207.公爵家跡地について
「……屋敷が崩壊しているって、どういうことですか、ディグ様!!」
「……ヴァンがやったんだよ」
フロノス・マラナラ含むカインズ王国の一同がトージ公爵家に辿り着いた時にはその屋敷の本邸は崩壊していた。
見るも無残な姿に成り果てている。
その跡地で震えているこの館で働いていたであろう人々。
そして、傷だらけだが元気そうな『火炎の魔法師』ディグ・マラナラ。
「ヴァンが? という事は、ナディア様は……」
「シザス帝国にヴァンが助けに行っている」
「は!? あの子は……たった一人で国を相手にする気ですか!? ディグ様もどうしてヴァンの事を止めないのですか!!」
ディグから聞かされた言葉にフロノスは思わず叫ぶように言った。
幾らヴァンが強かったとしても、国を相手に一人で戦おうとするなんて正気の沙汰ではない。
「止める間もなく飛び出していったんだよ……。どうしようもないだろうが」
「だからといって……ディグ様、面白がっているでしょう!! 確かに、あのヴァンなら一国を相手にしてでもどうにでもできるかもしれませんけど!」
「……まぁ、ヴァンなら心配ないだろう。一瞬でこれだけ崩壊させるし、俺を無効化した魔法具か何かの対処もさらっとしやがったしな」
「ディグ様……私たちはヴァンを追いかけるべきですか?それとも、こちらの後始末をつけるべきですか?」
「どっちでもいいんじゃないか? 俺はしばらく休む。飯も食べさせてもらえなかったからな」
「ディグ様!! そういう事は先に言ってください!! えっと、そこの人、ディグ様に今すぐ何か食べるものを!!」
フロノスはディグの言葉に慌てだす。
ディグ・マラナラは慌てている弟子を見ながらも面白そうに笑っている。
「って、ディグ様、本当に何を笑っているのですか!! ヴァンがシザス帝国に乗り込んでいるんですよ!!」
「大丈夫だろ。寧ろ、何をしでかすか考えると面白くないか?」
こんな状況でそんな風に笑っているディグは、本当に図太い性格をしていた。フロノスはそんなディグに呆れた顔をしながらも、それがディグだと納得してつられて笑った。
その後、ディグ・マラナラが食事をしている間にフロノスたちはこの後の方針を決める。
「ヴァンを追いかけても私は追いつけないと思います。ヴァンの事ですから、ナディア様の事は確実に助けるでしょうし。このまま、シザス帝国の中へと入る事も考えましたが……。正直、入ったところで足手まといになる可能性の方が高いと思います」
「俺もそう思う」
「だよな」
クアン・ルージーとギルガラン・トルトもフロノスの言葉に頷く。
正直な話、このまま追いかけてしまいたいという気持ちも大きい。ただ、事前準備もなしにシザス帝国に入り込んだところで、自分たちが足手まといになる可能性の方がフロノスには強く感じられた。
シザス帝国に忍び込んで、捕まったら—―益々状況は悪くなるばかりである。少なくとも、フロノスはディグ・マラナラの養女であり、弟子であるという地位を持っている。共にここに居るクアンやギルガランだってカインズ王国の貴族の血が流れている。相手に人質を増やさせるだけになりそうな事体は避けるべきだと思った。
(それにしても……ディグ様を無効化し、トゥルイヤ王国とカインズ王国の王女を連れ去る。それによって、こちらよりも優位に事を進めようとするとは……。シザス帝国が様々な実験をやっていた事は知っていたけれども、それでもここまでの事を起こすなんて思いもしなかった)
フロノスはシザス帝国が此処までの事をする、などとは考えていなかった。その油断が今回の事件を生んだといってもいい。
ただ、幾ら警戒していたとしても、英雄を無効化する何かを帝国が持つなど、通常であれば考えられないので警戒不足だったと悩んでも仕方がない事であるとも言える。
(シザス帝国がヴァンの事をそこまで把握していなかった事が幸いね。最も、把握していたとしても、ヴァンならば状況を見てどうにでもしそうな気もするけれど……。ヴァンはまだ表舞台でそんなに知られていない。ディグ様の弟子として噂は出回っているけれども、あまりにも現実離れしすぎていて、それを事実だと受け取るものは少ない。だからこそ、私たちは助かったわけだけど……よし、ひとまず、シザス帝国はヴァンがどうにかするでしょうから、こっちはこっちでどうにかしましょう)
フロノスはそう決意をする。
自分には弟弟子ほどの力はなく、シザス帝国という敵国に乗り込んだ所で勝算はない。
だからこその選択である。
(それにしても公爵邸でこれなのだから、シザス帝国は本当にどんな風になるのか……考えても仕方ないわ。私は私が出来る事をする)
破壊し尽された公爵邸。憂さ晴らしに壊された邸宅。その無残な姿を横目に、フロノスはふとシザス帝国はどうなるのだろうかと考えた。
しかし、現状考えても仕方がない事なのでフロノスはその思考を振り切って後始末を始めるのだった。
―――公爵家跡地について
(見るも無残に破壊されている公爵邸。そこにたどり着いた姉弟子は追いかけるではなく、弟弟子のやらかした後始末をすることを決意する)




