サモナー公爵家の長男 2
このカインズ王国の英雄であるヴァン・サモナーとその伴侶にしてこの国の王族であるナディア・サモナーが行方不明になったのはおよそ八年前のことだ。
八年前の当時、六歳の頃の記憶をナガラードはよく覚えている。
「――ちょっといってくる」
「いい子にしているのよ、ナガラード、アレキセイ」
父親と母親はそんな言葉と共に消えて、八年間戻ってきていない。
(あの日は確か、父上が母上とデートしてくるっていって、軽く出かけたんだっけ。予定の日になっても戻ってこなくて、連絡も途絶えて……)
あの二人が行方不明になるなんて誰も考えていないことだった。ヴァンという存在が隣にいる状況で、ナディアが不測の事態に陥ることさえも一切誰も考えていなかった。だけど――、絶対というものはこの世にはなくて、ヴァン・サモナーとナディア・サモナーは行方不明になった。
ただ、生きている事は分かっている。
何故かと言えば、ヴァンが契約している召喚獣たちはまだこの世界に留まっている。それでいて、その召喚獣たちはヴァンとのつながりをまだ感じると言っているのだ。ただ、何処にいるのかもわからないし、距離が遠すぎるのもあり、魔力を通して会話を交わすこともできない。
ただヴァンの魔力は延々と、この世界に存在しているヴァンの契約している召喚獣たちへと注がれ続けており、彼らは異界に帰ることもなく、ヴァンが戻ってくるまではヴァンの命じた領地やナガラードたちを守ることをこなしている。
昔からヴァンのことを知る《サンダースネーク》のスエンは『主様が死ぬことはありえません。きっとそのうち戻ってくるでしょう』などと言っていた。
ナガラードも、あの両親達が死ぬことはないだろうと思っている。今までの人生の中で、両親と接しない時間の方が長いが……それでも父親がどれだけ凄まじい存在だったか、というのを知っているのだ。
(父上と母上はいずれ戻ってくる。それがいつになるかは分からないけど、いずれ……。俺はその時に、父上や母上に失望されない自分で居たい)
両親が行方知らずになっていても、生きていることを知っている。知っているからこそ、安心して待っていられる。はやく帰って来て欲しいという気持ちはあるが、いつか必ず帰ってくると知っているから。
いつかまた出会えた時に、父親や母親に恥じない自分でいたいと、彼は望んでいる。
ヴァン・サモナーが行方不明になってから、ヴァンの異常さや強さを理解しない存在もたった八年で出てきているのだ。実際にヴァンという存在を見た事がなければ、噂話が過大評価だと思っている人もいるのだ。
ヴァンの召喚獣達の一部が国に残っているとはいえ、全員ではない。そもそも、召喚獣たちはヴァンという存在に従っているだけであって、この国に仕えているわけではない。
その影響で少しだけ、きな臭い噂も出回っている。
あの『破壊神』がいないなら、カインズ王国がどうにかなるのではないか……などと考えているものがいるのだ。愚かな事にも、そんな風に考えて戦争を起こそうなどと考えているものはいるのだ。
(……アレキセイは、そのあたり、色々分かってないからな。スノウにも反抗的だし。あいつは、大丈夫だろうか)
そして次にナガラードはそんなことを考える。
三歳年下の弟――ヴァンの第二子であるアレキセイは幼い頃にヴァンとナディアが行方不明になったというのもあり、少しだけ色々こじらせているのだ。ナガラードはそんな弟を心配しているが、十一歳になったアレキセイはナガラードや、スノウにも反抗的である。
そのことも含めて、両親が帰ってきてくれたらとそんな風に考えてならない。
それにナガラードは戦争というのを経験したことはない。誰かと戦闘して、殺し合いをしたこともない。父親はそれはもう大暴れしていたようだが、ナガラードはそんなことはしたことがない当たり前の少年である。
きっと父親が戻ってくればそれだけで抑止力になるだろうと理解しているのだ。——あと、ただ単に、両親に会いたいとまだ両親を恋しく思っている気持ちも、十四歳なのでまだある。
「……はやく、帰って来ないかな」
さて、そんなナガラードのつぶやきは扉の外で控えていた侍女には聞こえていて、「なんておいたわしい」などとささやかれているのはナガラードは知らない話である。
そんなわけで親を恋しいと思いながら、ナガラードはいずれサモナー公爵家を継ぐためにと必死に勉強に励むのであった。
いつかの、再会に備えて。
そしてその日は、そう遠くない日に訪れるのはまた別の話である。
――サモナー公爵家の長男 2
(サモナー家の長男は、いつかの再会に備えて勉学に励んでいる。いつか、失望されないように)




