持っているのよ。ただでさえディグ様の周りには女性の影が絶えないというのにっ。ああ、もうディグ様、ディグ様!」
「はいはい、いいから降りましょう」
何度もなだめられてキリマはようやく椅子にたつことをやめる。そしておとなしく椅子に座った。
「そうだわ!」
そして少しの間、侍女に入れてもらった紅茶を口に含み、おとなしくしていたかと思うと叫んだ。
「ディグ様の弟子を取り込みたいっていうなら私はどうですかってお父様に言ってみましょう! そしてディグ様の弟子に会いに行きましょう! ディグ様の弟子と親しくなれば、ディグ様とも仲良くなれるはずですし。ああ、名案だわ!!」
キリマ、そう叫んだかと思うと「すぐにお父様のもとに向かわなければっ」と立ち上がる。
「はいはい、キリマ様、今、夜中ですからやめましょうね」
「明日にしましょう。シードル様の都合もありますからね」
「キリマ様、今日はお休みしましょう」
しかし親しい侍女たちにそんな風になだめられて、その日は特攻するのをあきらめるキリマであった。
―――ヴァンに興味を持つ者たちについて 下
(第二王女であるキリマはディグの事が大好きでたまらない。だからこそ、ディグの弟子であるヴァンに近づきたい)




